二人でしよ?

「お前最近調子乗ってるみたいだな?」

「デカい図体で良い気になってんじゃねえぞ」」

「……………」


 どうしてこうなったと、龍一は心の中で大きなため息を吐いた。

 そろそろお盆がやって来る夏休みの日、龍一は学校で先輩の男子二人に絡まれていた。

 なぜ夏休みなのに学校に居るかだが、単純に夏休み明けに体育祭があるのでその準備の為に来ているのだ。


(……面倒だな、つうかこうやって絡まれるのも懐かしい気分だぜ)


 少しだけズレたことを考えながら龍一は笑った。

 先輩二人には余裕そうな姿に見えたのが何笑ってるんだと手を伸ばしてくる。


「ま、調子乗ってたのは前からっすけどねぇ」

「てめえ」

「……やっちまおうぜ」


 龍一や真、要がこの学校ではそこそこに有名な不良なので埋もれているが、当然それ以外にも後輩先輩に不良と呼ばれる生徒は居る。

 彼ら二人もその内の不良ではあるのだが、龍一たちと比べるとどうも印象が弱いというか可愛げのある不良だ。


「一応ここ学校なんすけどね先輩方」

「余裕ぶっこいてじゃねえ!!」


 龍一の忠告を無視するようにグーで殴り掛かって来たが、龍一はヒラリと避けてその手を掴んだ。

 そのまま力を込めるとミシミシと音を立てていく。

 手を掴まれた先輩が痛みに眉を顰めるが、改めて龍一は体のスペックの高さに舌を巻いていた。


(腕の動きも見えるし避けるのも余裕だし、何より力が強い……やっぱりこれくらい強くないとよくある寝取りキャラを名乗る資格はないらしい)


 んなわけあるかと龍一は薄く笑った。

 しかしながら反撃をすればそれはそれで面倒なことになるのは分かっているのでどうするかと頭を悩ます。

 その間もずっと力を入れ続けており、段々と強くなっていくので先輩の方も痛いと声を漏らした。


「は、離しやがれ!」

「あん?」


 もう一人の先輩に目を向けると、彼は龍一の眼光にビビったのか後退った。

 この辺りで良いかと龍一が手を離すと、彼ら二人は距離を取りながらも龍一を睨むことを止めない。


「……ったく、本当に面倒――」

「龍一君、どうしたの?」


 っと、そこで涼し気な声がその場に響いた。

 帰るのが遅くなった龍一のことを心配したのだろうか、静奈がゆっくりと背後から近づいてきていた。

 静奈ならばきっと事の経緯を知れば先輩二人を睨んで文句を言ってくれるだろうが彼女にそこまでしてもらう必要はない。


「何でもない、すぐに戻る」

「お、おい!」

「待てや!」


 いい加減にしてくれ、そんな意味を込めて龍一は思いっきり睨んだ。

 先ほどよりも鋭い眼光に先輩たちは完全に委縮してしまい、龍一はその様子に情けないなと思いながら静奈の元に向かった。


「大丈夫?」

「あぁ、俺にもしもがあると思うか?」


 そう伝えると静奈は首を振って笑った。

 彼らから更にヘイトを買った可能性もあるのだが、もしまた絡んでくるのならそれ相応に仕返しをすればいいかと龍一は獰猛な笑みを浮かべるのだった。


「……悪いこと考えてるわ龍一君」

「おっと」


 当然、二人きりになると龍一のことを注視する静奈のことなので何を考えているのか手に取るように分かるらしい。

 まるで心の中を見透かされたような感覚だが、相手が静奈だと不快感はないしむしろそれだけ理解されているのだと思えるから不思議だった。


「最近調子に乗ってるように見えたらしいぜ?」

「ふ~ん、昔の間違いじゃないの」


 全く持ってその通りだった。

 逆に最近の龍一は本当に丸くなったようなもので、教師からの評価が少し変わったのもそうだし生徒たちから慕われるようになったのも記憶に新しい。

 もしかしたら丸くなったからこそ牙を失った虎にでも見えたのだろうか。


「別に手を出してくるなら喧嘩も止む無しだがなぁ……お前に心配は掛けさせたくはねえし、何より嫌だろ?」

「え? う~ん……」


 龍一の予想に反して彼女は考え始めた。

 しばらく考え込み、静奈はこんなことを口にした。


「確かに心配はするし怪我もしてほしくはないわ。でもいざそうなったら私は龍一君のことを尊重するつもりよ。龍一君は絶対に理由がない暴力は振るわない、龍一君がもしも力を振るうときはきっと理由があると私は思っているから」


