運命が変わる少し前
「馬鹿も風邪を引くんだな」
「張っ倒すぞ」
真の言葉に龍一はジトっとした目を向けてそう返した。
風邪で休んだ翌日……いや、正確には休んだ夕方には完全に龍一は快復していたのでこうして学校に元気に登校したわけだ。
今まで龍一が休むことがあったのはサボりくらいのもので、こうして本当に風邪で休んだのが真からすれば珍しかったのだろう。
「本当はもう一日安静にしておいた方がいいかもって言ったんだけど、もう大丈夫だからって」
「本当に大丈夫なんだ。心配しすぎなんだよ」
でもと静奈は心配そうな表情を引っ込めてくれない。
静奈がこんなにも心配してくれるのはありがたいが、本当に体の方は万全でどれだけ激しく動いても大丈夫だった。
一応熱がぶり返したりする可能性も考えていたが、それもなさそうなので本当に安心していいはずだ。
「朝礼が終わった後にすぐに竜胆が先生に話を聞きに行ってな。お前が風邪で休んだことを聞いたらすぐに荷物を纏め始めたんだぜ?」
「居ても立ってもいられなかったのよ。もうその話は良いでしょう?」
「まあ……な。俺もお前が来てくれて嬉しかったし」
それは素直な気持ちだった。
ついボソッと龍一は呟いたがどうも聞かれていたらしく、静奈はポカンとした顔を浮かべた後嬉しそうに笑い、真に関してはからかってくるかと思われたがどこか微笑ましそうにしていた。
「どうよ伏見君。龍一君ったら素直でしょ?」
「相手がお前だからだろ。さてと、俺はトイレ行ってくるわ」
まるでお熱い二人から逃げるように真は教室を出て行った。
残されたのは龍一と静奈だが、静奈は当然のように隣の席から椅子を拝借するようにして腰を下ろした。
基本的にこの龍一の隣の生徒は時間ギリギリに来ることが多いので、こうして椅子を借りても特に何も言われないわけだ。
「俺のことはともかく、そっちは何ともないのか?」
「大丈夫よ? もしかして心配してくれたの?」
「当たり前だろうが。静奈が看病してくれたのは嬉しかったがそれで風邪が移ったら嫌だしな」
そう言うと静奈は顎に手を当ててう~んと悩みだした。
「どうした?」
「ううん、ただもし私が風邪を引いたら龍一君はどんな風に私に接してくれるのかなってちょっと期待しちゃうわね」
ワクワクした様子で静奈はそう言った。
どうやら龍一の看病を進んでした彼女ではあるが、その逆も体験してみたいようだった。
「面倒くさがりの俺がお前みたいに家に来ると思ってるのか?」
まあ行くとは思うが、そう心の中で龍一は呟く。
今の言葉は決して外に出ていない、だというのに静奈はこう言ったのだ。
「絶対に来ると思ったわ。だって龍一君、なんだかんだ凄く優しい人だから」
「……………」
どうやら、静奈は完全に龍一の行動パターンを理解しているらしい。
この場合だと移してしまったならほぼ確実に行くだろうし、そうでなくてもここまで親しくなったのなら確かに見舞いには行くだろうか。
「その表情で分かるわ♪」
「……そうかよ」
ニッコニコの静奈から視線を外して小さくため息を吐いた。
そんなに分かりやすい顔をしているのかと少し心配になるが、あくまでそれは静奈だからこそ分かるのだと思われる。
その点で言うならば千沙に咲枝、沙月ももしかしたら分かるかもしれない。
「それじゃあ龍一君、私も席に戻るわね」
「おう」
静奈が席に戻った段階で担任も教室にやって来た。
担任は龍一を見たが特に表情を変化させず、前まで見せていた鬱陶しそうな表情は浮かべなかった。
それもこれも龍一の雰囲気が変わったのも理由の一つみたいだ。
(……別に真っ当になったわけじゃねえんだがな)
自分の雰囲気が変わったことは周りの反応を見ていれば少しずつ理解できる。
かといってやっているバイトは夜の店だし、静奈を含めて多くの女性と関係を持ち続けているのも変わらない。
それを知られればまた以前のような視線を向けられることになるだろうが、まあ今更気にしても仕方ないと龍一は苦笑した。
「今日の連絡事項は――」
適当に担任の話を聞き流しながら時間は過ぎていった。
