これもまた一つの決着
「初めまして、竜胆静奈です」
龍一の目の前で静奈が墓前にそう語りかけた。
それを隣で龍一は静かに見守っているが、今回ここに来たのは両親と違い充実した日々を送っていることを報告に来た。
いくら龍一にとって忘れられないほどに憎かった存在とはいえ、故人に対してこのようなことをするのは性格が悪いなと苦笑する。
「龍一君から色々と聞かせていただきました。私が何を言ったところで、もうあなたたちに届かないことは分かっています。なので……思う存分吐き出したい悪口は言いません」
静奈は胸に手を当てて必死に言葉を我慢しているようだった。
龍一から聞いた両親の話を聞いて、彼女が自分のことのように胸を痛めたことは龍一にも伝わっている。
そこまで気にすることじゃないと伝えても静奈はどこまでも優しい、だからこそ龍一のことでここまで真剣に考えてくれるのだ。
「ですが一つだけ、これだけは伝えておきます」
静奈は一旦言葉を切って龍一を見た。
彼女の瞳は相変わらず汚れのない綺麗な色をしており、まるで宝石のように輝いている。
以前に龍一は静奈はどんな色にも染まらない彼女だけの色を持っており、しっかりと芯を持つ女性だと言ったが……本当にその通りだ。
「私は龍一君に出会えて良かった。心から大切だと、大好きだと、ずっと傍に居たいと思える男性に出会いました。出会いこそ突然でその後の関係も正しい形かどうかは分かりませんが、私は彼を愛している――それだけを伝えておきます」
「……………」
静奈の言葉をジッと聞いていた龍一は目を閉じた。
この世界に転生したと気付いてまだ二ヶ月程度しか経っていないが、龍一にはちゃんと幼い頃から生きてきた記憶がある。
ずっと両親に怯えながら失望した過去の記憶、両親が居なくなってからは行き場のない憎しみを抱える日々を送っていた。
(……静奈たちに出会ったおかげか。俺がこんなにも変われたのは)
相変わらず自分自身ではそこまでの変化は分からないが、それでも昔と明らかに違うというのはちゃんと気付けている。
それは大きな一歩であり、心を覆っていた両親の呪いから解き放たれた証でもあるのだ。
「俺が見てたアンタたちはずっとお互いに何かを言い合ってた。笑顔なんて……見たことはなかったな。精々アンタが関係を持った男からもらった金を見てニヤニヤしてたくらいか」
少し考えるだけで昔の記憶は蘇ってくる。
その全てが思い出したくもない記憶だが、やはり昔と違って今は隣に静奈がピッタリと寄り添ってくれている。
それがいかに龍一の心を支えてくれているのかが本当に良く分かることだ。
「まあ良いさ。今更アンタたちに俺は優しい言葉を掛けてほしいだとか、少しは息子として考えてほしかっただなんて言わない」
そこから続く言葉は龍一のこれからに対する言葉だ。
もう両親の陰に怯えない、そんな強さを示す龍一が出した答え。
「俺はもう、アンタたちに振り回されたりはしない。俺は俺だ……アンタたちに望まれなくても望んでくれる人たちが居る」
「龍一君……」
龍一は静奈を抱きしめ、彼女の頬に手を当ててそのままキスをした。
深いキスではなくあくまで触れ合うだけのキス、それはまるで墓前に対して見せつけるかのようだった。
「罰当たりだとか言ってくれるなよ……静奈、行くぞ」
「えぇ」
買ってきていた花を置き、用は済んだと龍一は静奈を連れて歩き出した。
しかし、ここに来てまさかの出会いが待っていた。
「お前……何をしている」
「え?」
「……ちっ、タイミングの悪い」
現れた声には聞き覚えがあった。
静奈は首を傾げているが、龍一にとってその声は忘れもしない声である。
「ジジイか」
「え?」
そう、このタイミングで現れたのは父方の祖父だった。
更に後ろには祖母も控えており、二人とも龍一に対して嫌悪感を隠してきれていない様子だ。
こうして実際に顔を合わせるのは久しぶりだが、龍一が思っていた以上に彼らは顔を合わせたくはなかったと見える。
「何をしているか、墓参り以外に何かあるのか?」
煽るようなつもりはないが、少しだけ言い方は悪かったかもしれない。
