14話
日曜日になり、春樹はカジュアルな服装に着替えると恋愛相談所に向かった。見慣れている景色のはずなのに、久しぶりだからか、春樹は相談所をグルっと見渡していた。
「そういえば、誰が来るんだろう? 聞いてなかった――まぁ、いまの俺なら誰でも対応できるだろう」
春樹はそう言って余裕の表情を浮かべる、するとインターホンが鳴った。
「はい。いま行きます」
相談所の玄関を開けると、仕事でもあったのかフォーマルな服装をした朱莉が立っていた。
「春樹君、こんにちは。来ちゃいました」
「こんにちは……」
春樹はさっきまでの余裕な表情が嘘だったかのように、目を丸くして驚いている。
「ん? どうしてそんなにビックリしてるの?」
「あ、いや……誰か聞いてなかったから」
「なるほどね。上がって良い?」
「あ、どうぞ」
二人は奥に進み、向かい合うように座る。春樹は久しぶりだからだろうか? それともあの時の青春が蘇ってきているのか? 朱莉と二人だけという状況にドキドキが止まらない様子で、何度も手の汗をズボンで拭っていた。
「お茶、貰うね」
「あ、はい。どうぞ」
朱莉はコクっとお茶を一口飲み、チラッとに春樹に視線を向ける。目と目が合って、春樹は恥ずかしかったようで、直ぐに視線を逸らした。
「ふふ……何、緊張してるの?」と、からかう様に朱莉が、机の上に置いていた春樹の腕を人差し指で突き始める。
「だって、久しぶりですし……」
朱莉は突くのをやめると、ニコッと微笑み「そうね。正直、私もドキドキしている」
「え……朱莉さんも?」
「うん」と、朱莉は返事をすると、湯呑をテーブルに置いた。
「だから、お手柔らかにね」
「あ、はい」
「今日、ここに相談しにきたのは――」
朱莉が行き成り本題に入りだすので、春樹は心を落ち着かせるためか、スッと湯呑を手に取り、ゴクッと一口飲んだ。
「気になる男性が居る事に気が付いたからなの」
春樹は傷口を何度もグリグリされている気分のようで、顔を歪める。親父め、こんな時にゴルフになんか行きやがってと言いたげであった。
「えっと……それはどんな男性なんです?」
「出会いは6年前。その人とは赤の他人だった」
6年前というと丁度、春樹が恋愛相談所を手伝っていた頃だ。春樹はそれに気付いたようでハッとした表情を浮かべる。
「知っての通り、その時は私には好きな人が居て、最初はその人の事を可愛い弟のように思っていたの」
「可愛い弟ね……というと相手は年下?」
「うん、そう。その人の事を異性として意識し出したのは、好きな人が何となく私に関心が無いんじゃないかと思い始めた時。あなたに香水をあげるちょっと前ぐらいからかな」
「そんな時があったんですね。相談してくれれば良かったのに」
朱莉はどこか悲しげな表情で微笑むと「何もかも相談なんて出来ないよ」
それを聞いた春樹は、信頼関係を築けていなかったのかとショックを受けている様で悲しげな表情をしていた。
「そうですか……」
「結局、意識はしていたけど、好きな人を選んで、振られちゃって。当分、恋愛はしたくない気持ちになって、それなのに──」
「それなのに?」
朱莉は俯くと「意識していた男の子が、優しい言葉を掛けてくれたもんだから、気持ちが揺らいでしまって……でも、そんな中途半端な気持ちでいたら申し訳ないでしょ? だから想いを断ち切ったの」
「なるほどねぇ……」
「だけどね──」
「だけど?」
朱莉は湯呑を手に取り、緊張して喉が渇いたのか、お茶をゴクゴクと口にする。湯呑を置くと、ソッと目を閉じた。
それから朱莉は、その先の言葉を躊躇っているようで、黙り込む。春樹は黙って朱莉をみつめ、様子を見ていた――数分して、朱莉の目が開く。
「えっと……ここまで話して、何か気付かない?」
「何かって?」
「えっと……誰かと重なったりしない?」
「誰かと? いや、分かりません」
朱莉は落ち着かない様子で髪を撫で、頬を赤くする。
「そうよね。じゃあハッキリ言うね」
朱莉はそう言って、顔を上げ春樹を見つめると「私……ね、駅で偶然、春樹君と出会ったあの時、涙が出そうになるぐらい嬉しくて、あなたの事をまた気になりだしたみたいなの」
「え……」
本当に自分だと思っていなかったようで、春樹は驚きのあまり言葉を失っているようだった。
「会えなかった時間が長かったからかな? 気になりだしたら止まらなくて、想いのまま恋愛相談所に電話をしていた。だから――」
「分かった」
「え……」
「そこから先は、俺の口から言わせて欲しい。だって、男性から言って欲しいだろ?」
「あ……うん」
春樹はスゥー……っと深呼吸して息を整える。緊張しているようだけど、精一杯の気持ちを伝えようとしているのか、真剣な眼差しで朱莉を見つめた。
「俺の気持ちは朱莉さんの魅力を語った時から変わらない……ずっとあなたの事を想っていました。お付き合いして下さい」
朱莉は声を漏らす事すら出来ないほど感動しているの様で、両手で口を覆い、ウルウルと目を潤わせる。上を向き、グスッと鼻をすすると、正面を向いて口から手を離した。
「はい! 喜んで……」
「良かった……」と、春樹は安堵の言葉を口にして、緊張が解けたようで、背もたれに背を預け、天井を見上げる。
今までの事を思い返しているのか、ソッと目を閉じると、そのまま動かなかった──少しして、目を開けると背もたれから背を離す。
包み込むように朱莉の白くて綺麗な手をギュッと握り、微笑みながら「朱莉さん。俺、あなたに辿り着けて、本当に幸せです」と、今の気持ちを口にした。
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