久しぶりの風邪と看病と
学校に龍一が来ないということで、静奈たちが心配していたその時……彼はアパートで布団の中に居た。
「……くそっ、久しぶりに風邪を引いちまったな」
顔を赤くし、額に冷たいタオルを乗せて彼はそう呟いた。
別に事故に遭ったわけでも、誰かに襲われたり物騒なことがあったわけではなく、彼は単純に熱を出して寝込んでいたのだ。
「……あ、そういや頭がボーっとしてて静奈に伝え忘れたか」
高い割合で登校は無理だなと思いながら、静奈に先に行ってくれと伝えたのを今になって思い出した。
学校には既に連絡済みで彼女は心配……しているだろうなと龍一は考えた。
とはいえ、学校に向かう前に気分が悪いからと伝えると絶対に彼女はこっちに来るかもしれないと思ったのだ。
「わざわざこんなことで煩わせる必要もねえからな」
きっと学校に向かわずに看病をしてくれるのは容易に想像できた。
別に死ぬわけでもないし病院の世話になるほど酷いわけでもないので、逆に学校が始まった段階で先生に聞いて伝わればそれでいいかと龍一は頷いた。
「……まあでも」
それでも親交の深い相手だからこそ、静奈にも風邪で休むことと伝えるのが遅くなったことを謝るメッセージを送った。
スマホを枕元に置き、ジッとしているとすぐに眠気が襲い掛かって来る。
こうして熱を出して寝込むのも久しぶりだし、風邪という真っ当な理由で学校を休むのも久しぶりだった。
「……腹、減ったな」
体が怠いとできるだけ動きたくはない。
軽くコンビニで買っておいたおにぎりを口にしたがそれでも腹は膨れなかった。
「……すぅ……すぅ」
龍一のような屈強な男でも風邪には勝てないということだ。
出来るだけ早く治るようにと祈りながら、彼は瞳を閉じて睡眠を取るのだった。
それからどれだけ時間が経ったのかは分からないが、龍一は少しだけスッキリとした頭で目を覚ました。
枕元に置いておいたスマホを手に取ると時間は昼前だった。
静奈からメッセージの返事も確認出来て、そこに書かれていたのは今から行くというものだった。
「……はっ?」
短いそれだけの言葉だったが、龍一を驚かせるには十分すぎた。
しかし傍には彼女の姿が見えないのでやっぱり安心半分、残念半分という何とも困った気持ちだ。
龍一と付き合いが長くなったことで、彼女も必然的に龍一との時間が増えている。
それでも学業は疎かにしていないようだしその辺りのことは心配はしていない。
「……ほんと、静奈って高スペックだよな」
それは龍一もなのだが、あくまで彼は人並みだと思っている。
さて、こうして目を覚ますと明確に空腹を感じて腹が鳴る。
「カップラーメンでも用意するか」
まだ少し体が熱いし頭はボーっとするが動けないほどではない。
だが起き上がろうとしたその時、部屋の隅で見覚えのある鞄を見つけた。
「……え?」
それはいつも学校に向かう際に静奈が持っている鞄だった。
その鞄を見つけた瞬間、トイレの方で水の流れる音が聞こえてきた。
「まさか……」
ジッとそちらを見つめていたら案の定彼女がハンカチで手を拭きながら現れるのだった。
目を覚ました龍一を見て静奈は目を丸くしたが、すぐに心配する表情となって駆け寄って来た。
「起きたのね。具合はどう?」
「……大丈夫だけど、お前……学校はどうした?」
「早退したわ。みんなにも伝えているし母さんにも言ってるわよ?」
「……………」
龍一は素直に頭を抱えた。
こうなるのを危惧して朝の段階で伝えなかったというのに、まさか早退までして駆け付けてくれるとは思わなかった。
いや、静奈だからこそあり得たことでもあるのかと納得した。
「……ありがとな。どっちかと言えば嬉しいわマジで」
「えぇ♪ そう言ってくれると思ったわ」
どうやら静奈も龍一のことを良く分かっているらしい。
とはいえこうして静奈が学校を早退してまでお見舞いに来てくれたわけだが、まだ僅かに熱があることは確定している。
彼女に風邪が移ってしまうのは本末転倒なので、出来るだけ距離を取って話をすることに。
