そこまで変わる物はない
「……あいつ、本当に美人だよな」
アパートに帰って来た龍一は静奈との出会いを思い返していた。
なるほど、確かにアレは漫画のヒロインだなと納得できる容姿だった。男なら誰もが憧れ、その体を貪りたいと考えてしまうほどの魅力を兼ね備えていた。
龍一が本来彼女に惚れ、あらゆる手を使って手に入れようとした気持ちが悔しいが理解出来るのだった。
『なあ竜胆、俺の女にならねえか?』
『なりません。あなたのような軽薄な男は嫌いですから』
導入部はこういった会話から始まる。
主人公の視点が終わってすぐに二人のやり取りが始まり……このような嫌悪な空気を醸し出しているがすぐに静奈は龍一に襲われる。現実では限りなくアウトの所業が野放しにされ、それから時間を置いて徹底的に体を好き勝手された静奈が落ちるのはもはや寝取られのジャンルにおけるお約束というやつだろう。
「……はぁ、業の深い世界だな」
この世界のことを知っているからこその龍一の言葉だった。
しばらく寝転がって色々と考えていたが、いい加減に汚い部屋に嫌気が差して龍一は掃除を始めた。しっかりと燃えるゴミ燃えないゴミを混ぜずに綺麗にゴミ袋に仕分けしていく。
しばらく掃除した後、まだまだ散らかっているがそれなりに綺麗にはなった。比べる対象が前の汚い部屋だが、まあ良いだろうと龍一は頷く。
「じゃあ飯を作ってっと……」
夕飯を作るといっても彼は基本的にカップラーメンばかりだ。気分が向けば簡単な料理をする程度で、完全に彼の食生活は崩壊している。それでも立派な体を持っているのは何かの修正力なのか、それともそういう風に体が出来ているのかは不明だ。
「……うん?」
カップラーメンにお湯を入れて大人しく待っていると、彼の部屋に来客を知らせるインターホンが鳴った。こんな時間に人が来るのも珍しい……というのは龍一にとってそうでもないことだ。
「タイミング悪いな」
大方誰かは分かっているが、それでも龍一は一旦玄関に向かうのだった。
誰が来たのかを確認することはなく、そのまま扉を開けると何とも派手な女がそこには居た。
「やっほ~龍一、一昨日ぶり」
「あぁ……って来るって言ってたか?」
「良いじゃん別に。あたしとアンタの仲でしょ」
そう言ってその女は家の中に入った。
「あれ? なんかちょっと綺麗になってない?」
「掃除したんだよ」
「ふ~ん珍しい。ま、まだまだ汚いけどさ」
「うるせえよ」
女は勝手知ったる場所と言わんばかりにドサッと腰を下ろすのだった。
さて、この目立つ女は言ってしまえばセフレみたいなものだ。記憶を取り戻す前にやんちゃして関係を作った相手である。
名前は
「アンタなんか雰囲気変わった?」
「……さあなぁ。ただ、ちょい身の振り方を考えようかって思ったくらいだ」
自分では気づかなかったが、どうやら他人から見れば龍一の変化は良く分かってしまうらしい。それでも龍一は気にした様子はなく、用意したカップラーメンを食べ始めた。
「簡単に料理くらいはしなさいよ。そんなものばかり食べてると体壊すわよ?」
「じゃあ作ってくれよ」
「なら呼びなさいよいつでも。私が作ってあげるから」
千沙の言葉にじゃあいつか呼ぶと言って龍一は話を終わらせた。
そもそも、高校生の彼と大学生の彼女の間に出会いはないように思えるが、夜の街を出歩いていればいくらでも出会いは転がっている。龍一と千沙の出会いはとあるナイトクラブだった。未成年は訪れることが出来ない場所だが、龍一くらいやんちゃしていればなんてことはない。
その場所で二人は出会い、龍一の誘いで一夜限りの関係を持った。龍一としてはそこで終わったはずだったが、千沙は龍一のことをかなり気に入ったらしく、それからも関係は続いていたのだ。
(……やるだけなら気持ち良いけど、今からでも真っ当に生きていくか?)
