見つけてしまったア〇顔写真

「……龍一君、無理していないかしら」

「ふふ、静奈は龍一君のことばかりね」


 龍一がバイトをしている中、静奈は咲枝との夕飯時にそう呟いた。

 実を言えば最近の静奈は龍一のことを心配するあまり、ずっと帰ってから彼のことしか頭になかった。


『大丈夫だ。俺にとっちゃ嬉しいことだがあまり心配するなよ』


 そう言って笑う彼が好きだ。

 そう言って頭を撫でてくれる彼が好きだ。

 そう言って抱きしめてくれる彼が好きだ。


「……はぁ」


 どんな龍一でも心が求め、今すぐにでも会いたいと思ってしまうほどに龍一の愛が欲しくてたまらない。

 彼の家庭環境を考え、一緒に住まないかと提案したのは確かに彼を心配し咲枝と共に出した結論ではあったのだが……一番大きな理由は彼にずっと傍に居てほしかったのである。


「ねえ母さん、私って我儘な女……よね」


 ついそんな言葉を零してしまった。

 もしも一緒に住むことになればおはようからおやすみまでずっと一緒だ。まるで本当の家族のように、いつまでも離れることがない絶対が約束される。


「そうね。でも私だって同じことを考えるわ」

「母さんも?」

「えぇ。それが愛おしい人を想うってことでしょう? どんなに心配するなと言われても心配してしまう、だってその人が大切な存在だから」


 静奈だけでなく咲枝だって龍一のことを考えている。

 彼の現状を考えれば親代わりのような存在が傍に居た方が良いに決まっている。それを彼が拒んだとしても、家族の愛情というものを知っていて損はないのだから。


「龍一君は強いわね。あの子はとても強い」


 本当ならばもっと歪んでしまってもおかしくはない家庭環境だ。

 それこそ何か犯罪に走るくらいに歪んだっておかしくは何もないのに、彼は犯罪を犯すようなことはせず大きな器で他者を惹きつけている。

 それは間違いなく彼が持つ魅力であり、現状に屈しない強い心に周りが魅了されているのだ。


「……彼の話を聞いた時、私は正直彼の両親が憎かった」


 咲枝は重々しく呟いた。

 最初に咲枝が龍一と体を重ねた時には聞いていないことだが、こうして静奈を含めて更に親しくなったのだから彼の話も聞いている。

 その上で咲枝も同じ子を持つ親として、龍一の両親が考えていることが全く理解できなかったのだ。


「私は母さんが母親で良かったわ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」


 たとえ人並みであろうとも親からの愛は子供からすれば特別だ。

 幼い頃にそれを受け取れているか否かでそれからの生き方は大きく変わるだろう。


「だからこそ私は龍一君のことを見守るの。ずっと傍で……彼が好きだから」


 たとえ今以上の関係になれないとしても、静奈はただそれを願っている。

 彼に助けられ、彼と体を重ね、色んな彼を知ったからこそ静奈は心から龍一のことを想っているのだ。


「……ちょっと連絡してみる!」

「あ……ふふ、全くこの子は」


 サッと夕飯を食べ終え静奈は部屋に戻った。

 スマホを取り出して龍一に電話を掛けたが何コール待っても彼は出てくれず、流石にバイトの途中だしスマホに出る余裕はないのかもしれないとため息を吐く。


「私、声が聴きたくてたまらないくらいに龍一君が好きなのね。まあそれも今更だし恥ずかしいことでもないわ」


 静奈はスマホを操作して写真を保存するアルバムを開いた。

 そこには“龍一君との思い出”と名前が付けられており、保存されている写真は全て静奈と龍一が写っているものか、龍一だけが写っている写真に限定されていた。


「こうして一枚ずつ思い出が増えていくのも楽しいし愛おしい……ふふ、これからどれだけ増えるのかしら」


 一枚ずつ見ていきながらその時の思い出を振り返る。

 優しい表情で写真を見る彼女の姿はまるで女神のような神聖さすら感じさせるが、次の瞬間にぼふっと顔を真っ赤にした。


