何かが変わる瞬間

「驚いたわよ。まさか帰ったら龍一君が来てるんだもの」

「飯の誘惑がいけなかったんだ」


 龍一の言葉に咲枝はクスッと笑みを零した。

 あの後、静奈が抱きしめてほしいと言ったので言う通りにしていた。中々彼女は離れてくれなかったが、見計らったように帰って来た咲枝のおかげで静奈は龍一から離れた。


 今彼女はお風呂に入っており、龍一は料理をしている咲枝と二人で話をしている状況だ。咲枝としても驚きは確かにあったみたいだが、静奈が居なくなってすぐに龍一にキスをしたあたり彼女も嬉しかったのだろう。


「帰りに宗平君を見たわ。何か言いたそうな顔だったけれど、まあ何となく事情は察してるわ」

「何も言わないのか?」

「言う必要はないでしょう。全部静奈が決めることだもの、あの子が決めたことを私はよっぽどダメな選択でない限り否定はしないわ」


 それはつまり、宗平よりも龍一の肩を持つということだ。

 おそらく咲枝は龍一がどんな選択をしても悪いことは言わないだろう。それだけあの夜の出来事が龍一に対しての想いを植え付けている。嫌いな相手に微笑みかけることはしないだろうし、ましてや自分からキスも絶対にしないはずだ。


「ふぅ、スッキリしたわ♪ お母さんもお風呂行ったら?」


 そんな風に咲枝と話をしていたら静奈が戻って来た。

 漫画では多くの服装を見たが、何だかんだ実際に龍一が自分の目で見たのは制服姿だけだ。以前バーに行った時も制服だったので、こうして制服以外の姿を見たのは初めてである。


「どうしたの?」


 咲枝がリビングから出て行った後、龍一はジッと静奈を見つめていた。

 お風呂上りということもあって紅潮した頬は色っぽく、今の静奈は完全にオフの姿を見せている。ピンクを基調としたパジャマは静奈に似合っており、はち切れそうなほどとは言わないが胸元が激しくその膨らみを主張していた。


(千沙の時も思ったが、どうして女ってのはこんなに風呂上りは色っぽく見えるんだろうなぁ)


 永遠の課題だと龍一は笑った。

 静奈のこんな姿を見ても照れたりしないのは単純に女性経験が豊富な証だ。何度も女性と関係を持ち、裸を見慣れているので今更こんなことで照れるわけがない。


「変……かしら」


 ただ、静奈はジッと見られている理由が似合ってないからだと思ったらしい。龍一はそんなことはないと言って苦笑した。


「パジャマ姿は見慣れてるようなもんだからな。まあでも、中々良いと思うぜ。色っぽくて手を出したくなるほどだ」

「そ、そう……♪」


 手を出したくなる、その言葉に嘘はなかった。

 きっと以前までの龍一なら問答無用で押し倒し、その唇を貪りながらその豊満な胸を揉みしだくだろう。そのまま本番に突入し快楽の宴が幕を開ける……まるで漫画のエロ展開そのものだなと人知れず龍一は思った。


「ちょっと……暑いわね?」

「そうか? まだ五月にならねえし暑くは……って風呂上がりだからじゃね?」

「そうね。でも暑いわ……うん私は暑い!」


 そう言って静奈はパジャマのボタンを一つ外した。

 ぼよんと効果音を立てるように豊かな胸元が晒され、形の良い胸の谷間が現れた。とはいえやはりそれも龍一には見慣れたものである。刺激的な光景に目を逸らすのではなく、ほうっと思いっきり見つめるのが彼だった。


「……っ」

「恥ずかしがるならやるなよ」


 だから逆に静奈が照れることになったようだ。

 それから静奈が咲枝の後を受け持つように料理を始めた。こうして誰かが料理をする姿を眺めるのはやはり良いモノだと龍一は笑みを零す。龍一も何か手伝おうと思い隣に並ぼうとしたが速攻でお断りをもらった。


「言ったでしょう? 龍一君は料理できないんだから座ってて」

「……はい」


 以前にもあったが料理に関しては素人よりも素人だ。故に、静奈の言葉には大人しく従うしかない。今日も静奈より大きな体を持つ彼は小さく身を縮こませた。


 だが、そんな悔しさも用意された料理の前には吹き飛ぶ。


「……美味すぎだろこれ。天才じゃん静奈」

「ふふ、ありがとう龍一君」


 咲枝も戻り、夕食も完成したので早速龍一はご馳走になった。

 静奈だけでなく咲枝も作ったようなものなので、静奈だけでなく咲枝にもお礼は忘れない。二人とも嬉しそうにありがとうと言葉を返し、バクバクと食べ進めていく龍一を微笑ましく見つめていた。


 約束されていたハンバーグだけでなく、男の子なら好きだろうと言われる唐揚げや白身魚のフライなどといったものも用意されていたがそのほとんどを龍一が食べた。途中で手を止めた時もあったが、その度に静奈と咲枝がどうぞと差し出すのだから龍一としても止まれなかった。


