13話

 平日の夜。春樹が自室のベッドでくつろいでいると、携帯が鳴る。春樹はズボンのポケットに手を突っ込み携帯を取り出して、着信画面を確認すると「もしもし、どうした?」と電話に出た。


 電話の相手は妹が好きでと相談してきた拓哉だった。二人は恋愛相談をキッカケに、こうして連絡を取り合う仲になっていた。


「春樹、聞いてくれよ~。実は妹の事なんだけど、血が繋がってなかったんだよ」

「え!? どういう事?」

「実はさ──」


 拓哉はそれを知った経緯を話し出す──。


 ※※※


 無事に大学を卒業して就職が決まった拓哉は、結愛を向かいに実家を訪れていた。


「結愛、忘れ物はない?」と二人の母親は言って、玄関を出る。結愛は大きな旅行用のバッグを肩に掛けると「うん、大丈夫」


「結愛。荷物、俺が持つよ」

「ありがとう」


 拓哉は結愛からバッグを受け取ると肩に掛け、母親に向かって「それじゃ、行ってくる」


「いってらっしゃい。今度、帰ってくるときには孫の報告でも持ってくるんだよ」

「何を言ってるのお母さん。私とおにぃは兄妹だよ!」


 結愛の言葉を聞いて、母親はなぜかハッと驚いた表情を浮かべる。


「どうしたの?」

「えっと……言ってなかったっけ?」

「なにを?」

「あなた達、実は血が繋がってない事……」

「はぁ!?」

「お母さん、それってどういうこと!?」

「実は二人目がなかなか出来なくてね。結愛の方は他所様から譲って貰っていたの」

「まじかよ……」

「ごめんなさいね。すっかり言ったつもりでいたわ」と、母親は言って年甲斐もなく、ベッと舌を出す。


 拓哉と結愛はそれをみて、顔を見合わせて笑った。拓哉の心の中では、学生時代の悩みは一体何だったのか……と、過ぎっているかもしれない。だけどあれがあったからこそ、自分達はこうして笑いあえているんだ。そう思っているかのように清々しい笑顔をしていた。


「良かったね。おにぃ!」

「あぁ、そうだな」


 ※※※


「──という事でさ」

「良かったね」

「うん……あの時、本当に諦めなくて良かった。お前のおかげだよ、ありがとう。「


 春樹は照れくさそうに頬を掻きながら「そんなの良いって」


「それを伝えたくて電話したんだが、惚気話になっちまって、ごめんな。何か悩みがあったら言ってくれよ。俺もお前の力になりたいからさ」

「うん、ありがとう」

「じゃあ」

「うん」


 春樹は携帯をジッと見つめながら「こうして御礼の電話をしてきてくれるんだから、十分だよ」と、呟き、嬉しそうに電話を切った。


 ※※※


 次の夜。春樹が自室のベッドでくつろいでいると、携帯が鳴る。春樹はズボンのポケットに手を突っ込み携帯を取り出して、着信画面を確認すると「もしもし、どうしたんですか?」と電話に出た。


 電話の相手はイケボのクラスメイトとお近づきになりたいと相談してきた沙月だった。沙月は何か良いことがあったようで、声のトーンを高くして「突然、ごめんね。嬉しいことがあったから、あなたに伝えたくて電話しちゃった」


「いいえ、大丈夫ですよ。それで何があったんです?」

「実は──」と、沙月は嬉しかった出来事を話し出す。


 ※※※


 高校の時の出来事のおかげで、自分の声に自信を持つようになった陽音は専門学校を出て、声優になっていた。


 最初は芽が出ず苦しんでいたが、あるアニメが大ヒットしてくれたおかげで、陽音の声があっという間に知れ渡ることになった。


 そんなある日、陽音が久しぶりの休みで、一人でソファーに座りくつろいでいると、武志から電話が掛かってくる。


「なぁ、本当に同窓会に出ないのか?」

「うん、出ないよ」

「何で~」

「だってあいつ等、高校の時に陰で俺の声を馬鹿にしてたんだぜ? それが有名になったから、同窓会に来いだ? 虫が良すぎるだろ」

「まぁな……」


 陽音は立ち上がると「そういう事だから悪いな。今度、埋め合わせに武志の好きな声優さんのサイン、貰ってきてやるよ」


「まじか! ありがとう!」

「御礼を言いたいのはこっちだよ。お前と春樹のおかげで沙月と結ばれたし、こうやって声優にもなれたんだ。ありがとな」

「別に友達だから協力しただけだよ。じゃあ、また今度、遊ぼうな」

「おう」


 陽音はそう返事をして、電話を切る。すると直ぐに電話が鳴った。今度は沙月からだった。


「はい」

「あ、陽。電話が繋がらなかったけど、誰と話してたの?」

「武志と」

「同窓会の話?」


 陽音は長くなりそうだと感じたのか、ソファーに座り「うん、そう」


「それでどうするの?」

「行かないよ」

「やっぱり、そう言うと思った。──これで安心ね」

「安心?」

「陽の声、仕事なら皆のものになってしまうのは仕方ないと思う。だけど……プライベートだけは私のものであって欲しいから」

「沙月……」


 陽音は嬉しさのあまり、なかなか言葉が出てこない様子だった。少しして口を開くと「──ありがとう」と感謝の気持ちを一言、伝えた


「そこはちょっと違うな」

「え?」

「愛してる、でしょ?」

「あぁ……」


 陽音は周りに誰も居ないことを確認すると「愛してる」


「声が小さかったから、もう一回」

「愛してるよ」

「もっと感情を込めて!」

「沙月、愛してる」

「もっと!」

「もう勘弁してくれ。結婚したら、いくらでも言ってあげるから」


 陽音がそう言うと、なぜか沙月は黙り込む。俺、なんか変なこと言ったか? と陽音は思っている様で首を傾げた。


「──ずるい」

「え?」

「不意打ちなんてズルい!」

「あぁ……照れていたのか。可愛い奴め」

「もう──ズルいけど嬉しいから許す……絶対だよ」

「うん、絶対。約束するよ」


 ※※※


「──って、婚約されたの」

「羨ましいな」

「陽がね。今度、春樹君にも何かしてあげたいから、何かあったら言ってねって言ってたよ」

「そんなの良いのに……」

「気持ちだから受け取ってあげて。本人に言い辛かったら私でも良いから。それじゃ、話を聞いてくれて、ありがとう!」

「こちらこそ、教えてくれてありがとう」


 春樹はそう返事をして電話を切る。携帯をズボンのポケットにしまうと、天井をジッと見据える。


「皆、着々と前に進んでいるんだな……」

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