第3話 苦手なあいつ
アンタカラの町の一角から、子どもたちのにぎやかな声が聞こえる。
白い石がしきつめられた広場で、新太と仁、それに子どもたちは、サッカーをしていた。ただのサッカーじゃない。あべこべサッカーだ。サッカーボールがその子のレベルに合わせて、動いてくれる。サッカーが下手な子には、けりやすいようにボールが自ら足に合わせてくれる。逆に、サッカーが上手な子には、わざとけりにくい場所に転がっていく。低学年から高学年とさまざまな年齢がいるグループで、みんなで遊びやすいように、新太が考案したものだ。ボールはアンタカラに願ってだしてもらった。
低学年の女の子が、思いっきりボールをける。
「いっけえ!」
それはたいして力のないものだったが、当たりどころがよかったのか、ボールが自動的に修正したのか、驚くべきスピードで、まっすぐに飛んでいった。パスの通ったさきには、新太がいる。
新太はボールを受けとると、そのままドリブルをする。足にボールがはりついたのかと思うくらい見事なドリブルだ。だが、新太はサッカーが得意なわけではない。ボールのおかげだ。
相手のディフェンス二人をなんなくかわし、新太はまっすぐゴールに向かう。アンタカラにだしてもらったゴール前には、仁がキーパーとして待ちかまえていた。
新太はゴールに狙いをさだめて、シュートする。右足を大きくうしろへふりかぶった。ボールが足に当たったと思いきや、当たりどころがわるかったのか、ボールはゴールから外れて右の方向へ大きく飛んでいく。
しまった、と新太は思ったのもつかのま、ボールは軌道を変え、左に大きく曲がった。そのまま、吸いこまれるように、ゴールのネット際に飛んでいく。反応できない仁の足もとを通って、ゴールネット側面ぎりぎりに転がりこんだ。
「や、やった……?」
手ごたえがなくぼんやりとたたずむ新太の側にチームメイトがかけてくる。
「すごい、アラタさん」
「リーダー、やるね!」
楽しそうに仁がボールをもって、新太のもとへやってきた。
「加納、お前、すごいな。カーブシュート、やるな」
「お、おお……」
本当はアンタカラにだしてもらったボールの力だとは思うが、新太はいわないことにする。
「ちょっと、休もうぜ。おれ、のどかわいた」
「そうするか。皆、休憩だ」
はーいと子どもたちはくちぐちに応えた。
おのおの、自分の好きな飲み物をアンタカラにお願いしてだしてもらう。
仁が、スポーツドリンクを飲みながら、
「新太はなに飲むんだ?」
「んー、おれ、買いに行ってくるわ」
アンタカラは願えばなんでも叶えてくれるが、町なのでお店もある。お金は願えばいくらでもでてきた。奇跡の町に来たとはいえ、やはり、選ぶ楽しみ、買う楽しみが忘れられない新太だ。アヴィンサも人間の楽しみをよく知っており、そういう場所も提供しているといっていた。
新太は広場から徒歩五分ほどの露店が立ちならぶ通りへむかう。通りにはテントをはった小さな店がひしめきあって並んでいた。新鮮な果物を売っている店、カバンや靴などを売っている店、赤や緑の鮮やかに輝く布地を売っている店などのなかに、新太のめざすフレッシュジュースの店があった。
新太は前もって用意したお金でパッションフルーツとマンゴーのジュースを買う。ジュースを飲みながら、もときた道をもどった。すると、石だたみの道に面した石造りの家の窓からよく見知ったぼうず頭がちらちらとでたりひっこんだりするのが見えた。――喜一だ。
新太はげっと思った。とっさに、新太は喜一から見えないように、かがんで歩こうとする。だが、ふと、窓の外を見た喜一と目が合ってしまう。新太は喜一に見つかってしまった。
喜一は窓を開けて、めいっぱい喜びの顔で、
「あー、アラタ!こっちにきていたの? しらなかった!」
「……」
そりゃ会わないなら知らないだろうと新太は心のなかでつっこみつつ、喜一からいかに逃げるか考えた。
「ぼくね、お面の人に誘われてきたんだ。お家借りて、ここでクリスマスプレゼントつくっているの」