 それはどこまでも龍一を信頼しているからこそ出てくる言葉だった。

 暴力だけでなく、力というものには使う際に責任が伴うとよく言われるが、今の龍一には無暗にその力を振るうつもりはなかった。

 さっきのも暴力の一つだと言われてしまえば返す言葉もないが、少なくとも龍一が力を振るう時は大切な存在を守る時だろう。


「……異世界の勇者かよ」

「ふふ、良いじゃないの。龍一君は勇者気質だと思うけどね」

「勘弁してくれ。俺はその辺のチンピラで十分だ」


 それから教室に戻り、体育祭に向けての準備に再び参加した。

 とはいえ特にすることはなく、これをしてほしいあれをしてほしいと言われてその通りに動くだけだ。

 重たい荷物を運んだりする時には龍一は率先して動いているので、本当に彼はクラスに溶け込み多くの人に慕われていた。


「獅子堂君、そっちを一緒に持ってくれないか」

「分かった」

「獅子堂! 手伝ってくれ!」

「任せてくれ!」

「獅子堂君! もっと静奈とイチャイチャして!」

「おう……なんでやねん」


 あははっとクラス中で笑いが上がった。

 静奈はいつも集まる友人たちと作業をしているが、彼女はこんな風に龍一が揶揄われると本当に楽しそうに笑っている。

 更に言えば彼女に関しても連鎖して揶揄う声が飛ぶのだが、静奈は決して照れたりはせずに胸を張ってその言葉を受け止めていた。


「ほら龍一君、言われたのだからイチャイチャする?」

「暑いから帰ってからだな」

「分かったわ。色んな意味で汗を掻きそうね」


 クスクスとそう呟いた静奈に多くのクラスメイトが顔を赤くした。

 どんなことを考えられたか想像なんてしたくもない、少しばかり恨めし気に静奈を見たが彼女の表情は涼しそうだ。


「それじゃあ今日はここで解散で良いかな」

「了解」

「終わったぁ!!」


 龍一たちが通う学校の色分けは基本的に学年別になるので、毎年こうして自分たちのことは自分たちでやらなくてはならない。

 去年は当然龍一は一切こういったことには参加しなかったので、ある意味新鮮な感覚でのやり取りだった。


「……あっつ」

「暑いわね」


 冷房が働いていた学校の中から外に出ると、暑い日差しと三十度近い温度が龍一に静奈に襲い掛かる。

 お互いに涼しい恰好をしているが、それでも明確に暑いと感じるほどだった。

 現時刻は昼前、これから静奈の家に向かってそうめんをいただく予定だ。


「そうめんも久しぶりだな。一人だと滅多に食わねえし」

「父が生きていた頃には流しそうめんとかもしたわね……懐かしいわ」

「へぇ」


 あまり静奈の口から、というよりも咲枝からも既に亡くなっている彼の話を聞くことはそんなにない。

 龍一のように親と呼べるような存在ではなく、とても優しくて理想とも言える人だったのだ……それならば思い出すだけでも辛い記憶になると思ったからだ。


(……俺もお前みたいにそんな風に思い返せたら良かったんだろうな)


 龍一と静奈が歩く先で一組の親子が楽しそうに連れ立っていた。

 まだまだ小さな男の子の両手をそれぞれ父親と母親が握っており、以前にもこのような光景を見たがそこには間違いなく家族としての温もりと笑顔が溢れている。


『ほら龍一、楽しいか?』

『うん!』

『ふふ、本当に仲良しなんだから』


 もしかしたらと想像して龍一はうへぇと表情を顰めた。

 絶対にあり得ない光景だったからこそ、それを想像してしまって後悔したのだ。


「龍一君、今日バイトでしょ?」

「あぁ」

「あのね。マスターとお話して私も少し手伝ってみたいと思ったの」

「ふ~ん」

「男性の相手はしないっていう条件の他にも色々あるけど、今日は私も手伝うわ」

「そうか……うん?」


 何か大変なことを聞いた気がすると龍一は首を傾げた。

 そして時間が進んで夜になり、龍一がバイトするクラブには静奈の姿もあった。


「似合ってるわね静奈ちゃん」

「ありがとうございます」

「……………」


 他の店員と違って全く肌を出さない服に身を包んだ静奈を見て、龍一はどういうことだとマスターを睨んだ。


「お前と一緒に出来るだけ居たいんだとさ」

「……ったく」


 どうやら今日は静奈と一緒にバイトをすることになりそうだ。

 とはいえ彼女が居るのはマスターのすぐ傍であり、料理の手伝いくらいらしいので龍一も安心出来るのだった。

 しかし、そういう日に限って面倒な客が来るというのもお約束だった。

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