第4話 天まで届くクリスマスツリー

「よしっと」

 小さな部屋に機械音が響きわたる。新太は電動糸のこから板を取り外した。板はきれいに切られており、切られた部分をはなすと、二股の枝の形が現れた。

「うん。いいな」

 新太はテーブルの上の空きスペースに枝の形をした板を置いた。テーブルには7,8枚、さまざまな長さの枝が重なって置かれている。始めは失敗ばかりしていた新太だが、二枚、三枚と切り進めていくうちに、すっかり上手くなった。もともと手先は器用な新太だ。

 喜一を見ると、ものすごい集中力で板に枝の下絵を描いている。かたわらには、下絵が描かれた板が積まれており、もうそろそろ喜一の作業も終わりそうだ。

「喜一、どうだ?」

「うん。だいぶ描けたよ」

「そうか」

 新太は電動糸のこに向き直る。下絵の描かれた板を手にすると、深呼吸した。そのまま糸のこにセットする。ポイントは、立ちながら行うこと。そうしないと、板に力が入らず、板が浮いてしまい、うまく切れなくなるのだ。

 新太は糸のこの側面にあるスイッチをオンにした。糸のこの刃が上下こぎざみに動き出す。そのまま板を刃にそわせた、その時、

「こんにちは~。おじゃましまっす!」

 玄関の扉が開いて、数人の子どもたちが入ってきた。アラタと一緒に遊んでいた下級生たちだ。

「お前ら、なんでここに?」

「遊ぶのあきちゃった」

「ねー」

「そうそう。アラタくん、ここでなにかやろうとしていたの思いだして、来てみたんだ」

「来てみたんだって……遊びじゃねぇんだぞ」

 な、喜一とでもいうように、新太は喜一を振り向いた。喜一は、こちらを見て立ちあがると、

「うわぁ! なになにみんな、手伝いに来てくれたの?」

「手伝いっていうか、こいつら冷やかしに来て……」

「手伝いにきたの」

「ねー、ぼくたち、お手伝いだもんね」

「ね!」

「……お前ら」

 新太があきれたようなまなざしを送ると、喜一が満面の笑みで、

「本当!? ぼく、嬉しい! みんなで作ったら、百々花もきっと、もっともっと喜んででくれるよ。みんなで作ろう!」

「おい、いいのかよ」

「うん。大丈夫」

 新太が言葉にならない感情を髪をかきあげて、やり過ごす。色々言いたいことはあるが、喜一がいいというならいいのだろう。

 新太は子どもたちに向き直り、

「よし、じゃあ、今からなに作るか説明するから、各自、耳をすませてよく聞くように!」

「はーい」

「おー!」

「うん、わかった」

 新太は子どもたちを集めて、説明する。最後に、喜一が百々花が今、どんな状態かを話した。

 話が終わると、子どもたちは、真剣な顔で、

「わかった! 一生懸命作るね!」

「百々花ちゃん、名前かわいい~。私、がんばる!」

「すっごいのつくるぞ!」

 と立ちあがって、めいめいにやる気を見せる。

 それを見て、新太と喜一は顔を見合わせた。

 新太は張り切った様子で、

「よし、じゃあ、やるぞ! 分担作業だ!」

『はーいっ!』

 子どもたちによる天まで届くクリスマスツリーの制作が始まった。

 

 学校の教室ほどの室内に、子どもたちのにぎやかな声が響きわたる。

「ねえ、これどこにさすの?」

「ツリーさ、紫の枝とかあってもよくない?」

「みてみて~! サンタさん、上手く作れた!」

 子どもたちはそれぞれの分担にしたがって、作業している。低学年の子は、主に色ぬりや、クリスマスツリーに飾るオーナメントを、高学年の子は、枝を切ったり、けずったり、おもに刃物を使う仕事をしていた。