祖父は瞼を吊り上げて龍一を睨みつけ、唾を飛ばす勢いで口を開いた。
「お前が私の息子の墓参りをする資格などない! あの女の血を継いだお前が!」
「……………」
相変わらずの嫌われっぷりと変わり映えのない罵詈雑言だった。
少しは言葉のボキャブラリーを増やしたらどうだと言いたくなるが、変に何かを口にすると更に煩くされそうなので言い返しはしなかった。
とはいえ龍一が呆れたような目を向けていたことに腹を立てた様子なので何をしてもダメみたいだ。
「行くぞ静奈」
「……えぇ」
静奈の手を握って龍一は歩き出した。
だが、祖父から向けられた言葉に龍一は足を止めることになる。
「お前の元に集まる女も似たようなものだろう! 汚らわしい、吐き気がするほどに悍ましい存在だ――」
「黙れ」
「っ!?」
その声は龍一でも信じられないほどに低いモノだった。
自分のことは何を言われてもいい、しかしこうして静奈に対して好き勝手言われることは我慢できなかった。
千沙の時は突然のことで唖然としていたため彼女にされるがままだったが今は違う。
「俺には何を言ってくれても構わない、だが静奈への言葉は許さない」
「何を……っ」
「この子は俺にとって大切な子だ。俺を支えてくれて、温かさを教えてくれて……掛け替えのない子なんだよ」
「龍一君……」
言葉は止まらない、静奈に対する想いが零れていく。
龍一の様子に圧倒された祖父は何も言えず、ただただ呆然と龍一を見つめるだけだった。
面と向かってこうして言い返せばすぐに何も言えなくなる、そんな相手に何を思い詰めていたのだと自分自身が馬鹿らしくなる姿だった。
「……っ」
「静奈?」
龍一の前に静奈は出たが、何かを堪えるように下を向いた。
力強く握り拳を作りながら小さく深呼吸をして彼女は頭を下げるのだった。
「……まあ」
「?」
「俺は結局、アンタたちに生かされたようなものだ。金も送ってもらってるし……だからそれは助かってる」
それだけ言って今度こそ龍一は静奈を連れて歩き出した。
祖父の傍を通り、祖母の元も通り過ぎる中でも決して言葉は交わさなかった。
「……ふぅ、まさか会うことになるとはな」
「そうね。私も驚いたわ」
出会ったのはイレギュラーみたいなものだ。
静奈に会わせるつもりは一切なかったし、きっと嫌な思いをさせたとは思うが彼女は笑顔だった。
「ふふっ、色々と言いたいことはあったけれど龍一君がどこか満足したような表情だったからそれだけで良いわ」
「そうか? 言ってやったとかは別にないんだが」
「何となくよ。何となくそんな気がしただけ」
「そうか……」
腕を抱く静奈を連れて歩く中、再度後ろを振り向いたが祖母と祖父は墓の前に立ったまま動いていない。
果たしてどんな言葉を墓に向けて言っているのか気になるが、それ以降はもう後ろを振り向くことはなかった。
「ねえ龍一君」
「うん?」
「大切な子だって……掛け替えのない子だって言われちゃったわ♪」
「……そうだな。別に嘘は言ってねえぞ?」
「凄く嬉しいわ! あぁ今日はとても気持ち良く寝れそう!」
程度はどうであれ気持ち良くなる夜なのは既に決まっているわけだが……。
ニコニコと笑みを浮かべる静奈を見ていれば、小さなことは気にならなくなるほどの清々しさがあった。
「……本当に静奈が傍に居てくれて良かった」
「また? でも何度だって同じ言葉を返すわ――ずっと一緒よ♪」
龍一は迷いなく頷いた。
こうして墓参りと言う名の決別、祖父母との出会いは幕を下ろした。
龍一にとっても、そして静奈にとっても決して小さくはない邂逅だったが気持ちはどこか満足していた。
「さてと、せっかくちょい遠くに来たんだし色々と見て回るか」
「えぇ。ここからがデートね」
先ほどまでのことがなかったかのような笑みを浮かべ、二人は街中へと向かう。
まるでずっと付き合っているカップルのように寄り添いながら、二人はデートを楽しむのだった。
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