終わって、始まる

「私達……いつも遊んでて、拓真君は家に帰りたくないから、ぎりぎりまで遊んでた。だから決めてたの、鬼ごっことかかくれんぼとか鬼がいる遊びの時は、最後に残った人が次の鬼になるって……」


 遺体が発見されていないのは日和だけだった。腕が祀られている場所を開けてから日和を見つけ、あの場は抜鬼を退けた。かくれんぼが一度終わり、次のかくれんぼが始まった。ということはあの瞬間、日和は抜鬼となったのだ。消えていなくなったからてっきり成仏したのだと思っていた。違う、変化したのだ、人ならざる者へと。腕は、自分で回収したのだ。

 もってきて。次のオニワさんをもってきて。その「約束」は、あの瞬間果たされてしまった。だから琴音は生きている。約束を果たし、かくれんぼも勝ったのだから。抜鬼があの場を立ち去ったのは、次の「オニワさん」が誕生したからだ。すべて綺麗に丸く収まった、などと勘違いもいいところだった。もしかくれんぼを終わらせていたとしても、腕が封印されていたら日和は制限がかかった行動しかできないはずだ。十年前に先代のオニワさんが他者と約束を交わして人を食っていたのは十年前に加賀清春が封印を解いていたから、制限がほぼなくなり自由に身動きできるようになったとしたら。次のオニワさんができるまで村から出られないという制限しか今の日和にはない。背筋が凍るのではないかと思うくらいに寒気を感じた。


「戻って!」

「戻ってどうするんだ」


 てっきり戻ってくれると思っていた琴音は目を見開いて笹木を見る。彼は琴音を真っすぐ見つめた。睨まれているわけではないのに、その視線の強さに思わず身がすくむ。


「オニワさんはもう代替わりした、俺たちでは何も止められない。新しいオニワさんはかくれんぼを始めてる、君は間違いなく対象だ。戻れば確実に君は死ぬ」

「それは、でも、だって! 私達のせいで」

「ああ、俺たちのせいだな。余計な調査をしたせいだ。それで? 戻って何をするんだ。何か会話をするか? お前はオニワさんじゃなくて望月日和だと。化け物に話が通じるわけないだろ。殺されて終わりだ。君は先代オニワさんとまともに会話ができていたか」


 化け物、という単語が胸に突き刺さる。そうだ、もう日和はこの世にいない。今いるのはもともと日和だった別の存在だ。ごめんなさいと謝るのか、何か解決策があるのか。

 何もない。何も出来はしない。災厄の種を巻いたのは加賀の息子で、自分たちはそれを育ててしまったが刈り取る事などできない。笹木は真っすぐ琴音を見つめてきた。


「いいか、オニワさんは村から出られない。幸い村から離れた場所にいるから君は今生きてるんだ。このまま戻ればただ食われて終わりだ。それで満足するなら一人で行け、俺は二度とこの村には近づかない」


 笹木の言葉は強いが、今までたまに見せてきた蔑みや無関心といった心無い言葉とは少し違う。今わかっている事実を並べ、琴音の心境の整理をしてくれている。


「今、自分で決めろ。どうするんだ」


 感情で言えば戻りたい。結局何も解決しなかった、むしろ別のものを生み出してしまった。後悔しかない。しかしその後悔は絶対に解決しない。日和はもう元には戻らない、こんな事誰かが解決できるわけでもない。具体的に何をすれば日和が抜鬼でなくなるかなどわかるはずもない。いや、おそらくそんな方法はない。日和は今までのオニワさんと同じように、見える家系の者に約束を取り付けていくはずだ。次のオニワさんを持って来いと。

 散々自分で引っ掻き回しておいて、自分は安全な場所に逃げるのか。日和を苦しめ続けたのは自分なのに、また彼女を苦しめるのか。様々な思いがぐるぐると回る。

 どのくらいそうしていたか。琴音はうつむいたまま小さく呟くように言った。


「……帰ろう」

「わかった」


 笹木はそれだけ言うと車を発進させる。それからずっと車内は沈黙が続いた。琴音も何故自分でこの選択をしたのかわからない。結局自分の命が惜しいだけなのかもしれない。押し寄せる後悔が琴音の胸をしめつける。結局何も解決しなかった。それどころか悪化させた。


「俺から一つ言えるのは」


 沈黙の中笹木が静かに言う。大きな声で言っていないが、ラジオも音楽もかけていない車内でその声は響いた。


「君が望月日和を見つけ、彼女はいなくなった。あの瞬間にオニワさんになってたはずなのに、君を食わなかった。最後に残っていた理性の欠片でわざと遠くに離れたんだろう。君が隠れたり逃げたりする猶予をくれたんだ、十年前と同じように。その気持ちを汲むことだな」

「……。そっか、そうなんだ。そう、だね」


 その言葉を先ほど悩んでいた時言わなかったのは、都合よく逃げ道を作らないためだ。あくまで琴音が自分で考える時間と決断を促した。

 人は誰だって他責にする。自分は悪くない、仕方なかった、他に手段がなかった。それは自分の心を守るための防衛手段だ、何も悪い事ではない。心に負う深い傷となるような事も、世間では目を逸らさず立ち向かえという風習さえある。

 立ち向かった結果がこれだ。漫画や映画のように上手く、都合よく行かなかった。それをめそめそと泣き暮らすのは楽だ、それ以外何も考えなくていい。しかし笹木は今なら村に戻れるこのタイミングであえて決断を迫った。いや、決断をさせてくれた。


「……ありがとう」


 ぽつりとつぶやけば、笹木はそっけなく「ああ」とだけ言った。そしてラジオをつける。電波が悪くかなり聞きづらい音だが、聞くのが目的ではないと、目からあふれる涙で理解した。琴音のすすり泣く声は、ラジオによってかき消された。

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