「そっか。いいのできるといいな」
「うん!」
そういうと、喜一は部屋のなかにもどっていった。新太はなんだかほっとした。この予測不可能なクラスメイトが苦手なのだ。
新太は広場にもどると、喜一がこちらに来ていることを仁に話した。
「え?マジで?安浦、こっちにいるのか?」
「ああ。なんか、家借りて、クリスマスプレゼント作っているみたいだ」
「へぇ。面白いな。見に行かないか?」
「は?」
「ここは奇跡の町だ。願えばなんでも叶う。なのに、わざわざプレゼントを手作りしているなんて、興味引かないか?」
「いや、別に。まったく引かない」
「どうしてだ?」
周りにいた子どもたちも二人の会話を聞きつけ、
「もうひとりいるの? 一緒に遊ぼうよ」
「なになに? おもしろいことしたーい」
「どこ行くんだ? 行くならぼくも行く!」
新太の周りで、くちぐちに言いだした。
「あー、うるせぇ! わかったよ。行けばいいんだろ」
「よし、じゃあ、みんなで行こうか」
「やったー!」
いまいちどこに行くのかわかっていない子どもたちを連れて、新太は喜一のいる家へと向かった。せまい路地をぬけて、広い石だたみに面した一軒家にたどりつく。道路側の窓辺まで行くと、新太はあることに気づいた。アヴィンサがいるのだ。
床にうずくまり、大きな板に線を引いている喜一の後ろで、アヴィンサがなにかを話しているようだ。声は聞こえないが、いつもの大げさな身ぶり手ぶりでそうだとわかる。
新太はそっとなかの様子をうかがおうとし、後ろから大きな声をかけられた。
「アラタくん、なにしてるの? 入ろうよ!」
「加納、どうした? 安浦いないのか?」
「いや……」
新太はしぶしぶ玄関のドアノブに手をかけた。なにか二人で大事なことを話しているのなら、それを口実に、今回はよらないということが選択できるのだが……様子をさぐる暇もない。
新太はドアを開けた。すぐに広々とした部屋がある。外観からさっするに、一部屋しかないのだろう。テーブルとイスの他に家具はなく、喜一がかいている大きな板と、鉛筆、クレヨン、それに窓際に同じく三メートルほどの板が数枚、立てかけられていた。
「こんにちは。お邪魔しまっす……喜一、いるか?」
その声に、喜一はふりむき手を止めた。満面の笑顔で、
「アラタ、どうしたの? うわ~っ、みんなも! ジンも来てたの?」
「よう、安浦。ひとりか?」
「うん。ぼく、ひとり」
「これはこれは、皆さん、おそろいで」
アヴィンサが出迎えるように両手をあげた。
「……では、私はこれで失礼いたします。喜一くん、ゆめゆめお忘れのなきように。お願いしますね」
「う~ん!」
「では」
そういうと、アヴィンサは子どもたちと入れかわるように、玄関から出て行った。
アヴィンサを見送った新太は、喜一をふりかえり、
「あれなに? アヴィンサ、どうしたの?」
「う~ん、わからない。でも、ぼくに、願いごとをしてほしいんだって」
「は? 願いごと?」
「うん、そう。ぼく、願いごと全然してないって」
「へえ」
新太は疑問に思った。なぜ、願い事をしないとアヴィンサがたのみにくるのだろう。だが、新太にもあれだけ、願いごとをしろといってきたアヴィンサだ。彼なりの考えがあるにちがいない。
仁が喜一に近づき、
「安浦、クリスマスプレゼント作っているんだって? 何を作っているんだ?」
「うんとね……」
そう言うと、喜一は床に置かれた三メートルほどの一枚の板をよっこらしょと持ちあげ、縦にかかげた。それには鉛筆で半分のクリスマスツリーの絵が描いてある。
「じゃーん! クリスマスツリー! ぼく、百々花にクリスマスツリーを作っているの」
「百々花って?」
「ぼくの妹!」
「そっか。すごいな」
「そうでしょ。昨日、町の人と一緒に森に行って木を伐りだして板にしたんだ。すっごい楽しかったよ」
「へぇ。板か」
そう思って、新太はふと疑問に思った。ここはなんでも願いが叶う町だ。なのになぜ、わざわざ木から板を切りだしたのだろう?