「こ、こんな写真いつ撮ったの!?」


 静奈がそこまで表情を変化させたのは写真に原因があった。

 それは静奈が絶対に他人に見せられないような表情で龍一に組み敷かれている写真だ。

 涙を流しながら思いっきり舌を前に突き出し、完全に蕩け切っている表情で……静奈が自分でも見ていやらしすぎると思ってしまう写真だったのだ。


「一体いつ……あ」


 その次の写真に全ての答えが合った。

 布団の上であられもない姿をしている静奈と、悪いなと書かれた紙を手にしている龍一が悪戯を成功させた子供のように笑って写っていた。

 完全にお前の彼女をやってやったぜ写真だが、決してそういった類のものではない健全な写真だった。


「全くもう龍一君ったら……」


 静奈は困ったようにそう言ったが、次の瞬間にはクスッと笑みを零した。

 裸の龍一がニカッと笑っているだけでも微笑ましいのに、その後ろで仰向けのまま裸を晒している静奈は彼の女だと誰が見ても思ってしまう光景だ。


「……嬉しいわね」


 本当に嬉しそうに彼女は微笑んだ。

 恥ずかしい写真はそれくらいで、後は全部静奈自身が撮った写真だけだ。

 そうやって写真を眺めていた時、龍一からの電話が折り返しで掛かって来た。


「あ、もしもし」

『もしもし、悪いな今気づいた』

「ううん、大丈夫よ。ちょっと声が聞きたかっただけだから」

『そうか。静奈、愛してるぜ』

「っ……うん! 私もよ!」


 声が聞きたかったから、そう言ったから龍一はストレートにそう言ったのだろう。

 本来ならバイトで疲れているかもしれないので早めに通話は終わる予定だったが、どうも千沙と沙月の相手をしたということでそこまでの疲れはなかったらしい。


『相手つっても話し相手だからな? やっちゃいねえよ』

「分かってるわよ」


 実はちょっと羨ましいなと二人を疑ったのは秘密である。

 それからしばらく会話をしてから通話を終え、静奈はそういえばと口にして立ち上がった。


「……そういえばもうこれを使うこともなくなったのね」


 静奈が手に取ったのは以前に変装の為に使ったギャルファッションのアイテムだ。

 これを使うことはもうないとは思うが、またどこか特別なお店を行く時くらいは使ってみるのも良いかなと思える。

 提案してくれた千沙にも見せていない姿なので彼女を驚かせるためにまた変装するのも楽しそうだった。


「さてと、一日の終わりに龍一君の声を聴けたし満足だわ」


 今日も気持ちよく眠れそうだと静奈は満足した様子でベッドに入った。


「あ……そう言えば写真について文句を言うのを忘れていたわ」


 今になって写真のことについて龍一に物申すのを忘れていたことに気付いた。

 まあ物申すとはいってもよくも驚かせてくれたなと笑い話にするだけだが、それはまた明日の楽しみに取っておこうと静奈は笑った。


「おやすみ、龍一君」


 通話の最後にも伝えたが、もう一度静奈は遠くに居る彼に向かって口にするのだった。

 ベッドの中で彼女は一人、しかし龍一のことを想えばいつだって彼は静奈の想像の中に現れてくれる。寂しさは一切なく、心に宿るのは大きな幸せだった。


 そして、翌日のことだった。

 いつものように龍一と待ち合わせをしていたが、先に行ってほしいと連絡が入ったため静奈は一人で学校に向かった。

 真と要から珍しいじゃないかと言われたが、龍一から先に言ってくれと言われたのだから仕方ない。


「……遅いわね」

「あぁ」

「珍しいな。最近はあいつ遅刻とかしねえのに」


 それからどれだけ待っても彼は学校に訪れなかった。

 朝礼の始まりを合図する予鈴が鳴っても彼は現れず、それこそ担任の先生が教室に入ってきても龍一は教室にやってくることはなかったのだ。

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