 新太が現場の指導を、喜一が細かいツリーの方向性や、色合いなど、イメージの統一をはかるといった形で、ふたりはその場を指導する。

 小学4年生の男の子が電動糸のこで板を切り始めた。新太が近くでそれとなく見ていると、男の子が手をすべらせて、カーブするところを真っ直ぐに切ってしまった。

「ああっ!」

 男の子がしまったというような顔をする。新太が声をかけようとすると、男の子はすかさず、

「アンタカラ、ぼくの失敗作を直し……」

「ちょいまった!」

 新太が声をかけると男の子が、ふりむく。

「アラタ君?」

 新太はこしに手を当て、ため息をつき、

「あのなぁ、いちいちアンタカラにお願いしていたら、気持ちがはいんねぇだろ。失敗したら、また次は、うまくできるようにってお願いするのか? それだと心こめてつくったことにならないだろう。自分が失敗したくないって気持ちだけになるんじゃねえのか?」

「……たしかに」

「なら、やり直すんだな」

 男の子はうなずくと、喜一に声をかけて、新しい板をもらってきた。新太が見守るなか、再び、糸のこで切り始める。

「いいか。カーブするときは、ゆっくりだぞ。あわてんなよ」

 男の子はうなずくと、ゆっくりと下絵にそって板をおしすすめた。板は下絵にそって、ゆっくりとカーブを描き曲がっていく。そりかえった枝の背中の部分が現れた。

「できた!」

「よし、いいな。その調子でやれよ」

 新太が男の子の肩をポンっと叩くと、男の子は嬉しそうにうなずいた。そのまま枝の先別れの部分を糸のこで切っていく。新太は満足そうに見つめると、その場から離れようとした。

「ねえ」

 今度は床に座って、ツリーの飾り用の絵を描いていた女の子が声をかけてきた。

「百々花ちゃんの写真はないの? 写真」

「あ、それみたーい。百々花ちゃんの写真」

「写真か」

 新太が喜一を見ると、喜一も気づいて、

「なに? 百々の写真?」

「そう。どんな子か見たーい!」

「ね。顔見たほうがやる気でるよね」

「そうだなあ。あったかな?」

 喜一はおもむろに、部屋のすみに置いたランドセルをあさりだした。

「あった! スマフォ。写真!」

 じゃーんというように、たかだかとスマフォをかかげる。

「え? 見せて見せて!」

「ぼくも見たーい!」

 作業を中断して、子どもたちは喜一のもとへ集まった。

「へへへへ。あのねぇ……」

「早く見せてよ」

「手じゃま!」

 もったいぶって、ゆっくり見せようとする喜一に、子どもたちから苦情が飛ぶ。喜一は、意気ようようと、

「じゃーん! これが妹の百々花だよ! かわいいでしょ?」

 かかげたスマフォには、幼い女の子が写っている。庭をいじっている時の写真なのか、女の子は、しゃがみこみ、スコップを持ち、泥だらけの手でピースをしている。

髪の毛を頭のうえでふたつに結び、女の子のくりっとした丸い目には、意思の強さが宿っている。ほっぺたはふっくらとし、形のハッキリとした薄い唇を三日月形につりあげて笑っている。その後ろには髪の長い母親とおぼしき女性が百々花の肩を抱き、快活な笑顔を向けていた。

「これが百々花ちゃん? かわいい!」

「わたしより年下? ももかちゃん、なんさい?」

「百々花は5歳だよ」

「5歳? ひとつ下だあ」

「ふーん……かわいくなりそう」

 スマフォをのぞきこみながら、各々感想をいっている子どもたちの頭上で、新太が手を叩いた。

「ほら、もういいだろ。みんな、作業再開するぞ」

「えー! もっと見たい」

「でも、早くやろう。早くやったら、早く百々花ちゃんに会えるよ」

「そっか。やろうやろう」

 子どもたちは気がすんだのか、各々持ち場に戻っていく。

 新太は喜一に近づくと、顔を寄せ、

「お前の妹、似てんな。目のくりっとしたところ、お前にそっくり」

「そう?」

「かしこそうなのは似てないけど」

「そうなんだよ……って、アラタ!」

「ははっ、冗談」

 新太は笑いながら、踵を返し、喜一から離れた。わずかに顔をうつむかせ、喜一の妹の百々花のことを考えた。あんなに幼いのに、入院生活はつらいだろう。とくに、外で遊ぶのが好きならなおさらだ。

 新太は顔をあげると、前を向いた。思いを新たに一歩をふみだす。鼻から息を深く吸いこんだ。


夕焼けが虹色に輝くアンタカラの町並みを真っ赤に染めあげる。だが、家々の片すみやせまい路地、塀の裏手などには闇が忍びこみ、これから夜が来るのだと告げていた。

その家々の片隅、広場の外れに夕闇にまぎれるようにひとりの少年が立っている。少年はサッカーボールを両手に持ち、つまらなそうにけりあげた。そのまま器用に連続して、足でボールをけりあげ続ける。