新太は疑問に思ったことを聞いた。
「なあ、なんで板作ったんだ? アンタカラに頼めばいいじゃん」
「そうだよね。でも、こっちに来た時、アヴィンサが言ったんだ。この世界の物はあっちの世界には持ち出せない。でも、ひとつだけ例外がある。それは自分で作った、自分の意思が込められたものだって。自分の願いが込められたものは持ち出せるって、そう教えてくれたよ」
「そうなんだ……」
新太は初めて知った。来た時、アヴィンサはそんなことひと言も言っていなかった。なぜ、喜一にだけは教えたのだろう。
疑問が顔に出ていたのか、喜一が新太の様子を見て、
「ぼくね、こっちの世界に来た時、アヴィンサに聞いたんだ。百々花の病気が治る薬が欲しいって。そしたらね、教えてくれたんだ。アンタカラにお願いすれば、どんな病気も治す薬はできる。でも、それを持ちだすことはできない。アンタカラのものはアンタカラのもの。外には持ち出せないって」
「へえ……」
「でも、材料はアンタカラの物でも、自分で何かを作ればそれは持ち出せるって。だから、ぼく、意思をこめているの。百々花が喜ぶように、百々花の笑顔が見れますようにって。だから、ぼく、最初から手作りしているの。アンタカラの人、皆、協力してくれて、板までできたよ」
そう言って、喜一は満面の笑みで笑った。新太にはなぜだかそれがうらやましく思った。
その時、仁がそっぽを向いて、玄関扉に向かって歩きだす。
「じゃあ、おれ、行くわ。喜一、頑張れよ。またな」
「うん! ジン、またね」
喜一がにこにこと手を振った。新太は慌てて仁を追いかける。一緒に来て部屋のあちこちを見て回っていた子ども達も後を追った。
新太は仁の隣に並び、
「仁、どうした? 急に」
「別に……」
そう言って、口を結んでしまう仁に新太は気をもんだ。なにか怒っているように感じられたからだ。
「仁……」
そうして新太と子ども達は仁を筆頭に、喜一の家を出て行った。
広場に戻った新太達は再び、あべこべサッカーをすることにした。二試合ほどして、休憩をはさむ。皆で広場に寝転がった。新太はアンタカラにお願いして、スポーツドリンクを出してもらう。口に含むと甘ったるい味が広がった。
「いい天気だね。今度はなにして遊ぶ?」
「ぼくはダンジョン作りたいな! 勇者になって冒険するぜ」
「えー、それより、プリンセスになりたい!」
子ども達は次々にやりたいことをとりとめもなく言う。
隣に座っている仁が新太を見て、
「加納は? お前、なんかある?」
「うーん……そうだな」
何かあるかと聞かれると、特にない。それにこの状況に、なんだか飽きてきてしまった新太だ。なんというか、なんでも願えばでてくるというのが、なんというか自分でも意外なのだが、物足りない。何かが欠けているように感じた。それにやっぱり、さっきから気になることがある。
新太は起き上がると、仁を振り返り、
「仁、おれ、ちょっと喜一のところへ行ってくる。悪いけど、先に、四人で遊んでいて」
そう言うと、立ちあがり、喜一の元へ向かって駆けだした。喜一の家に着くと、チャイムも押さず、扉を開けた。
「喜一、いるか?」
「え? アラタ?」
板にツリーの絵を描いていた喜一はびっくりしたように、新太を見た。新太はそんな喜一におかまいなしに、ツカツカと部屋の中に入っていく。喜一に近づくと、床に置かれたツリーの描かれた板をちらりと見た。やっぱり……と思う。
「どうしたの? アラタ、忘れ物したの?」
と小首をかしげる喜一に、新太は、
「喜一、お前、この板のツリーどうするんだ?」
「え? 病室に飾るけど? 先生に許可もらって、百々花の病室にかざるんだ。百々花、お外でられないから」
「ほー、このサイズ、どうやって運ぶんだ? お前の家、軽トラックとかバンとかあるのか?」
「ううん。うちは軽自動車だけだけど」
新太は腰を屈めると、板をじーっと見つめた。板はやはり優に三メートルはありそうだ。
「……ムリだな」
「え?」
「お前の計画、100パーセント、ムリだな!」
「アラタ、ひどい!」
新太は立ちあがると、喜一につめより、
「ひどいもなにもねえよ。まったくもって、ノープランじゃねえか。そもそも病室に入らねえし! バカかお前」
「うう……」
「天まで届くクリスマスツリーの前に、もうちょい現実みろよな。喜一」
「……うん」
シュンとする喜一に多少罪悪感を覚えながらも、言うことを言ってスッキリした新太は踵を返した。
「じゃあ、おれはこれで」
立ち去ろうとする新太の服の袖を喜一がつかむ。
「え?」
振り返ると、喜一がキラキラした瞳で、
