みんなでナイトクラブぅぅうううう!
『なあ龍一、お前は体育祭どうするんだ?』
『あん? 適当に過ごすか、外部から来た女を口説くかだな』
『変わんねえなぁ』
『うるせえよ』
去年の体育祭と言えばこんなやり取りをしたなと龍一は笑った。
今にして思えばどれだけ昔の自分は女好きだったんだと呆れ返るものだが、まあ今でも静奈たちのことを考えれば根本は変わっていないのだと感じる。
「龍一君?」
隣に座っていた静奈がコテンと首を傾げていた。
今は体育の時間なのだが、体育祭が近いということもあって各々で身体作りをしている最中である。
龍一も真や要とランニングをした後、短距離走に出るので走った後だ。
「……龍一君♪」
「一応聞くけど……どうしたんだよお姫様」
瞳をキラキラさせながら静奈が龍一の名を呼んだ。
彼女が何を考えているのか何となく分かった龍一は周りの目を気にしながら静奈にそう問いかける。
授業時間は後三十分ほどあるのだが、他のクラスメイトたちもそれぞれまだ運動をしていたり休憩している人と様々だ。
「もう少し近づいても良い?」
先ほども言ったが龍一は一通り体を動かした後というのもあるし、夏本場ということでかなり熱く汗を掻いている。
静奈が目をキラキラとさせている、龍一は汗を掻いている、もっと近づきたい……静奈が何を考えているのか龍一には手に取るように分かるのだ。
「……そんなに汗の臭いが好きなのか?」
「そうね♪ 私にとっては臭いというよりは匂いなんだけど」
「……俺には分からん」
自分の汗の臭いなんて嗅ぐことはそんなにないのは当然、仮に嗅ぐ時と言えばタオルや脱いだ服が鼻に近づいた時くらいだ。
お世辞にも良い香りだなんて到底思えないのだが、それでもやはり静奈は龍一の汗の匂いが好きらしい。
「よいしょっと」
体を動かし、彼女は龍一の肩に触れるか触れないかの距離まで近づいた。
静奈はこちらに体を向け、クンクンと鼻を鳴らすように龍一の匂いを嗅ぐと段々と頬が更に赤くなっていく。
心なしか目をトロンとさせ、ゆっくりと手を伸ばして龍一の腕に触れた。
「固くて大きくて……私、本当に好き」
言葉だけだと大変誤解を招くものだった。
ちなみになのだが前世で描かれたこの世界の漫画が完結した時、静奈が口にした言葉で一番興奮したものは何かとアンケートが行われ、清楚だった静奈が堕ちた後に恍惚した表情で口にした今の言葉が不動のトップだった。
『固くて大きくてぇ……私、本当に好きぃ♪』
漫画の表情と今の静奈の表情は大変似通っており、それだけで龍一に興奮を齎すのは十分だった。
「お前、エロ過ぎ」
「龍一君がそうさせたんでしょ?」
返事に関しても男心をくすぐる言葉を選んで正確に投げかけしてくる。
それは果たして静奈の成長と取るか変わった原因だと取るか……おそらくは後者でありそうさせたのが龍一なのである。
「でもね、龍一君がというよりもお母さんの娘ってのもあると思うわ」
「……あ~」
そういえばそうだなと脳裏に浮かんだのは静奈によく似た美しい咲枝の姿だ。
彼女も言ってしまえばドМな部分はあるし匂いフェチに筋肉フェチみたいな部分もあるが、同時に静奈と同じ包容力と優しさと芯の強さを兼ね備えている。
良い部分も悪い部分もしっかりと静奈は受け継いでおり、確かに彼女たちは親子だった。
「ねえ龍一君、ちょっと木陰に行かない?」
「……何をするつもりか敢えて聞こうか」
「何って……ナニを?」
ニヤリと笑いながら静奈は舌をペロッと出した。
おそらく静奈は冗談のつもりだろうが、今は仮にも授業中なので滅多なことは出来ない。
そもそもお互いに学校ではそういうことをしないと決めているので、きっと彼女は冗談のつもりで口にしたはずだ。
(本当にエロくなっちまったなぁ。冗談だろうけど、少し前の静奈なら絶対にこんなことは言わなかっただろうに)
やはり静奈はある意味そういった属性に対する才能がありそうだ。
とはいえ、冗談ではあっても龍一を揶揄う意図は少なからずあったと思うので、龍一もそれにお返しをするのも当然だった。
「……………」
周りの目は見えない、なので余裕の笑みを浮かべる静奈の腕を引っ張った。
小さな悲鳴を上げて彼女は龍一の胸の中に収まり、そんな静奈に更に悪戯を仕掛けようとしたが凄い勢いで彼女は龍一の匂いを嗅いでいた。
「……はぁ♪」
「……………」
悪戯を止め、静奈をゆっくりと離した龍一だった。
それから不満そうな目をした静奈と共に、他のクラスメイトに交じってランニングを再開させた。
「どうしたのよ静奈」
「……何でもないもん」
「もんって……はは~ん」
静奈は龍一を見てスッと視線を逸らす。
こんな様子を見せれば何かあったのかすぐに友人たちには分かるようで、何とも言えない生暖かい視線を龍一は向けられてしまった。
「ねえ獅子堂君、私の後輩が獅子堂君のこと気になってるみたいなの。もし良かったら今度会うだけでも――」
途中でその子は静奈に圧を向けられて喋れなくなっていた。
とまあそんなこんなで体育の時間は終了し、時間は流れて放課後になった。
「あ、獅子堂」
「どうした?」
帰り支度をしていると宗平が声を掛けてきた。
傍に静奈が居るにも関わらずこうして声を掛けてくる程度には彼らの雰囲気は改善されており、龍一だけでなく静奈とも和やかに会話が出来ていた。
「獅子堂ってあそこでバイトしてんだよな?」
「おう。ちなみに今日もバイトだぜ」
「そうか……今日、お邪魔しても良いか?」
「……くくっ、俺に許可なんざ取らなくても別に良いじゃねえか」
「あ、それじゃあ私もお邪魔しましょうか」
二人して静奈を見たが、どうやらこれはもう決定事項のようだ。
それから一旦宗平とは別れ、龍一も私服に着替えてから静奈の家に向かった。
「まさか宗平君があんなことを言うなんて……」
「あいつも変わったってことだ」
「……そうね。でも」
おそらく静奈が気にしているのは宗平の母親に知られることだろう。
かなりの潔癖症らしく、自分の息子がそう言った店に行くことをおそらく絶対に許しはしない。
それでもこうして宗平が足を向けるほどになったのもまた、マスターや三原といった女性たちの優しさと温もりに触れたからだろう。
「言い方はあれだけど、美人局とかに引っ掛からないか心配だわ」
「……まあ大丈夫だろ」
流石にその辺りの良し悪しは分かると思うし、龍一がバイトするクラブの従業員たちは正真正銘の良い人たちなので心配はするだけ無駄だと思われるが……まあ出会いにどっぷり浸かってしまう人も居るには居るが宗平は大丈夫だろう。
「お待たせ」
「おう」
宗平も合流し、三人でクラブへとやってきた。
静奈と宗平はカウンター席でマスターの目が届く場所に座り、龍一はマスターの隣でバイトに精を出す。
「……まるで参観されてる気分になるのはなんでだ?」
「良いじゃねえか。にしてもこうして来てくれて嬉しいぜ坊主」
「あ、ありがとうございますマスターさん」
やはりまだ宗平は緊張しているようだ。
そんな宗平の背後から近づくのは従業員の一人であり、以前に宗平の相手をした三原だった。
「いらっしゃい宗平君」
「こ、こんにちは……三原しゃん」
少し噛んでしまったが仕方ない、何故なら彼女はいきなり宗平の後ろから抱き着いたからだ。
抱き着いたとはいっても立っている三原と座っている宗平なので、どちらかといえば体を引っ付けたが正しいかもしれない。
後ろから腕を回され、ちょうど後頭部の位置に三原のおもちがダイレクトに当たっている状態だ。
「こんなところに来てイケナイ子ね」
「おい、こんなところって言うんじゃねえよ」
マスターのもっともなツッコミが入った。
それから龍一は静奈の相手を、三原は宗平の相手をするためにそれぞれ席に座る。
「そうなの。みんなそろそろ体育祭かぁ」
「はい。今日も色々と用意とかしたんですけど――」
雰囲気に慣れてくると口も良く回るようになるが、宗平は本当にこの場に慣れてきたようである。
微笑ましいと言うべきか、珍しいと言うべきか……龍一と静奈が見つめているとボソッとマスターが言葉を零した。
「三原には弟が居たんだが、随分昔に亡くなったみたいでな」
「え?」
「そうなのか?」
マスターは頷いた。
「もしかしたら面影を感じてるのかもしれん。まあこれからどんな風に変わるかは見物だが良い方向に動くのを願うぜ」
マスターが言った良い方向というのが何かは察しが付くものの、そうなるとそれはそれで素敵なことだなと龍一と静奈は笑みを零す。
「なあマスター、オレンジジュースをくれ」
「ある……あ、切らしてるぜ」
「ないんだ……」
「ないんですね……」
「……買ってくる」
店を仕切るマスターが席を空けるなと、二人は思いっきり笑ってやけに落ち込むマスターを止めるのだった。
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