お泊まり大騒動
「初めまして、竜胆静奈です」
「ご丁寧にどうも、白鷺沙月です」
約束の週末、沙月が一人暮らしをすることになったマンションにやってきた。
龍一が予め伝えていたように静奈も連れてきたことで千沙がビックリしていた。
「ちょっと、私に伝えてくれても良かったじゃないの」
「サプライズってやつだよ。断じて連絡するのが面倒だったわけじゃない」
「……面倒だったわけね」
龍一の隣に座った千沙がため息を吐いた。
龍一の見つめる先では静奈と沙月が楽しそうに会話をしている。
今日初めて会ったはずなのに息の合う二人を見て、随分と仲が良いもんだなと龍一は思った。
「ま、あの二人って共通点があるものね。アンタに助けられたのと抱かれて魅了された共通点が」
「それだけで仲良くなるもんか?」
「ま、あの二人だからこそじゃない?」
そんなもんかと龍一は改めて二人を見つめた。
「それで私、龍一君に助けられたんです。あの出会いが私を変えてくれました♪」
「私も同じですね。あのお店に行ったことを最初は後悔していましたけど、龍一君との素敵な出会いを齎してくれたから良かったなって今は思っています♪」
二人ともお互いに龍一との出会いについて盛り上がっていた。
龍一としては背中が痒くなる話題につい目を逸らしてしまう。
すると視線を向けた先に居た千沙がにんまりと笑っていた。
「アンタでも照れることがあるのねぇ。これは珍しいわ」
「照れてんじゃねえむず痒いんだよ」
別に否定したことは間違っていない。
それなのに千沙は分かった分かったと龍一の頭を撫でていた。
お互いに派手な見た目だが、やっぱりこうしていると年上の千沙の方が余裕がある印象だった。
「……アンタにもそう言うところがあるってのが良いのよ。変に気を張りすぎて狼みたいに周りを威圧ばかりしないで、そうやって可愛い姿を見せてくれる方がね」
「別に威圧したつもりはないんだがな……」
「アンタの顔が威圧してんのよ」
「失礼な奴だなお前は」
こつんと軽く千沙の肩を小突いた。
「痛いじゃないの」
「お前が変なことを言うからだよ」
二人のやり取りはやはり男と女、というよりも弟と姉みたいな感じだ。
静奈と沙月もそんな二人を微笑ましそうに見つめていた。
さて、こうして全員が集まったのは夜なのですぐに夕飯の時間になる。
「一応沙月と話してて今日はしゃぶしゃぶにするつもりだったの」
「ひゅ~マジかよ」
しゃぶしゃぶ、肉好きの龍一にとってその響きは甘美なものだった。
テーブルの上に置かれた鍋に肉以外にも野菜や豆腐などが放り込まれていく。
今日は沙月の一人暮らしの始まりを記念した集まりだが、龍一にとってはこうしてご飯を食べることがメインだと言われてもおかしくはない。
「アンタねぇ……周りに三人も美女が集まってるのに肉に目移りすな」
「はっ、美女を見ても腹は膨れねえぜ」
それはそう、三人は龍一の言葉に納得した。
ある程度具材の全てに熱が行き渡り、食べ頃になったところで千沙がビールを片手に口を開いた。
「それじゃあ沙月の一人暮らしの始まり記念ということで、乾杯!」
そうして男一人、女三人の宴が幕を開けた。
一つのテーブルを囲む強面の男とそれぞれタイプの違う美女が三人、傍から見れば店に来た客を持て成す店員の図に見えなくもない。
「龍一君の食べっぷりを見てると気分が良くなるわね」
「確かにそうですね。龍一君、お肉はまだまだありますよ?」
ビールを凄い勢いで飲む千沙とは別に、静奈と沙月はずっと食べ続けている龍一を見つめていた。
龍一としては食べる姿をジッと見られるのは落ち着かない、しかし手も止まらないので結局食べることを優先している。
「……ほんと、アンタって私たちより肉なのね」
「またかよ……まあでも、悪い空間じゃねえのは確かだぞ? 静奈も千沙も、沙月もかなりレベルの高い女だ。そんなお前らと同じ空間で食う飯は最高に美味い」
それは龍一の心からの言葉だった。
まあ食べる手を止めずにそう言っているので千沙は呆れたような顔だが、すぐに嬉しそうにクスッと笑った。
何だかんだ千沙も龍一に女の部分を褒められると嬉しくなるみたいだ。
「私は龍一君がたくさん料理を食べてる姿は大好きよ? だから私も龍一君に色んなものを作ってあげたいって思うんだから」
「もう静奈から離れられんかもしれん。本当に料理が美味いんだ」
「ほんと? それじゃあ一生作ってあげる♪」
少しでも隙を見せれば夫婦のようなやり取りを龍一は静奈と繰り広げる。
そこはやはり同い年故の息が合ったやり取りだ。
そして何より、龍一の心に一番踏み込めている静奈だからこそというのも大きいかもしれない。
「……やっぱり良いわね」
「そうですね。ちょっと羨ましいです」
千沙と沙月もそれをどこか分かっているのか羨ましそうに静奈を見た。