なんて問いかけを己に龍一はした。
普通の高校生ならばセフレなんて作らないし、そもそも他人の彼女を寝取ろうとは考えないだろう。まあそれを言ってしまうと物語は破綻してしまうし、龍一のこの世界における存在意義は完全に失われてしまう。
「……寝取ることが存在意義って悲しい」
「なんて?」
「何でもない」
龍一は麺を食べ終え、ズズッとスープも綺麗に飲み干した。
「やっと食べ終えたわね。ほら、しましょうよ」
「……いきなりすぎね?」
「何言ってんのよ。アンタを見ると我慢できなくなるの。誰のせいでこんな体になったか分かってるの?」
「俺か?」
「当然じゃない。アンタ以上に最高の時間をくれる男は居ないわよ?」
そうなるように仕込んだからな、とは口に出さなかった。
少し前まではこんな言葉を聞くたびに龍一は気分を良くしていたが、こうして前の記憶が蘇った今だとどう反応すればいいか分からなくなる。しかしそれでも、体は正直だった。
「高校生相手に情けないとは思わねえのかよ」
「っ……アンタがこうしたんでしょ♪ ねえはやくぅ……はやくぅ!」
意識は切り替わっても今までの生き方が変わるわけではない……だからこそ、龍一は千沙の要望に応えるのだった。
「やっぱアンタが一番だわ。この肉体に抱きしめられると並みの女はクラッと来ちゃうもの」
そして事が終わった後、横になった龍一は千沙を腕に抱いていた。
基本的に真面目な奴とはそりが合わず、はみ出し者とばかりつるんでいる龍一にとって同じ穴のムジナとも言える千沙は接しやすい女だった。龍一がこういう人間だと受け入れ、その上で関係を続けているからだ。
「大学で千沙はモテるんだろ? そんなお前を好き勝手出来るってなると嫉妬どころじゃなさそうだな」
「アンタはそんなの気にしないでしょ?」
「確かに」
その通りだと龍一は頷いた。
意識の変化がある程度あっても生き方が変わるわけではない、龍一はずっとそう思っていた。それは千沙を抱き、彼女が帰っても変わらずだった。
だが、そんな彼の日常に変化が起きるのはすぐのことだった。
「おはよう獅子堂君」
「……おはよう」
翌日のことだ。
高校に行ってクラスに入っても相変わらず遠目に見られていた龍一だが、そんな彼に彼女が……静奈が声を掛けたのだ。
静奈から龍一に声を掛けることは今までなかった。その当たり前が崩れるように静奈は教室に入って来た龍一に声を掛けたのである。
「……静奈?」
静奈の幼馴染であり、この世界の主人公も静奈の行動を信じられない風に見つめていた。もっとも、彼らよりも困惑が大きかったのは龍一だった。静奈を助けたという事実があるにせよ、まさかこんな人の目が多い場所で絡んでくるとは一片たりとも考えていなかった。
「獅子堂君、昨日はありがとう。おかげで助かったわ」
「礼なら昨日受け取ったぜ? もう必要ない」
「……そう? 昨日はその……すぐにお礼を言えなくて失礼だと思ったから」
真面目過ぎるだろと龍一は心の中で呟いた。
そして、こんな風に彼女と普通の話題で話すこと自体漫画では描かれていなかったことだ。元々龍一が彼女に絡んだ理由は一つ、彼女の全てを欲しいと思ったから。
「ぶっきらぼうなところは普通なの?」
「……いや、別にそういうわけじゃ」
今までの生き方がこんな自分を作り出したわけだが、当然龍一は静奈と言えどそこまで話すつもりはない。それにしても調子が狂うなと龍一は頭を悩ませる。快楽に蕩けた後半ならいざ知らず、前半では龍一を見る静奈の表情は嫌悪と恐怖しかなかっただけに新鮮な気分になってしまう。
「ほら、席に戻れ。愛しの幼馴染がずっと見てんぞ?」
「愛しのって彼はそんなんじゃ……まあいいわ。それじゃあ獅子堂君、またね」
またなんてねえよ、そう小さく龍一は呟いたが静奈には届かなかった。
まさかあの偶然の出会いがこのように静奈の抱く印象を変えるとは思わず、龍一は疲れたようにため息を吐くのだった。
そんな彼を、主人公はジッと見つめていた。
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