11話

「そんな事があってね……」と、友香は言うと、紙コップに入ったアイスティーをストローで飲む。


「なるほどねぇ」


 友香はストローから口を離すと「ねぇ、どうしてだと思う?」


「──俺が最初に感じたのは焼餅、かな?」

「え、焼餅? 蒼汰に焼餅ってあるのかしら? いつも素直だから無いような気がするけど……」

「恋愛は別なんじゃない?」

「そういうものなのかしら……」


 友香はそう言って、紙コップをジッと見つめ黙り込む──少しして口を開けると「まぁ……もう少し様子を見てみる」


 そしてスッと立ち上がると「話を聞いてくれて、ありがとう! そろそろ行くね」


「うん、また何かあったら連絡してよ」

「うん、ありがとう」


 ※※※


 それから数日経つ。あの日から二人は気まずくなったのか、お互い話さなくなった。そんなある日の帰り道、蒼汰が一人でトボトボ歩いていると、菊池が駆け寄ってきて「蒼汰、一緒に帰ろうぜ」と、話しかけてきた。


「講義は?」

「今日は全部終わった」

「ふーん……」


 そこで会話が途切れ、二人はは黙って歩き続ける。


「──なぁ、蒼汰」

「ん?」

「隣のクラスの相沢。友香ちゃんに告るってよ」

「え……相沢って相沢 祐平ゆうへい?」

「そう」


 蒼汰は同じコースを選んでいるので、祐平が女子にモテていることを知っていた。だけど「へぇ……そうなんだ」と、蒼汰は興味無さそうに返事をしていた。


「そうなんだってお前、それで良いの?」

「良いよ。俺にはもう、関係ない話だ」

「──もう、ねぇ……」


 また会話が途切れ、沈黙のまま歩き続ける──。


「勿体ねぇな……つい最近まで、羨ましいと思うぐらいに仲が良かったのに」


 蒼汰はその言葉が胸にグサッと刺さったのか、一瞬、顔を歪める。それでもなんて答えたら良いか分からないようで、黙って歩き続けていた──。


「なぁ、お前たちに何があったかは知らないけど、このまま卒業までズルズル引き摺るつもりか?」

「それは──嫌だ」と、蒼汰は呟くようにそう言って、俯いた。


「だろ? だったら直ぐに謝っちゃえよ」


 蒼汰は迷っているようで、そのまま黙って歩き続ける──だが、答えが出たようで顔を上げると「うん……そうだな。そうする! ありがとう!」

 

「気にするな」


 ※※※


「友香」


 蒼汰は校内の廊下を歩く友香を後ろから呼び止める。友香は立ち止まると後ろを振り返った。友香は気まずいのか、蒼汰の顔をみると直ぐに俯く。


「えっと……次の講義まで時間あるか?」

「うん。午後からだから」

「じゃあ、近くの喫茶店で話をしたいんだ。良いかな?」

「うん……」


 友香が前を歩き、蒼汰が後に続く──数十分ほど歩き二人は喫茶店に着くと窓際に座った。友香はまだ蒼汰の事を許せていないようで、席に着くと直ぐに窓の方へと顔を向け、不貞腐れた顔で眺め始めた。


 周りは数人程度のお客が居るだけで空いている。カチャカチャと食器の音が響くぐらい静かだった。


「まずは何か頼むか?」


 蒼汰の声は聞こえているはずなのに、友香は返事をしない。蒼汰はメニューをテーブルに置くと、「──ごめん!」と言って、頭を下げた。


「友香がイメチェンをしたあの時、あぁ言ってしまったのは、男たちが前と違った視線で友香をみているのを見て、君には変わって欲しくなかったと思ってしまったからなんだ」


 顔を上げると「本当はあの時、似合ってると思ってた! 凄く可愛いと思ってた! だけど──それで君が誰かに奪われてしまうぐらいなら、そのままで居て欲しい……そんな俺の身勝手な独占欲から、あんな言葉が出てしまったんだ……」


 蒼汰は両手のギュッと握りしめ、「もしこんな俺の事を許してくれるなら、また仲良くして欲しい」と素直な気持ちを伝えた。


 友香は外の様子が気になったのか、それとも蒼汰の顔を見たくなかったのか、更に奥へと顔を向ける──蒼汰はそれでも友香を見つめ、待ち続けた。すると友香がスッと立ち上がる。


「それなら……もっと早く言ってくれれば良かったのに」と、友香はボソッと言ってショルダーバッグを肩に掛ける。


「ごめん。用事があるからもう帰る」

「あ……ごめん」


 蒼汰は悲しげな表情を浮かべるが、友香はスタスタと、出口の方へと歩いて行ってしまった


「はぁ……もう、全てが遅かったのかな」と、蒼汰は頭を抱えていた。


 ※※※


 次の日になり、蒼汰が校内を一人で歩いていると、「おはよう……」と、友香が後ろから声を掛けた。蒼汰は友香の声だと分かったようで、直ぐに立ち止まり、後ろを振り返った。


「え──」


 蒼汰は俯き加減で目を逸らす友香の姿をみて、言葉を失っている様で、呆然と立ち尽くす。友香は昨日、イメチェンする前の姿に戻るため、帰っていったのだ。


「えっと……どうしたの?」

「どうしたの? って、あなたが元の姿が良いって言ったからじゃない」

「そりゃ、言ったけど……」


 友香は髪を撫で始め「──私はね。他の誰でもないあなたに、可愛いって言って貰いたかったからイメチェンしたの! それなのに、あんなことを言われちゃったら戻るしかないじゃない」


「そうだったんだ……何かごめん」


 友香は髪の毛から手を離すと、ゆっくり歩き出し「もういいわ。遅刻しちゃうから行きましょ」


「うん」と蒼汰は返事をして、友香と肩を並べて歩き出す。


「──ねぇ、友香」

「なに?」

「どうして行き成り、イメチェンをしようと思ったの?」


 蒼汰がそう聞くと、友香は後ろで手を組み、天井を見上げた。


「蒼汰とはアッという間に仲良くなれて、居心地よかったから、今のままでも十分だと思って過ごしていた。でも最近、気づいちゃったの」


 友香はそう言って蒼汰の方に体を傾け、「それって凄く勿体ないなって」


「勿体ない?」

「うん。だって、学校生活って人生の中でスゴーく短くて、一度きりしかないでしょ?」と友香は言って、体を正面に向け「それなのに、蒼汰と結ばれないまま過ごすのは勿体ないなぁ……なんて思っちゃった訳」


「それって……」

「うん。あなたに可愛いと言って貰えたら、好きだよって伝えたかったんだよ」

「はは……そうだったのか。それなのに、ごめん」

「だからもう良いって! それより……返事は?」

「もちろん、俺も友香の事が好きだよ。だから付き合って欲しい」

 

 蒼汰がそう返事をすると、友香は手を伸ばし──蒼汰の手をギュッと握った。


「良かった……」

「俺も……」


 お互いの気持ちを伝えあった二人は、スッキリとした表情を浮かべ、真っすぐ見据えて歩いていた。


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