仲良くなった二人

「そうだったのね。それで龍一に」

「はい。とても良くしてくれて……その、彼のことしか考えられなくなってしまいました」


 目の前で仲良く話をする静奈と千沙の姿に、龍一は妙なことにならなくて良かったと安心すると共に少しだけ居心地の悪さを感じていた。二人の話の話題がさっきから全て龍一のことだからだ。


「お前らなぁ……本人を前にしてこっぱずかしい話をしてんじゃねえよ」

「良いじゃない別に」

「そうよ龍一君」

「……ちっ」


 小さく舌打ちをしたが、そんな龍一を見ても二人は笑うだけだった。

 元々今日は静奈だけがここに訪れる予定だったのだが、いつものように連絡を寄こさず千沙も加わることになった。最初の内は静奈も千沙に対して複雑な顔をしていたが今の光景を見れば分かるだろう――二人は早々に打ち解けたのだ。


「千沙さんも食べていきますか? 龍一君の為に肉じゃがを作ろうかなと思って今日はここに来たんです」

「あら、いいの? 年下女子の手作り料理……楽しみね!」

「ふふっ、では用意しますね。龍一君、台所を借りるわ」

「うい~」


 肉じゃが、その単語を聞いて龍一の腹が鳴った。もう完全に静奈の胃袋を掴まれている証拠だった。台所に立って調理を始めた静奈を千沙はジッと見つめた。


「良い子じゃない。アンタには勿体ないくらいに」

「本当にな。自分で言うのもなんだが、良い女を手に入れたとは思ってる」

「手に入れた……か。それ、あたしの時にも言ったわよね」

「そうだったか?」

「そうよ」


 そう言われればそうだったなと龍一は思い出した。

 以前に真から誘われたパーティで千沙と知り合った時、その瞬間に龍一は千沙を誘った。その時の関係が今に続き、龍一に夢中になった千沙に対して彼が言った一言である。


「あたしもアンタとはそれだけの関係で良いと思っていたから何も思わなかったけど、今のアンタからは確かな気遣いが感じられるわね。あの子だけじゃなくて、あたしにもそうだし」

「自分じゃ良く分からんけどな」


 何度も言うが、記憶を取り戻したことで心境の変化はあった。だが今までの在り様が変化したかと言えばそうでもない。誰か特定の相手を作ろうとせず、静奈とも千沙との関係もそのままに受け入れている。


「今の方が素敵だと思うわよ? ま、あたしがアンタに恋愛感情を抱くことはないだろうけど。あの子とはお似合いだと思うけどね?」


 確かに千沙が言ったように、龍一は千沙と恋人関係になることが想像できない。今までずっとセフレのような関係で接していた時間が長いからこそ、今更そのような関係に昇華する未来が見えないのだ。


「静奈とのことはともかく、俺もお前との関係は同じ意見だな。どっちかっつうと手の掛かる姉みたいなもんだ」

「おい、手の掛かるはどっちだっての」


 ドスっと、それなりに強く肩を殴られた。

 丈夫な龍一の体は全くビクともしない、それにこれくらいのことで龍一も機嫌を悪くしたりはしない。千沙に向かって腕を伸ばし、彼女の体を抱き寄せた。


「あ……♪」

「お前はいつだってそうだ。こうやって俺が抱けば静かになる」

「……仕方ないでしょ。もうこの腕に抱かれると体がこうなるんだから」


 龍一の胸に千沙は顔を埋めた。

 以前彼女が龍一の腕に抱かれた女は虜になると口にしていたが、それを実際に経験しているのも彼女自身だ。太く力強いその腕に抱かれた時、千沙はすぐに龍一を求めるように体を疼かせてしまうようになった。


「ねえ龍一、今日泊っても良い?」

「最初からそのつもりじゃないのか?」

「当然よ♪」


 こうして千沙のお泊りが決定した。ところで、二人は忘れていないだろうか。今この部屋には静奈もまた一緒に居るということを。龍一が視線を感じてそちらに目を向けると、静奈がぷくっと頬を膨らませて見つめていた。まるで仲間外れにするなんて酷い、そう言っているようだった。


「ったく……」

「ほんと、可愛い子よね」


 千沙から一旦離れ、龍一は静奈の元に向かった。

 相変わらず頬を膨らませながら見上げてくる彼女をその両腕に抱くと、一瞬で静奈は表情を蕩かせた。そのままさっきの千沙のように龍一に抱き着き、幸せだと言わんばかりに甘い吐息を零す。


