もう少し距離を近づけて

「それじゃあ静奈を送ってくる」

「は~い。ばいばい静奈ちゃん」

「はい、さようなら千沙さん」


 千沙を部屋に残し、龍一は静奈を連れて外に出た。


「……羨ましいわね」

「泊まるのがか?」

「えぇ。私も泊まりたいけれど……明日は学校だし」


 どうやら静奈は泊まっていく千沙が羨ましいみたいだ。流石に明日はまだ学校があるということでそちらを考慮する形だ。まあそう言うと千沙も大学があるわけだが、彼女は龍一たちより講義の時間が遅いので時間に余裕があるのだ。


「そういや俺が風呂に行ってる間何を話してたんだ?」

「あぁ、えっと――」


 静奈は千沙と話したことを教えてくれた。

 時には違う自分で龍一を攻めれば燃え上がってくれるのでは、だからちょっとギャルファッションに手を出さないかと提案されたらしい。龍一が燃えるなら、それを期待して静奈は頷いたそうだ。


「やめとけ」

「え?」

「お前はそのままで良い」


 前も言ったことだが、今の龍一は派手さが目立つよりも大人しめの方が好みだ。漫画で見た派手な静奈もそれはそれで魅力的だとは思うものの、やっぱり今の清楚な見た目の方が彼女には合っているのだから。


『私、染められちゃったの』

『もう宗平君の知る私は居ないのよ?』

『ふふ、彼に身も心も奪われてしまったのだから』


 今でもそれなりに思い出せる淫靡な静奈の姿……まあ悪くはない。だがあれは決して静奈ではない。静奈ではあるのだが、快楽に染まり龍一の欲望そのものを反映した姿だ。


「龍一君は今のままの私が良いの?」

「あぁ。つうか変に変わろうとするな。俺は今のお前の方が全然良い」

「……そう、そうなのね♪」


 ありのままの静奈が良い、そう伝えられた彼女は嬉しそうに微笑んだ。そのまま彼女は龍一の方へ身を寄せ、彼の大きく太い腕をその胸に抱いた。


「まあでも、ギャルになるつもりはなくて一時の遊びみたいなものね。いつもと違う自分になるのも面白そうだし」

「なるほどなぁ……」


 まあ一時の変化なら別に良いか、そう龍一は頷いた。とはいえ、どんな心境の変化があったとしても今の静奈から変わってほしくない。だからこそ彼女に何か変化が起こらないようにしっかり見て行こうと誓った。


(……って、何様だよ俺は)


 彼女のこれからを見て行こう、それじゃあまるで彼氏みたいじゃないかと龍一は静かに笑った。静奈の好意は受け取っているが、生憎と龍一にはまだ彼女に対する恋愛感情はない。今の関係性が世間からすれば間違っていることも分かっているが、それを望んでいるのが他ならない静奈なら龍一がそれに応えるのもおかしなことではないのだから。


「ちなみに静奈、ギャルってどんなものか分かるのか?」

「……う~ん」


 ギャルというか、クラスにも派手な女子はそれなりに居る。なので今の静奈が彼女たちのような姿になるわけだが、どうやら静奈は自分の思うギャルについて少し前時代的だったみたいだ。


「ちょ……」

「ちょ?」

「ちょべりばー!」

「……………」

「な、何か言ってよ!」


 二十年くらい昔に流行ったフレーズに龍一はつい呆然とした。目の前で顔を真っ赤にする静奈を見て、くくっと肩を震わせて笑うのだった。


「流石に古すぎだろそれは」

「だ、だってギャルって言われてもピンと来なかったんだもの!」

「……くくっ」

「もう!」


 笑い続ける龍一に静奈が頬を膨らませ、そのまま手をグーにして龍一の胸をトントンと叩く。それが静奈の羞恥と怒りの表れ、だがあまりにも可愛い仕草だった。


「まあそれで良いさ。お前はお前のままで良い、それだけは言っておくぜ」

「……うん」


 龍一がそう言うのなら、そんな感じで納得したような顔だ。

 それから暗い道を二人で歩く。若者が出歩くには少々心許ない暗闇なのだが、傍に居るのが龍一ということもあって静奈は全く怖がっていない。というよりもジッと龍一の顔を見上げているので不審者が現れたとしても気にしなさそうだ。


「……ねえ龍一君」

「なんだ?」

「ちょっと近くに公園があるの。良かったら少し寄らない?」

「まあ構わんが」


 特に断る理由はないので静奈の言葉に頷いた。少し帰るのが遅くなりそうだが千沙はきっと気にしないだろう。それでも一応ということもあって龍一はスマホでメッセージを千沙に送っておいた。