「アラタ、すごい! ぼくにないアイディア持っている! お願い、一緒につくろう!」
「は?」
喜一は新太の腕を取ると、
「アラタがいい。アラタと一緒なら、きっとすごいもの作れるよ。お願い。ぼくと一緒に作って! ぼくと一緒につくろう!」
そう言って、喜一は鼻息あらく迫ってくる。新太はとまどいながら、
「え……普通に、ムリだけど」
「お願い! アラタ! お願い!」
喜一は両手を組んでお願いポーズをし、真っ直ぐに新太を見つめてくる。新太は、その姿に根負けし、
「あー……しょうがねぇな。ちょっとだけだからな」
「本当、アラタ! ありがとう!」
「ちょっとだけ。ほんの出だしだけだからな!」
「うん!ありがとう、アラタ」
そんなこんなで、新太は喜一に巻きこまれ、一緒にツリーを作ることとなった。
新太は一度、仁たちの元へ戻ると、喜一のツリーを手伝うことにしたと話した。四人は了解し、新太は再び、喜一のもとへ戻る。こうしてツリー製作が始まった。
新太と喜一はその場に腰を下ろすと、近くにある模造紙を引き寄せた。まずは設計図から練り直しだ。新太は鉛筆を手にとり、
「病室ってどのくらいの広さなんだ。病室に入って、百々花が天まで届いたって思えるくらいのツリー、作るぞ」
「うん!」
喜一は楽しそうに頷く。そんな喜一を新太は見て見ぬふりをする。鉛筆をせかせかと動かした。
「で、天井は普通の部屋の高さとするだろ。広さはどのくらいなんだ?」
「広さはね、ベッドふたつ入ってるよ。でも、百々花専用のお部屋なんだ」
「ふーん。8畳くらいか」
「あ、ベッドは一つ使ってないから、動かせるよ」
「よし、じゃあ、そこに置くのは決まりだな」
新太はさらさらと鉛筆を動かした。その場で病室の図を描いていく。
「あとは、どんなツリーにするかだけど……」
「ぼくの最初のやつじゃだめ? 木のツリー」
「木の板を組み合わせて作るやつな。案はいいけど、でかいし、重いんだよな」
喜一が提案したのは、四枚の木の板をそれぞれ半分のクリスマスツリー型に切って、台座にはめこみ、組み合わせて作るものだ。オーナメントはツリーのなかを丸く削って、そこに飾る。これなら病室で組み合わせて作れる。が、持ち運びに大人の協力が必要だし、なにより大きくて重い。
「うーん、一、二メートルくらいならいいけど、天まで届くだぞ……もっといいやつないかなぁ……百々花はどんなのがいいっていってた?」
「百々花? 百々花はねえ、お花。お花がいいって。真っ白なお花」
「花?」
「うん。去年、家族でナイトスキーに行ったことがあるの。そこで、本物のモミの木のツリーがライトアップされて、空から雪がキラキラとふっていて……それが百々花にはツリーが空に吸い込まれているように見えたみたい。空から真っ白な雪のお花がふっていて、きれいだねって」
「それが、天まで届くクリスマスツリーか」
「うん! ぼくの妹、かわいいこというでしょ」
そう言うと、ふふっと喜一は笑った。それを見て、新太はどこかこそばゆいような、なんともいえない気持ちになる。なぜ、自分はたいして親しくもないクラスメイトとこんなものを作っているのか、こっちに来る前の新太には考えられないことだ。
「じゃあ、白い花を飾るか……どんなのがいいかな」
「綿とかで作る? 雪みたいなお花みたいな」
「うーん、いまいちパッとしねぇな」
ふたりで考えて、飾りはとりあえず保留にすることにした。次に、ツリーについて考える。
「天まで届くクリスマスツリーか……」
新太は口元に鉛筆を当てながら考える。病室に入って、子どもでも持ち運びできて、なおかつ空まで届くように見えるにはどうすればいいだろう。
「うーん、なにかねぇかな?」
「そうだなあ……」
喜一も腕を組みながら、首をかたむけた。新太は考える。室内で天まで届いたように見えて、パッと百々花が笑顔になるようなもの……。
「あ、ライト」
新太が思いついたようにつぶやいた。
「ライト?」
「そう! ライトだ! ライトでクリスマスツリーを照らすんだ。そうしたら、影が天井までのびて、天まで届くにならないか?」
「それいいかも! だったら、飾りはセロファンで作ったら、影と一緒に映るかも! 天まで届くクリスマスツリーになるね!」
「いいな、それ!」
ふたりは顔を見合わせた。にんまりと笑って、さっそくクリスマスツリー作成の図案を書き始める。
「ツリーはおれたちだけでも持てて、病室において、あまりジャマにならないサイズがいいな」
「そうなると、これくらい?」