「本当に心配したのよ? 最近はいつも一緒に行くことが当たり前だったから別々に登校する時点で変な感じはしたの」
「そうか」
「それで先生が来ても龍一君は来なくて……何事もなくて良かった本当に」
「……悪かった」
こうなってくると素直に伝えておけば良かったなとも思えてしまう。
風邪を引いたとはいえ龍一がちゃんと無事だったことを確認できた静奈は心の底から安堵の笑みを浮かべていた。
お互いに見つめ合う中でぐぅっと大きな腹の音が鳴った。
「ふふっ、簡単におかゆでも作るわ」
「おう。頼む」
「任せて♪」
もうこの際だから静奈の優しさに龍一は甘えることにするのだった。
台所に向かった静奈を見送り、龍一はおかゆが出来上がるまで横になって少しでも休むことにした。
「……………」
風邪を引くと人というのは弱くなるのか、布団の中で横になっていても聞こえてくる他人の気配に龍一は心が落ち着いてくる。
思えば風邪を引いて誰かに看病してもらうという経験がなかったので、静奈がこうして心配してくれているのは本当に新鮮だった。
(……そう考えるとマジで愛されてなかったんだな俺は)
もちろん風邪を引いたことは幼少期にそれなりにあった記憶はある。
しかしただ薬を渡されただけで心配の言葉はおろか、逆にこのまま拗らせて死んでしまえなんて言われたような記憶も蘇ってくる。
まあそんな暗い記憶ももはや龍一にとって足枷ではない。
(消えろよば~か)
そう煽るように記憶に問いかければ、両親のことも綺麗に忘れられるのだ。
それからしばらく待っていると静奈がおかゆを手に戻って来た。
「はい、出来たわよ」
「おぉ……おかゆってこんなのなんだな」
「……そうね。消化にとても良いの」
見た目は味っ気のない雑炊みたいなものだ。
塩での味付けも最低限らしく、もしかしたら味が薄いかもしれないとは言われたものの腹が減った今となってはご馳走にしか見えない。
「……あむ」
スプーンで掬い取り口の中に運んだ。
ドロッとした感触と共にスッと溶けるような感覚だ。確かに味は薄いがそれでも龍一の手は止まらなかった。
あっという間に完食してしまい、若干の物足りなさを感じながらも静奈にお礼を言って茶碗を渡した。
「その様子なら他にも色々と食べられたかしらね」
「かもな。でも今はこれで良い……マジでサンキューな静奈」
「ううん、全然良いの。これくらいお安いご用だから」
空に茶碗を持って台所に向かった静奈をまたもやジッと見つめてしまう。
学校を抜け出してここまでしてくれた彼女がやはり……龍一にとって大切だと心から思えた。
再び眠気が襲ってきたことで、朝とは全く違う心持ちで龍一は目を閉じる。
耳に届く皿を洗う水が流れる音、それに安心しながら龍一はまた眠りに就いた。
ちなみに龍一がそれから目を覚ましたのは二時間ほど経ってからであり、それでも静奈はまだ帰っていなかった。
龍一も本調子とはいかずとも顔色はかなり良くなり、一日休んだのと静奈が心を込めて作ってくれたおかゆが回復を促してくれたのかもしれない。
「あ、そうだわ龍一君! 私のスマホで撮った写真見たわよ!」
「やっと気付いたのか」
「やっとじゃないわよ! 思わず声が出るくらいに驚いたんだから……」
「あの時も思いっきり声出てたけどな」
「もう!!」
顔を赤くしながらもどこか彼女は嬉しそうで、やはりこうやってイジメられるのが静奈は潜在的に好きらしい。
今日は流石に無理だが、またあんな風に鳴かせてやるよと耳元で囁くと静奈は分かりやすく体を震わせた。
「くくっ、本当に可愛いやつだ」
「……これだからチョロいのよね私は」
布団の中で横になる龍一と、そんな彼を見守りながらもため息を吐く静奈という構図だった。
こうして朝から心配になってしまう一日だったが、もう大丈夫そうである。
【あとがき】
前回の引きで何かあったのかと想像されたと思いますが特にありませんでした。
とはいえ終わりが近いのは確かです。
もう少しお付き合いください。
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