静奈の感性もまあ色々と……

「おっす」

「おはよう獅子堂」

「おはようさん」


 夏休みが明けて二学期が始まった。

 それなりに長い休日の期間を経て龍一が教室に入ると、先に来ていたクラスメイトから挨拶を返される。


「獅子堂はどんな風に休みを過ごしたんだ?」

「決まってるでしょ、静奈とイチャイチャしたんだよね?」

「……リア充羨ましい」

「まあイチャイチャは間違ってねえな」


 男女問わず声を掛けられるようになったのは本当に感慨深かった。

 静奈の名前が出たことで、彼女も友人たちと話をしていたがすぐに龍一の元に飛んでくるようにやってきた。


「私の名前が聞こえた気がするのだけど」

「うん。獅子堂君と静奈は夏休みイチャイチャラブラブしてたんだねって」

「そうね。当たり前すぎて今更だわ」

「……………」


 腰に手を当てて彼女は当然かのようにそう言った。

 龍一が絡むと静奈はこのように自信を持って彼との関係について口にすることは多くなったのだが、やはりこうやって強く宣言されるほどに彼女が龍一のことを強く想っていることに他ならない。


「おっすぅ!」


 そんな風に朝から賑やかな場に真も入って来た。

 いつもと変わらない様子の彼が来たことで、龍一は気になっていたことを早速聞くことにした。


「なあ真」

「なんだ?」

「先日のことなんだが、お前あの時の眼鏡の子と一緒に居なかったか?」

「あぁ見てたのか」


 何も隠したりするつもりはないらしい。


「あの子、確か彼氏が居るんだったよな?」

「え? もしかして相手が居る子に手を出したの?」

「いやぁこれには山よりも高く海よりも深い理由があってだな」


 ケラケラと笑いながらの様子なので特に深刻な何かがあるわけではなさそうだ。

 静奈以外のクラスメイトたちが自分たちの席に戻った後、真は何があったかを教えてくれるのだった。


「実はあの子、彼氏に浮気されたみたいだぜ? ……まあその現場をしっかりと目撃したって感じだが」

「へぇ」

「浮気……」


 浮気という言葉に静奈が拳を強く握りしめたようにも見えた。

 彼女が何を想像したのかはある程度分かるものの、少なくとも今の自分に関しては何も心配することはないのだと静奈の手を取った。


「ナチュラルにいちゃつくなよな」

「うるせえよ。それで?」

「あぁ」


 真は更に言葉を続けた。


「お世辞にもあの子は見た目が優れてるわけじゃねえけど、あの子の姉は物凄い美人らしくてな。それで彼氏の家に行った時に自分の姉とヤッちまってる瞬間を見たんだとよ」

「なるほどな」

「酷いわね……」


 ただ今の時代、自分の姉と彼氏がそういう関係ってのは意外と珍しくはない。

 自分より下に見ている妹に嫌がらせしたいか、或いは何か別の目的があるのかもしれないが碌なものではないだろう。


「元々あまり自己主張が出来ないってのもあって、姉に好き放題言われただけじゃなくて彼氏にももう興味がないなんて言われたみたいでな。それであの子が浮かない顔で歩いているのを俺が見たってわけだ」


 っと、どうやらあの女の子との間にはそのようなドラマがあったようだ。

 それで以前にナンパではあったものの声を掛けた真に全てを話し、それを聞いた真が彼女に笑ってほしいと色々と連れ回したらしい。


「お前も優しいところがあるんだな」

「どういうことだよおい」


 龍一はくくっと肩を震わせて笑いながらも、しっかりと真の目を見つめて次のように言葉を続けた。


「言葉の綾だ。お前が優しくて良い友人ってのは分かってるよ」

「……なんか調子狂うな」


 照れたように真は頬を掻いてそっぽを向いた。

 あの時偶然ではあったが目にした真も楽しそうだったのでもしかしたらと思ったがどうやらそこまではないようだ。

 龍一の感覚だと真はやっぱり派手好きというのもあって、あの子は好みではなさそうなものだが……まあ龍一のように心境の変化があればそれも分からないというものだ。

 それから時間は流れ放課後になり、龍一は静奈と街中をうろついていた。

 特に目的もなくブラブラとするデートだが、実をいうと学校を出てから静奈はずっと何かを考えるように口数が少なかった。


「どうしたんだ?」

「あぁ……うん」


 何か悩みでもあるのだろうか、龍一が視線を向けると静奈は話してくれた。


「浮気をするってどんな気持ちなのかしらって思ったのよ」

「ふ~ん?」


 以前に似たような話をした気がしないもでないが、龍一は静奈の言葉に耳を傾けた。


「真君の話だとそのお姉さんは妹さんのことを良く思ってなくて、そんな妹さんから彼氏を奪うためにわざわざ分かりやすく関係を持った……私はそのお姉さんじゃないから何を考えているのか分からないけど、でもたったそれだけのことで体を許すのは考えられないわ」

「……まあそれが普通の感性だとは思うぜ?」


 静奈の言っていることは何も間違っていないし全然普通のことだ。

 だが世の中にはそんな感性がぶっ壊れた存在が一定数居るのも確かで、どちらかと言えば静奈も少しおかしな部類には入るだろう。


「そこにどんな思いが込められているかが大事なんだろうが、少なくとも静奈も普通の人からすれば首を傾げることをしているだろ?」

「え?」


 キョトンと彼女は首を傾げた。


「俺とお前は正式に付き合ってる、それなのに千沙たちと関係を続けることを許容している時点でお前もおかしい部類なんだ。ま、俺自身もそうだけどさ」

「そ、それは……むむむぅ」


 基本的に恋愛は一対一が普通だからだ。

 龍一もこんな風に特に気にしていない様子ではあるが、ふとした時に悩むことも少なくはない。

 言ってしまえば静奈や千沙たちの優しさに甘えているだけに過ぎないのである。


「龍一君は良いの! みんなが望んでるから!」


 っと、彼女がこんな風に言うものだから龍一も甘えてしまう。

 このことは確かに大事なことではあるのだが、考えすぎても疲れるだけなので龍一も静奈も一旦その考えは頭の隅に置くことにした。


「……けど、静奈がまさかそんなことを言うとはなぁ」

「え?」


 良い機会だと思って龍一はこんなことを口にした。


「もしもお前が俺以外の誰かと恋人関係だった時、その仲を引き裂くように俺が現れたらどう思う?」

「喜ぶけど?」

「……えっと」


 違うそうじゃないと龍一は言いたかったが、流石にこんな例えをしたところで既に静奈の心は龍一に傾いているので自然とそんな言葉が出たのだと思われる。


「仮定の話をしたところで仕方ないけど……私、ぶっちゃけると龍一君以外の男性と付き合うところが想像出来ないのよね」

「それは嬉しいことだな」

「そうそう、だから上手く答えられないわ……それに」

「?」


 静奈は少し下を向いた。

 耳元まで赤くなった彼女はボソッと呟いた。


「……私、龍一君に気付かされたでしょ? 自分の抱える性癖っていうか、結構業の深い属性というか」

「……あ~」

「あんな私、他の人には絶対に見せられないわよ……見せる気もないけど! まだ付き合うとかそういう段階じゃないのに、龍一君に襲われることを想像して興奮する女だもん私」


 静奈は清楚だ……繰り返すが静奈は清楚だ。

 だがこんなことまで言えるようになったのは絶対に龍一の影響だし、彼女に隠されていたMの部分を引きずり出したのもまた龍一だった。

 龍一としては特に思うことはないのだが、静奈に関してはやっぱりベッドの上での乱れようなどは恥ずかしいらしい。


「もうそれも今更だろうが。こんなに綺麗な女が俺の手だけであそこまで乱れた姿を見せてくれる、それは結構嬉しいことだと思うんだがな」

「でも限度はあるでしょ……あんな……あんな顔!!」


 静奈が言ったあんな顔とは以前に見ることになった写真のことだろう。

 どんなに美しい顔立ちをしていたとしても、快楽に染まればその表情はだらしなく蕩けてしまい下品な喘ぎ顔を晒す。

 ある意味これこそ龍一の記憶にある漫画で堕とされた始めた静奈そのものではあるのだが、それもまた一つの魅力だと龍一は思っている。


「気にすんな。お前は俺との行為で思う存分乱れりゃいい。どんなお前でも俺は愛してるからな」

「っ……その言葉に嬉しさと一緒に興奮する私が悔しい!」


 ただでさえ静奈は感じやすい体なのだから抗うだけ無駄だ。

 街中で歩きながらするにはあまりにも卑猥な話だが、当然周りにあまり人が居ないことを考慮しているので誰にも聞かれてはいない。

静奈も静奈で色々と悩みや気にしていることはあるみたいだが、それも全て龍一が塗り潰してやると安心させるように耳元で呟く。


「っ……すきぃ♪」


 ただまあ、安心と呼ぶよりは別の表現の方が正しそうではあった。

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