授業も休み時間の過ごし方も特に変わることはなく、昼休みが訪れた段階で龍一は静奈と共に中庭に向かう。
「……?」
「あれは……」
中庭に向かう途中、二人の前をとある生徒が歩いていた。
その生徒は二人にとって先輩であり、この学校の代表とも言える生徒会長だったのだ。
品行方正でとにかく真面目、正しさが服を着て歩いているような女だ。
「職員室からの帰りみたいね」
「だな。昼休みなのにご苦労なこった」
そのまま彼女の前を通り過ぎようとしたが、チラッと彼女は龍一と静奈に目を向けて立ち止まった。
「あら、噂の獅子堂君だ」
「……………」
何が噂なんだと言いたくなるが、何とも面倒な空気を感じてしまい龍一は分かりやすく表情を変化させた。
静奈も当然それに気付いており、相手が生徒会長だということも気にせずに龍一の手を引っ張るように歩こうとした。
「少し話を良いかい?」
「……俺に?」
「あぁ」
ガシッと肩に手を置かれて止められてしまった。
こうなると流石に静奈も足を止める他ないらしく、ピタッと龍一に身を寄せた状態で生徒会長の言葉を待った。
「君はうちの高校でもかなり有名な不良だった。そんな君がそこまで雰囲気から分かるくらいに変わったのは何か理由があるのかい?」
「それは話さないといけないことなのか?」
「話したくないならそれでもいい。ただの興味本位だよ」
明らかに好奇心が見え隠れする表情だった。
とはいえ龍一としても特に黙る理由はないので正直に答えることにした――それが今龍一に抱き着いている一人の少女をこれでもかと喜ばせるとは知らずに。
「大切な女が出来たからかもな」
「え?」
「……ほう?」
龍一の言葉に目をぱちぱちとさせる静奈、そして生徒会長は自分が言われたわけでもないのに頬を赤くしていた。
「生徒会長は意外とこういうことには不慣れか?」
「……まあ年齢イコール彼氏無しというやつだ。私自身、良い女だとは思ってるんだけどね」
「確かに見た目は美人だが」
「だろう? 全く、この学校の男子は見る目がないんだ」
彼女はぷんすかと怒りを露にした。
確かに彼女が言ったように見た目はとても美人で、少しボーイッシュな見た目だが出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
「普通にアンタから声を掛ければ余裕そうだが? 胸もデカいしな」
「む、胸ぇ!?」
サッと両手で胸を隠すように彼女は後ずさった。
どうやら本当にこういうことに対する耐性は低いらしく、さっきよりも顔が真っ赤になっていた。
「こんな物デカくても邪魔になるだけだ。それに嫌な視線を多く浴びるし」
まあそれは胸の大きな女性の宿命とも言えるだろう。
邪魔なものと判断するか、異性を魅了する一つの要素と開き直るか、それはその人次第なので龍一は何も言えない。
「ま、あまり気にしすぎないようにな」
そう最後に伝えて龍一は静奈を連れて歩いて行った。
ちなみに、先ほどからずっと静奈は黙り込んだまま龍一の傍を歩いている。
「よっこらせっと」
「……………」
ベンチに腰を下ろしてすぐ、静奈は特に何も言わずに龍一の肩にスリスリと頬を擦り付け始めた。
どうもさっきの大切な女という言葉が嬉しかったらしく、まるで飼い主に甘える猫のように彼女はずっと引っ付いて龍一に甘えていた。
「なあ静奈、以前にどっか遠出でもしないかって言ったの覚えてるか?」
「覚えてるわよもちろん。もしかして……」
「早速今週にでもどうだ?」
「全然大丈夫。どこに行くの?」
その問いかけに龍一は一旦言葉を止めた。
そしてゆっくりと空を見上げながらこう言うのだった。
「デートみたいなもんだが……ちょいとばかし寄りたい場所がある」
「寄りたい場所?」
龍一は頷いた。
「あの世でどんな顔して俺を見てやがるんだって言いたくてな」
その言葉だけで静奈も龍一の意図が理解できたようだ。
こうして週末に龍一と静奈は少しだけ遠くに出掛けることが決定した。
そして、その日がある意味――龍一にとっての運命が動く日でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます