これもまたファッションの一つ

『これからもっとあなたに関わることにするわ』


 静奈に伝えられたこの言葉を龍一は少し甘く見ていたかもしれない。彼女の瞳に乗せられた強い想いと決意、それは当然龍一に伝わっている。だが、それが果たしてどんな形になって龍一に関わることになるのかは分からなかった。


「……おぉこれは」


 週末の金曜日、その昼休みのことだった。

 龍一の目の前には普段の彼には決して持参することのないお弁当があった。一般的な高校生が良く使っている二段型のお弁当箱で、まず彼を出迎えたのは唐揚げや卵焼き、冷凍保存のグラタンや野菜が少々だった。


「……めっちゃ美味そうじゃねえか」


 涎が出そうになるというのは流石に言い過ぎだが、昼になって腹を空かせた龍一の食欲を大いにそそる見栄えだった。小学校と中学校は給食があったが、高校になってからは当然そんなものはない。学食の世話になることも多かったものの、実際にこうして誰かの心がこもったお弁当というのは龍一にとって初めてのことだった。


「お、弁当かよ。ははん、敢えて誰かとは聞かないが美味そうじゃん」

「やらねえぞ?」

「睨むんじゃねえって……はは、本当に変わったな龍一は」


 弁当を両手で守るように真を龍一は睨んだ。真も口にしたように弁当の具材を取ったりするつもりは一切ない、しっかり味わえよと言って肩をポンと叩きそのまま歩いて行った。


「言われるまでもねえぜ」


 そうこうしている内にぐぅぐぅと腹が鳴った。

 二段弁当ということはもう一段あるということで、そちらも開けると三つほどのおにぎりが姿を現す。なんの具が入っているのか、はたまた全部同じなのかは分からないが龍一は手を合わせて早速いただくことにした。


「いただきます」


 箸を手に龍一は早速唐揚げから攻めることにした。揚げたてに比べれば触感は柔らかく冷たい、だが当然美味しかった。一口食べただけでその美味しさが口の中に広がり龍一を満たしていく。


「……?」


 っと、そんな風にお弁当を堪能していた龍一は視線を感じた。ソワソワしたように静奈が龍一を見ていたのだ。


「心配すんな。最高に美味いって」


 実はこのお弁当を作ったのは静奈だ。

 今日の朝、学校に来る前に合流した段階で静奈に手渡されたのだ。作ってみたから是非食べてほしい、そう言った静奈に龍一は一切考える暇なく頷いた。静奈の料理が美味しいことは身を持って知っていたからだ。


 龍一の様子を見れば美味しそうに食べていることは分かりやすい。静奈は安心したようにクスッと笑みを零し、彼女も友人たちとお弁当を食べ始めた。量に関しては龍一の方が多いがその中身は当然酷似している……しかし、龍一に近づく人間が真しか居なかったので気付かれることもなかった。


「……マジで美味しい」


 そんな素直な感想が零れた。

 少し前までの龍一ならただただ与えられるだけの好意を受け取っていただろう。だが今となっては違う。ここまでされた以上、龍一としても静奈に何かお返しをしたい気分だった。きっと静奈は気にしないでと言うはずだ。それでも、何か彼女に対してお礼をしたいのだ。


(……ま、伝えずに何か用意しとくか)


 女が喜びそうなものとなると、龍一が今まで接した女たちはみんな高い物が好きそうだった。それはそれで分かりやすいが、静奈は絶対にそう言った類の物を欲しいとは言わなそうだった。

 明日には静奈と出掛ける予定を立てているし、その時に何か用意しようと龍一は決めるのだった。


「ご馳走様、いやぁ美味しかったぜ」


 静奈が作ってくれたお弁当を綺麗に食べ切った。願わくばこれからも食べたい、もっとこの弁当を食べたいと素直に思ったほどに龍一は胃袋を掴まれていた。それから時間が過ぎて放課後、帰路を歩く龍一の傍には当然のように静奈の姿があった。


「マジで美味かった。サンキューな静奈」

「ううん、私が作りたかったから。でもそんな風に言ってもらえて嬉しいわ♪」


 空になったお弁当箱を大切そうに抱える静奈の様子からは、龍一にそう言われ本当に嬉しそうなのが伝わってくる。ついつい龍一も無意識に笑みを零してしまうほどに幸せそうな姿だった。


「良かったらまた作るわよ?」

「マジか!?」


 幼い子供のように目をキラキラさせながら龍一は食いついた。とはいえ、すぐに我に返った龍一はコホンと咳払いを一つして視線を逸らした。そんな姿を彼女に見せてしまえば当然、どんなことを願っているのかすぐに見透かされてしまう。