「……私、ちょろいわ」

「だな」

「でも……龍一君だけよ。あなただけにちょろいの私は」

「はは、そうかい」


 まあなんにせよ、自分に好意を向けてくれる女の姿は気分が良いモノだ。

 それから静奈にシャワーでも浴びてきたらと提案され、料理を任せて龍一は言われた通りに浴室に向かうのだった。





「……全くもう、私がしてほしいこと全部分かってるんだから」


 お風呂に向かった龍一のことを考え、静奈はそう言葉を漏らした。

 ちょろい、あまりにもちょろすぎる。しかし静奈にはそれで良かった。口にしたように自分がしてほしいと願うことを龍一がしてくれるからだ。もう静奈にとって龍一の存在はあまりにも大きい、彼が持つ本質を見つめることが出来るからこそ静奈は彼に夢中だった。


「あたしとは違って、純粋に恋をしているのね静奈ちゃんは」

「……純粋な恋なら、付き合う前に体の関係は持たない気もしますけど」

「それは確かに。でも人ぞれぞれでしょ、それを静奈ちゃんは後悔してるの?」

「してません。龍一君とのこと、私は絶対に後悔なんてしませんよ」

「ならそれで良いのよ。周りに何と言われたとしても、静奈ちゃんがそう思っているのが大事なんだから」


 静奈は思わず千沙の顔を見つめた。

 別に見た目で判断するわけではないが、静奈と龍一が通う高校では決して見ることが出来ないほどに派手な見た目の千沙がこんなにも優しいからである。


「……千沙さんは凄く優しいんですね」

「あら分かる~? まあでも、そんな私も龍一に会う前は色々とやんちゃしてたからねぇ。あたしがこんな風になったのも龍一と会ったからかしら」

「そうなんですか?」

「えぇ」


 千沙は静奈に語った。

 龍一と出会い、彼の中に眠る闇に気付いたことを。龍一の体に惚れて関係を続けているのも確かだが、一番は年下の彼を見守りたいからだと静奈に彼女は語った。


「ぶっきらぼうで色々とやってるけど、その根本には当然理由がある。静奈ちゃんは龍一の家族のことは聞いた?」

「……いえ、詳しいことは聞いてないです。ただ、亡くなったとだけ」


 龍一の両親は既に亡くなっている、静奈はそれだけしか聞いていない。千沙の様子から彼女はおそらく深い部分を知っているんだろうと分かったが、それも少しだけ悔しかった。


「静奈ちゃんは分かりやすいわね。でも大丈夫、きっと……龍一の闇を静奈ちゃんは照らせると思うわ。いずれ彼から話を聞くこともあるでしょう、その時に静奈ちゃんが思う言葉を掛けてあげて?」

「……はい、分かりました」

「うんうん♪ ……それにしても静奈ちゃんって本当に美人よね」

「そう……でしょうか」


 周りから美人だとよく言われるし、龍一にも言われたことはある。だが自分の容姿を顧みて優れていると思えるかは別だった。街を歩けば数多くの男が視線を向けてくることもあれば、あの時のようにナンパされることも少なくない。それを考えれば自分の見た目は優れているのかと静奈は客観的に考えることが出来た。


「静奈ちゃんって派手な格好も何か似合いそうだけど」

「派手……ですか?」

「えぇ。今の清純な見た目も当然良いわ。でも少しギャルっぽくしてもギャップがあって凄く可愛いと思うのよねぇ」

「はぁ……」


 ギャルっぽく、つまり見た目を派手にするということだろう。静奈は今までそんなことを考えたことはなかった。見た目に気を遣ってはいるものの、精々髪を綺麗に整えたり肌のお手入れをしっかりする程度だ。


「今度さ、龍一を驚かせるためにギャルファッションやってみない? いつもと違う静奈ちゃんを見て燃え上がるかもしれないしどう――」

「やってみましょう」

「そ、即答ね……でも分かったわ。やってみましょう!」


 こうして、龍一を置き去りに一時とはいえ静奈の一瞬ギャル化計画が始動した。

 本日が初対面の二人だが、お互いにかなり仲良くなった。それから風呂から上がった龍一を交え、静奈の作った肉じゃがが振舞われる。


「やっぱり美味いなこれ」

「美味しい! 凄いわよ静奈ちゃん!」

「良かったです。龍一君、おかわりあるから全部食べてね?」

「食べ尽くすぜ」


 バクバクと口に運ぶ龍一が動きを止め、静奈はいつかのようにお茶の入ったコップを差し出す。龍一に変わらない子供っぽい部分に彼女は千沙と一緒にクスッと笑顔を浮かべるのだった。



【あとがき】


ギャルと言ってもファッション感覚で一瞬みたいなものです。


静奈は基本的に清純さがデフォルトですね。


説明が足りず申し訳ない。

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