「ここよ」


 静奈に連れて行かれたのは公園にしては小さな場所だった。遊具もブランコ程度しか置かれていない公園だが、当然人の気配がないのでとても静かな空間だ。静奈に手を引かれ、龍一は彼女と共にブランコに腰かけた。


「それで? どうしたんだ?」


 まだ一緒に居たかったのかと思ったが、確かにそれも間違いではないらしい。静奈はどこか言いづらそうにしており、何か龍一に対して聞きづらいことなのはすぐに分かった。


「何でも聞いてみろよ。ある程度は答えてやるさ」


 これが普通の相手なら龍一もここまでは言わない。相手が静奈だから、それこそ過程をすっ飛ばして体の関係を持つほどに親しくなったからこそこう言ったのだ。静奈は一瞬下を向いたが、すぐに龍一と目を合わせた。


「……千沙さんに聞いたの。龍一君は家族との間に……その」

「あぁそのことか」


 どうやら静奈は龍一の家族関係が気になっていたらしい。

 両親が亡くなっていることは既に伝えているが、特にどんな風に過ごしていたかは伝えていない。龍一にとって特に思い出したくもないことだが、別に誰かに知られたとして今更どうこう思うことでもない。


「ま、その辺の家庭に比べればゴミみたいなもんだったぜ? 聞きたいか?」

「……龍一君のこと、私は知りたいわ。それがどんなことであっても、もちろん話したくなかったら聞かないから」

「逆に俺が特に面白くもねえ話だし良いのかって聞きたいところだが」


 そう問いかけると静奈は大丈夫と呟いた。

 そんな彼女の様子に頷き、龍一は語り出す。父と母に愛されることのなかった幼少期を、二人が死んで父方の両親に引き取られたが腫れ物を扱うように遠ざけられたこと、それもあって今一人で暮らしていることを。


「……………」


 龍一が言ったように、これは決して面白い話などではない。聞いてしまったことを後悔した様子は静奈に見られないが、それでも辛そうに唇を噛んでいることだけは分かった。


「おいおい、なんでお前がそんな風になるんだよ……いや、それも静奈の優しさってところか。こんなロクデナシの不幸話なんかでそんな顔すんな」

「龍一君はロクデナシなんかじゃないわ……絶対にそんなんじゃない!」


 龍一はロクデナシではない、その言葉を否定する静奈の声は大きかった。静寂に包まれた公園だからこそその声は大きく響き渡った。目を丸くする龍一を見つめる静奈の目は真剣で、どこまでも龍一に対して真剣に向き合っていることが理解できた。


「……本当にお前は光そのものだな。どんなに暗くても照らされる気がする。凄い奴だよ静奈は」

「私は……龍一君だけ照らせているならそれで良いわ」

「十分照らされてるさ。少なくとも、あの小汚くて今にも壊れちまいそうな街灯に比べればな」


 龍一の視線の先ではチカチカと今にも明かりが消えそうな街灯があった。そのあまりの例えように静奈は苦笑したが、すぐにまた龍一へと身を寄せた。


「だから何度だって言うわ。私は自分に出来る範囲で龍一君の傍に居るの。私がそうしたいから、誰に何を言われても変えることはない私自身の意志でそう決めたの」

「……そうか」

「えぇ♪」


 ほぼ無意識に、龍一は静奈の体を抱きしめた。

 少しばかり冷える空の下で、彼女の体から感じる温もりは心地良かった。また一つ彼女に知られてしまったなと、龍一は星空を見上げながら思うのだった。


「……でも足りないわね」

「あん?」

「まだまだ龍一君のことを私は知らないわ。だから!」


 龍一から一旦離れ、静奈はニヤリと何かを企んだように笑みを浮かべた。あまりにも綺麗な微笑みだったが、何か企んでいることだけは分かったので生憎と龍一が見惚れることはなかった。


「これからもっと、私はあなたに関わることにするわ!」

「お、おう……」

「覚悟、してね?」


 その瞳には大きな決意と、龍一に対する抑えきれない気持ちが見えるようだった。

 静奈の勢いに龍一は呆気に取られたように言葉を返したが、先ほどの静奈のようにニヤリと笑って龍一はこんな提案を口にした。


「静奈、週末何か予定あるか?」

「ないけど……」

「どっか出掛けるか?」

「行くわ」


 あまりにも早い決断だがお互いに笑顔を浮かべている。こうして週末の予定は決まった。

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