新しい関係に踏み出そう

「あ~……もう静奈の負けで良くないか?」

「にゃ……にゃんのこれしきぃ♪」


 龍一の言葉によろよろと起き上がった静奈が抱き着いてきた。

 お互いに服を着ておらず、今の今まで何をしていたのかは容易に想像できた。


(……まあこうなるのはわかってたけどな)


 そう思いながらも龍一は静奈の体を抱きしめた。

 筋肉質な龍一の肉体と違い、すべすべの肌と弾力のある柔らかさをこれでもかと感じることが出来る。

 今日は色々なことがあったが、あの後デートを楽しみ夕方になってから再び電車に乗って帰って来た。


「今日はこんなもんで良いだろ? ほら、横になろうぜ」

「……うん♪」


 負けてばかりではなく攻めに転じれることも出来ると彼女が意気揚々と言ったので龍一が迎え撃ったのだが、まあ見て分かる通りの結果だった。

 龍一にとってももはや静奈の体で知らない部分がないほど、それは静奈も同様だろうが経験の差が顕著に出ていた。


「……なんでエッチってこんなに気持ち良いのかしら」

「さあな。まあ男よりも女の方が感じやすいってのはあるんだろうが」

「そうなのね。確かに意識が飛ぶとまでは言わないけど、ちょっとこれはマズいかなって思うことはあるもの」


 初めて静奈を抱いた時からだが、いつも龍一は静奈のことを気に掛けている。

 彼女がMというのは既に分かっている子だが、だからといって度を超えた激しいことはそこまでしない。


「……ふふっ♪」

「どうした?」


 龍一の逞しい腕を枕にしている静奈は人差し指を立て、そのままツンツンと龍一の固い胸板に指を押し当てた。

 そのままつーっとなぞる様にしながら呟いた。


「今日はあんなことがあったけれど、私は改めて自分の意志を確認できた」

「確認?」

「えぇ……私、本当に龍一君が好き」

「っ……」


 今まで見てきたどんな微笑みよりも綺麗だった。

 柔らかな眼差しで龍一を見る彼女の表情は正に聖母のような美しさで、まだ高校生なのにとてつもない母性を感じさせるような微笑みだった。

 龍一はそんな眼差しに見つめられていると思うことがある。

 彼女はただ龍一だけを愛してくれているが、その愛を受け取る龍一は彼女だけでなく千沙や咲枝、沙月とも関係を持っているわけだ。


「……なあ静奈」

「なあに?」


 龍一の表情から何かを言いたげだというのは察したことだろう。

 彼女は真っ直ぐに龍一を見つめ返し、どんなことで言ってほしいと暗に瞳で伝えてくるかのようだ。

 その優しさに感謝をしながら龍一はこう言葉にした。


「静奈は……俺のことをどこまでも想ってくれている」

「うん」

「俺も静奈が大切だ……だけど、俺が関係を持っているのは静奈だけじゃない」

「うん」

「……何とも思わないのか? 静奈は」


 それはある意味ずっと聞きたい言葉だった。

 静奈は口元に指を当ててう~んと考え始め、そして答えが出たのか頷いてこう答えるのだった。


「確かに龍一君を独占したいって気持ちはあるわ。でも千沙さんや沙月さんの気持ちも良く分かってるから。お母さんは最近龍一君のことは息子みたいに思ってるみたいで恋とは違うみたいだけど……ふふ、今更龍一君も彼女たちを手放せないでしょ?」

「……そう……だな」


 良い女だから手放したくない、確かにそんな気持ちがあるにはある。

 だがそれだけではなく、彼女たちは静奈同様に龍一に温もりを与えてくれた人たちである。

 だからこそ、手放せるかどうかと言われたら無理としか言えなかった。


「……ほんと、不純だよな。俺自身、キッチリ答えを出せって思うのに」

「う~ん、難しく考えること?」

「え?」


 難しくというよりは考えなくてはならない問題だからこそ困っているのだが、どうも静奈はどうして龍一がそこまで悩むのか分かっていないらしい……いや、分かっていないのではなく悩む必要がないのだと言いたいのかもしれない。


「私も千沙さんも沙月さんも龍一君のことが大好きなの。それは私たち全員が分かっていることだし、関係を持っていることも分かってる。その上で私たちは別にいがみ合っているわけでもないし憎み合ってるわけでもない」