龍一の前で笑う静奈は本当に綺麗な存在感をしている。
どんなことでも龍一を優先し、何があっても龍一を信用信頼し、そして何かあればすぐに龍一を頼ることの出来る強かさも兼ね備えている。
強いに越したことはないが、時には弱さも大きな魅力なり得るのだ。
「どうしました?」
見つめてくる千沙と沙月にポカンとした様子を見せた静奈、その愛らしい姿に千沙がビールの缶を置いて抱き着いた。
「静奈ちゃん可愛いわね。私の嫁にならない?」
「嫁!?」
ちなみに、龍一は静奈が抱き着かれた瞬間に酒の臭いに表情を歪めたのを見逃してはいない。
千沙がビールを飲み始めてそんなに時間としては経過していないが量はかなり飲んでいる。
それなら抱き着かれると臭いと思うのも無理はない。
「……?」
「……あはは」
「ほう……だよな」
「はい……くすっ」
どうやら沙月も同じことを思ったらしい。
静奈には申し訳ないがしばらく酒臭い女の相手を任せ、龍一は沙月に聞きたいことがあったのだ。
「あれからどうだ?」
「あれから……あぁ昭ですか。結構電話とか掛かってますね。まあ出てないので話はしてませんけど」
「それ……完全にストーカーになりかけてねえか?」
「本当に気持ち悪いですよ。でもこれで良いんだって私は思ってますよ」
一歩間違えたら大変なことになりそうな気もしてしまうが、どうやらまだまだ気を張る必要がありそうだと龍一はため息を吐いた。
「俺が言うのも何だが気を付けろよ?」
「分かってますよ。昭にはどこに引っ越したかは伝えていません。このままほとぼりが冷めるまで会わないつもりですから」
「それでもだ。何かあってからじゃ遅い、身近なことで何か気になることがあればすぐに呼べ」
「龍一君……はい♪」
大丈夫だと言ってはいたがやはりどこか沙月も不安があったのだろう。
龍一の言葉に完全ではないが不安が取り除かれたようにも見えた。
「まだお肉とかお豆腐もありますよ。はい」
「お、サンキュー」
沙月によそってもらい再び食事を再開する。
豆腐を口の中に運び、思ったより熱かったので龍一は慌てて麦茶を飲む。
その様子を見ていた沙月は少しツボにはまったのか肩を揺らして笑った。
「しゃぶしゃぶは逃げませんからゆっくり食べてくださいね?」
「……おう」
完全に年上のお姉さんと年下の少年のようなやり取りだ。
そんな風に龍一が美味しく食べていた時、静奈の叫び声が響いた。
「りゅ、龍一君~~~~~!!」
「うん? ……あ~」
静奈の頬に千沙がちゅっちゅとキスをしていた。
酒臭いキスに襲われている静奈が龍一と沙月に助けを求めるように手を伸ばしていた。
流石に沙月も止めなければいけないと思って千沙の元に近づいたが、そのせいで沙月が千沙のターゲットにされたらしい。
「沙月ぃ! アンタがあたしの相手をしなさい!」
「え? えええええええええっ!?!?」
解放された静奈と入れ替わるように沙月が生贄になった。
疲れた様子で龍一の傍に避難してきた静奈はほっと溜息を吐く。
「ヒドイ目に遭ったわ……」
「お疲れ様だ。千沙は酔っ払うと面倒だからな」
「誰が面倒ですって!?」
「ち、千沙さんくすぐったいですから!!」
三人の中で一番大きな胸を持つ沙月、そんな彼女の胸を千沙は揉んでいる。
完全にエロオヤジそのものになった千沙に龍一はそういうところが面倒なんだよと心の中で呟いた。
「静奈、お前もあんま食ってないだろ?」
「そうね。よし、私もいっぱい食べるわ!!」
「沙月のおっぱい大きいわね。巨乳じゃなくて爆乳じゃないのこれ……ほんとでっかいわね何カップ?」
「や、やめてくださ……うあっ!?」
大人しくしゃぶしゃぶを食べる龍一と静奈の前で絡み合う二人の美女、静奈はともかく龍一は特に気にすることなく肉を口に頬張っていた。
そんなこんなで夕飯の時間が過ぎ、酒のせいで眠ってしまった千沙を置いて静奈と沙月は風呂に向かった。
今日は帰らず泊まることになっているので、後で龍一も風呂を借りるつもりだ。
「騒がしい夜だったな……ったく、でも悪くなかった」
うるさかったが楽しかったのは本当だ。
今日はこのまま寝る前に最高のデザートをいただくことで良い眠りに就けそうだと龍一は思う。
しかしそんな時だった――龍一のスマホが着信を知らせた。
「誰だ?」
スマホを手に取り画面を見ると、そこにはクソジジイの文字が浮かんでいた。
「……ちっ」
分かりやすく舌打ちをした龍一はスマホを手に玄関に向かった。
その後姿をいつから起きていたのか、千沙がジッと見つめていた。
【あとがき】
あくまでメインヒロインは静奈ですが……書くキャラみんなを好きになってしまうのも作者として辛い部分ですわ。
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