「……ふぅ、マジで美味かった。最高だったぜ静奈」

「良いのよ。あんなに喜んでくれて……その、凄く嬉しかったから」


 夕飯の後、龍一は静奈の部屋にお邪魔していた。一応この後すぐに帰るつもりなのだが、どうも静奈はまだ龍一を帰したくないらしい。別に遅くなっても龍一を叱る人間なんて居ない……仮に両親が生きていたとしても彼を怒ることはないだろう。


「にしても……綺麗な部屋だな」

「龍一君の部屋に比べればね」

「あの元ゴミ部屋と比べんじゃねえよ……って自分で言って悲しくなったわ」

「ふふっ! 本当に汚かったものね!」

「うるせえよ」


 クスクスと笑う静奈から視線を外し、改めて部屋の中を眺めた。

 女の子らしい綺麗な部屋、無駄なモノは特にないようで窮屈さを感じさせない。カーペットの上には髪の毛一本落ちてないのを見ると、やはり定期的に掃除はしているのだろう。まあ掃除は定期的にするものなのだが、今までそれをしてこなかった龍一がおかしいだけである。


 さて、そんな風に部屋を眺めていた龍一だが本題に入る。隣に腰を下ろす静奈に目を向けると、彼女はビクッと体を揺らしながらも視線を合わせた。


「それで、どうして俺を部屋に招いたんだ? ただ話をしたい、それだけじゃないんだと思うが」

「……うん」


 静奈は大きく深呼吸をしてから言葉を続けた。


「こんなことを聞いたわよね? 私を抱けるかって」

「うん? あぁ」

「……私ね、恋というものがまだどんなものか分からないの」


 静奈は胸に手を当てて話し出した。

 恋とは何か、まだそれが分からないのだと、だからそれを知りたいと。


「龍一君を知るきっかけはあの偶然が齎したものだけど、その時から私は龍一君のことが気になって仕方ないの。龍一君の一言一言に心を掻き乱されるのよ。いやらしいことも考えちゃうけど、その度に龍一君のことを考えてしまうの。大学生の女の人もそうだし、お母さんとのことを聞いた時に嫉妬してしまったのよ」

「……そうか」


 恋は分からない、しかし今の静奈から感じるのは明確な好意であるのは間違いなかった。ここまで言われてそれは勘違いだと言うのも彼女の為かもしれないが、こんなにも必死な様子で伝えようとしているのに違うの一言で一蹴するのも酷だ。


「付き合うとか付き合わないとか、恋人とかそんなのは今は良いの。私は今、龍一君との関係性が欲しい。私も……龍一君と関係を持つ女になりたい」

「……本気か?」

「えぇ、本気よ」


 自信を持って静奈は頷いた。

 龍一にとっても静奈からの好意は嬉しいが、だからといって実際に恋人関係になるかどうかはまた別の話だった。龍一も人のことは言えないが、こんなことを言い出す静奈もどこか狂っている……そう思わせた。


「……なんつうか、初めてだな」

「初めて?」

「あぁ。今まではヤるだけの為に女を抱いてた。気持ち良いからだ……けど、目の前に抱いてほしいって言ってる女が居るのに素直に手を伸ばしずらいのが初めてってことだ」

「……私、そんなに魅力ない?」


 どうやら龍一の言葉から静奈は自身に魅力がないからと受け取ったらしい。目尻を下げて落ち込む彼女に苦笑し、龍一はその腕を掴むようにして抱き寄せた。


「あ♪」

「後悔しないか?」

「しないわ。絶対に」


 頷いた彼女に顔を近づけ、その唇を奪った。

 静奈がそう言うなら何も言わない、ただ目の前の良い女を喰らい尽くす……それでいつも通りだと龍一は吹っ切れた。


 ヒロインだとか竿役だとか、今はそんなことを忘れて彼女と共に浸ろう。愛などとは程遠い、ただ貪り合うだけの世界に。


『まさか君がこんなにも薄汚い人間だとは思わなかったよ。きっと、君の血を継いだその子も同じようになるさ』

『知らないわよそんなの。確かにこいつは私が腹を痛めて生んだ子供だけど、正直金掛かるだけで邪魔ったらないわ』


 一瞬、既に忘れかけていた両親二人の声が蘇ったが、龍一は静奈の体のことだけを考えれば忘れられた。


「……もしも」

「あん?」

「もしも断られたら、どうしてお母さんとはすぐにシたのに私とはダメなのって泣くフリでもしようと思ったのよ」

「そんなにかよ」

「えぇ……ちょっと怖いけど、体はとても正直なのが自分でも分かるわ」

「くくっ、本当にやらしい体だな」

「言わないで♪」


 何かが変わる瞬間、それは当然龍一にも静奈にも理解できていたのだ。





【あとがき】


話の都合上とキャラ的に、素直に好きです付き合って、分かったよろしくそれじゃあやるかとはならないですね。

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