「……まあな」

「なら良くない? 今はまだそれで良いと思うの。難しく考え過ぎずに今まで通りで全然私は良いと思ってるわ」

「……そうか」


 静奈の言葉を聞いて龍一は天井に目を向けた。

 まるで彼女の言葉は龍一が抱いた悩みなんて気にするほどのものではない、何も気にしないで今まで通りに生きていけば良いんだと促されたようなものだ。


「静奈は……いや、今は良いか。つうかお前にそんなことを言われるなんてな」

「ちょっとなんで笑うのよ……」


 そりゃ笑うだろうと龍一は肩を揺らした。

 確かに静奈ならあり得ないこともなかったが、まさか本当に今まで通り千沙や沙月とも関係を持てば良いと言われたことが面白かった。

 何度も言うが静奈は清楚美人な見た目なので、こういうことは逆に注意するのが似合うタイプだ。


「静奈は静奈だったな。俺が染めた女で……その逆も然りか」

「わぷっ!?」


 静奈の顔を思いっきり胸元に抱き寄せた。

 驚いた静奈は可愛らしい悲鳴のようなものを上げたがすぐに大人しくなってされるがままになった。

 長くサラサラした黒髪は指に絡むことなく、さあっと気持ち良く流れるように指に触れてくる。


「綺麗な髪だ」

「あ、あの……」


 龍一からは珍しいくらいに優しい声音だったので静奈は驚いていた。

 とはいえ驚くとは言っても頬を赤くしているのは照れている証であり、龍一の声と触れてくる手に心地良さをこれでもかと感じている様子だった。


「柔らかくて温かかくてすべすべした肌だ。触れていて心地良くて、ずっとお前に触れていたい」

「……っ」


 際限なく静奈の顔が赤くなっていく。

 瞳を潤ませながら龍一を見つめ、もっと優しい言葉を掛けてほしいと願うような姿はとても可愛らしく、龍一は更に言葉を続けていく。


「……色々と考えてみた。俺は今の生き方を簡単には変えられない、そんな無責任なことしか言えねえけど……少しだけ、新しく前に進んでみようと思うんだ」

「前に進む?」


 龍一は頷いた。

 言葉にしたように簡単に生き方は変えられず、千沙たちとの関係もすぐには変わらないだろう。

 いや、もしかしたらずっと変わらないことだって考えられる。

 それでもこうして龍一に温もりと愛を注いでくれる一人の女の子と少しだけ進んだ関係性を築きたい、そう龍一は思ったのだ。


「静奈、俺と付き合わないか?」

「……え?」

「俺の彼女にならないか?」

「っ……!!」


 静奈の目が大きく見開いた。

 既に体の関係を何度も持っているのもあるし、普通の男女よりも圧倒的な仲の良さが龍一と静奈の間にはある。

 だが今までの関係はあくまでセフレのようなもので、この提案は周りにもきちんと彼氏と彼女であると断言できる関係になろうという提案だ。


「……なりたい」

「……………」

「私、龍一君の彼女になりたい!」

「あぁ。なってくれ静奈」

「えぇ!」


 顔を近づけた彼女の唇を奪った。

 今までと何が変わるんだと言いたくなるものだが、少なくともお互いの心の持ちようは大きな変化を齎すだろう。

 その後、消えかけていた炎が瞬く間に燃え上がるように二人は再び体を激しく重ねた。


「……はぁ……はぁ」

「……ふぅ……ふぅ」


 龍一には珍しく、静奈同様に息を荒くしていた。

 お互いに天井を見上げながら息を整え、どちらからともなく顔を見合わせた。


「……はは」

「えへへ♪」


 そうしてまた抱きしめ合った。

 こうして龍一と静奈は新たな関係を構築するに至った。

 ここまで長かったようで短かったような気がしないでもないが、少なくともお互いにとってお互いが望む関係性になったのは言うまでもない。


「……夢みたいだわ」

「そうか?」

「うん。それだけ嬉しいの」


 夢だったらどうしようと口にした彼女に、夢なものかと笑いながら返した。

 千沙と沙月、そして咲枝はきっと……いや、確実に祝福してくれるだろうとは思っている。

 少しだけ寂しそうにするかどうかは分からないが、それでも彼女たちとの関係に変化はおそらく起きない。


「良いのか? 千沙や沙月たちと変わらなくても」

「えぇ。千沙さんたちも私にとっても大切なの。だから大丈夫」

「……ほんとに強い女だな静奈は」

「龍一君とずっと一緒に居たんだもの、強くならなくちゃダメでしょ?」


 強くなりすぎだろと、今度はガシガシと頭を撫でるのだった。

 髪が乱れてしまうと今更なことを気にした静奈だが、彼女はずっと乱暴に頭を撫でられながらも輝くような笑みを浮かべていた。

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