喜一が模造紙にサラサラと絵を描いた。子どもらしきものと思われる人物のとなりに、それよりもやや小さめのクリスマスツリーの木が描かれる。
「そうだな。おれたちと同じくらいか、ちょっと小さいくらいが持ち運びにいいかもな。あと、木の形だけど……」
「ライトで照らすなら、幹と枝だけがいい!」
「だな。平面だとさみしい気がするから、立体的につくって、ライトで照らさないときも、飾って楽しめるようにしようぜ」
「うん! 百々花、きっと喜ぶ」
そう言って、喜一はにっこりと笑った。新太はそれを見て、どことなく恥ずかしいような、こそばゆいような、嬉しい気持ちになった。
新太と喜一はクリスマスツリーを作り始めた。話し合った結果、一メートルほどの木のツリーを作ることにした。幹は六角柱にし、そこにランダムに枝を差し込むのだ。
さっそく、喜一と新太はのこぎりで三メートルほどの板を一メートルほどに切ろうとする。アンタカラに低い台を出してもらい、その上に、板を置く。新太が押さえ、喜一がのこぎりで板を切った。その手なれた様子に、新太は感嘆する。
「うまいな、喜一」
「うん! 母さんがDIYが好きで、お家でもよく一緒に色々作るんだ。この前はキッチンの棚を作ったよ」
えっへんと喜一が得意げに鼻をあげた。新太が感心していると、「そうだ」と喜一が部屋の隅に行った。
「これ、何枚か色んなサイズの板、切ってあったの。ツリーの飾りに使おうと思って」
そう言って、喜一が様々な大きさの板を持ってきた。
「おっ、枝にいいな!」
「でしょ」
新太と喜一はまず、幹となる六角柱の板を切り分けることにした。新太が押さえ、喜一が一メートルの板を六等分に切り分けていく。あとで枝をさす穴をあけるからと、それはそのまま置いておくことにした。
次に枝の製作に入った。喜一が床にずらりと板を並べて、枝の下絵を描いていく。大小さまざまな長さの枝を二十本ほど作る予定だ。枝のつけ根はかぎのように直角に曲がっており、かけられるようになっている。ツリーの幹となる四角い箱に、無数の穴をあけ、そこにひっかけていく作戦だ。
喜一のかたわらで、新太はアンタカラにお願いした電動糸のこの準備をする。電動糸のこは去年の冬、工作の授業で使ったきりだ。あの時は、新太はそっけないただの四角いメッセージボードを作った。
新太が緊張した顔で糸のこを点検していると、喜一がぱっと顔をあげ、
「緊張しているの?」
「バカッ、してねぇし」
「ふーん、アラタ、リラックス、リラックス」
そういって、再び、下絵を描き始める喜一を新太は恨みがましい気持ちで見つめる。糸のこの前に立つと、新太は深呼吸をした。糸のこ作業時の注意事項を思いだす。
新太は刃先の点検をした。喜一が真剣に向き合う以上、自分も真面目に取り組まなければと思う。
新太は喜一に振り向き、
「なあ、お前の妹、なんの病気だ? よかったら教えてくれ」
「アラタ……」
「別に、いやならいいんだけどさ。知っておいた方が、より気合が入るっていうか、実感がわくっていうか……」
いいにくそうに頭をかく新太に、喜一は、満面の笑みをうかべて、
「アラタ! ありがとう。百々花のことしってくれようとして。ぼく、うれしい」
「べ、べつに、そんなんじゃねぇし」
「百々花はね、血液の病気なの。メンエキリョクが落ちちゃうんだって。だから、お外にでられないの」
「そっか……」
「うん。だから、もう半年も入院しているの。今年の夏から。病院を出たり入ったり。百々花も最初はがんばっていたけど、最近、イヤになってきちゃって……すねたり泣いたり、すごいの。だから、ぼく、百々花に笑って欲しくて」
「だから、天まで届くクリスマスツリーか」
「うん。去年の冬、家族で行ったスキー旅行で見た、ツリー! あの時の百々花みたいに、また、目をキラキラさせて、百々花に笑って欲しいんだ。そうしたら、また、百々花、元気でて、治療をがんばれると思うんだ」
そういって、喜一はにっこりと笑った。
「喜一……」
「ふふっ。こういうこというの、アラタが初めて!」
「ふーん。そうかよ……」
「ふふっ。アラタ、照れた?」
「バッ、照れてねぇよ!」
新太はそっぽを向くと、側にあった喜一の下絵の描いてあった板を拾った。
「ほら、やるぞ。妹のツリー作るんだろ」
「うん!」
再び、喜一はうつむくと、板に枝を描き始める。
それを見て、アラタも板を糸のこにセットした。スイッチを入れると、糸のこは、ウィーンと小さく機械音をたて、板を切り始めるのだった。
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