「素晴らしい! 偉大なる才能だ。仁君!」

 突然かけられた言葉に驚き、仁はボールをけりそこなう。所定の場所に落ちなかったボールは、そのまま地面をコロコロと転がった。

 仁はボールを拾いながら、いつのまにいたのか、となりにたたずむアヴィンサを見あげた。

「ああ……どうも」

「素晴らしい才能だ。すえは、ボランチか、エースストライカーか。将来の夢はサッカー選手ですかな? それともオリンピック代表入り?」

 仁は苦々しい顔で、

「別に、たいしたことじゃない。誰にでもできる」

「謙遜など無用! 素晴らしい才能です。ぜひ、サッカー選手を目指してはいかがですかな?」

「はは。機会があれば」

「機会? 機会など自分で作るものですよ」

「はは。まあ……」

「ご両親が反対しているとでも?」

「……」

「将来は医者か教職以外許されないとでも?」

「……そうだけど」

「ああ! なげかわしい。実になげかわしい! 子どもの夢を親が断とうとするなんて!」

 アヴィンサは仁の両手をとると強くにぎりしめる。

「この地上の親という名のつく人たちは間違えている。なぜ、子どもの夢を信じずに、自分がいいと思うものを押しつけるのか。子どもと親はまったくのちがう人間なのに。子どもの意思を押しのけて、自分の果たせなかった夢を押しつける。本当に叶えたかったのは、自分自身。叶えるべきなのは、今の自分なのに」

「は……あ……?」

 アヴィンサはぐっと顔を近づけ、強い口調で、

「仁君。私はね、こんな不幸をなくしたいと思っているのだよ。世の中から、多くの嘆きをなくしたい。ゆえに、私がいる。アンタカラがある。ここならば、なんでもできる。なんだって叶う。あなたの意見を尊重しない親だっていないし、なんの努力も挫折も苦労もない。なんの葛藤もいらない。ただ、願えば叶うだけ。そんな楽しいことがありはしませんか?」

「でも、あいつらが……」

「新太君たちですかな?」

「そう。あいつらが、楽しそうだ。失敗しても、魔法を使わなくても、自分の手で目的を叶えようとしている。あいつらがうらやましい」

「……うらやましい」

「そうだ。俺には無理だ。できない」

「……」

 アヴィンサはうつむく仁の顔をじっと見つめる。それは静かに冷徹に観察する観測者のようだった。

 アヴィンサは、優しい声音で、

「いいでしょう。仁君。では、あなたにとっておきの情報を教えて差しあげます」

「情報?」

 あどけない顔でみあげる仁に、アヴィンサは腰を曲げると、うなずいた。仁の顔に顔を近づけると、そっと耳打ちする。

「!」

 驚きと戸惑いの表情で見つめてくる仁の視線をアヴィンサはゆっくりと受け止める。

「ええ。本当ですとも。全ては可能です」

「でも、俺は、まだ……」

 アヴィンサは困惑する仁の肩に手を置くと、腰を落とした。仁と同じ目線で、

「仁君。これはまたとない僥倖。二度とこない機会なのです。今を逃せば、チャンスはもう二度と訪れなくなる。さあ、あなたは誰の手をとりますか?」

「……」

 仁は差し出されたアヴィンサの白い手袋をした手を見ると、夕日が落ちる町並みに目をやった。夕日の方には、新太たちがクリスマスツリーを作っている家がある。仁はまぶしそうにそれを見やると、アヴィンサの方に振り向いた。

 仁の瞳は夜の底を映したように真っ暗だ。

「アヴィンサ、俺、受けるよ。もう二度と、元の世界に帰りたくないんだ」

「ご名答! あなたは良い選択をしました。では、こちらへ」

 仁はアヴィンサの手を取ると、アヴィンサはその場で立ちあがった。仁の手を引き、ゆっくりと夕日とは反対の方向へ歩きだす。やがてその場所には闇が忍び込み、二人がいた痕跡をかき消した。そうして夜がやってきた。

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