「分かったわ。早速来週の月曜日にも作ってあげる」

「……サンキューな」

「ふふ、いいのよ♪」


 そう言って静奈は龍一の腕を抱いた。

 彼女にとっては二人きりだとこうするのが既にクセらしく、事あるごとに龍一の腕を抱きたがるのだ。龍一としても気持ちの良い柔らかな感触が伝わってくるので嫌ではない。


「……あ、そうだわ龍一君」

「どうした?」


 そこで静奈は何かを思い付いたのか龍一の顔を見上げてこんなことを口にした。


「明日一緒に出掛けることにしたけど、龍一君が今までどんな場所に行っていたのかも見てみたいのよ」

「それは……」


 今までどんな場所に行っていたか、数えきれないほどの場所が龍一の頭には浮かんでいる。しかし、そのほとんどが未成年があまり立ち寄らない場所だ。龍一のようにスレた若者が集まる場所がほとんどで、とてもではないが静奈のような子を連れていける場所ではない。


「やめとけ、静奈には刺激が強い」

「私、そこまで子供じゃないわよ?」


 そういうことではないんだなと龍一はため息を吐いた。

 普通の場所もあるが、千沙と出会ったようなクラブもある。何なら咲枝を夜に誘ったバーみたいなタイプばかりと言ってもいい。


「今更誰かにバレたところで俺は何ともねえが、お前は別だ。だからやめておけ」

「あ、それなら大丈夫よ全然」

「だろ、だから……え?」


 大丈夫とはどういうことか、静奈は詳しいことは伝えてくれず今日はそのまま彼女と別れることになった。明日の朝十時に街中で落ち合うことを約束し、龍一は若干の嫌な予感を抱えたまま翌日を迎えるのだった。


「……なるほど、そういうことかぁ」

「ふふ、どう?」


 目の前に現れた静奈を見て龍一は前日の言葉に納得した。

 普段の彼女とは少しだけ違う姿、簡単に言うとかなり派手な姿で静奈が現れた。ギャルっぽくはあるが、あくまで控えめに感じるのは静奈の清純さが隠せていないせいだ。


「千沙さんには以前言われていたけど、これは全部お母さんがしてくれたのよ」

「咲枝が!?」


 どうやら今の静奈の姿は咲枝のプロデュースらしい。

 頭には金髪のカツラを被り、服装に関しては黒いフード付きのパーカーで如何にもって感じだ。下はホットパンツでその綺麗な足がこれでもかと晒されている。普段の静奈からは決して見ることのない姿、しかし似合っていないわけではないのが彼女の美貌故と言ったところだろう。


「龍一君に言われたように別にイメージチェンジするわけじゃないわ。こういうのも一つのファッションでしょうし、これなら誰かに勘付かれることもないでしょ?」

「まあ確かにな」


 パッと見ただけではこの派手な女が静奈とは誰も気付かないはずだ。それこそ今までの彼女を見ていればそれだけ気付かないほどの変化だ。


「あ、見てみて」

「?」


 ピタッと隣に静奈が並んだ。

 彼女が見てと言ったのは店のガラスで、そこには龍一と静奈が映っている。お互いに派手な姿をしているせいか、かなりお似合いにも見えて不思議な気分だ。


「……まあでも、私もこんな風になるとは思わなかったけどね。お母さんに任せて正解だったかも」

「咲枝がなぁ……」


 もしかして、咲枝も昔にこういう経験が? なんてことを龍一は考えたのだが、どうやら今は別の女性のことを考えるのはマナー違反らしい。きゅっと手の甲を抓った静奈に苦笑しつつ、それならそれで今日は楽しもうと龍一は割り切った。


「それじゃあ行くとするか」

「えぇ♪」


 静奈は笑みを浮かべて頷いた。

 いつもと違う様子の静奈を見ていると、龍一は漫画で見た静奈を思い出す。ギャルの静奈を想起させる見た目ではあるが、漫画で描かれた姿よりはかなり抑えられた姿をしている。というか、普通に似合っているのだ。


「どうしたの?」

「いや、普通に似合ってると思ってな」

「ふふ、ありがとう龍一君♪」


 ニコッと見せてくれた綺麗な笑顔、なるほど確かに彼女は変わらないなと龍一は笑った。どんなに見た目を変化させても静奈の持つ輝きは濁らない。どんな色にも染まらない色、それを静奈はハッキリと持っているのだから。


「でも断然俺はいつもの静奈が好みだけど」

「……っ」


 下を向いた彼女に苦笑し、龍一は彼女を連れて街に繰り出すのだった。




【あとがき】


あくまでファッションなので心配はご無用です。

個人的には次回がちょっと楽しみなところです。

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