10話
それから数日が経ったある日、春樹は「親父」と、コーヒーカップを片手にダイニングを歩いている康夫を呼び止めた。
「ん、どうした?」
「恋愛相談所の事だけどさ」
「あぁ」と、康夫は返事をしてコーヒーカップをテーブルに置く。
「最近、どうだ?」
「もうすっかり慣れてきた」
「そうか、そりゃ良かった」
「それでさ……」
春樹がそこから先の言葉を躊躇っていると、康夫は「どうした? ハッキリ言って良いぞ」
「うん。それでもう、女の子とも話せるようになったし、辞めたいな……て」
康夫は優しく微笑むと、春樹の髪の毛をクシャクシャにする。
「別に良いぞ」
「ありがとう!」
「いやいや、こっちこそ助かった。俺はまだ続けるつもりだから、やりたくなったら、いつでも言ってくれ」
「うん!」
春樹はスッキリした表情で、元気よく返事をしていた。こうして春樹は恋愛相談所を辞めた。それは朱莉が来なくなってから、悩みに悩んだ結果だった。
※※※
月日が流れ、梓は無事に上野君と付き合い、幸せそうな高校生活を送っていた。春樹は無事に大学に進学し、平凡な日常を送っていた。
そんなある日、春樹が一人で、ファーストフード店で食事をしていると、垢抜けた姿の友香が、後ろから「春樹君?」と声を掛けた。
春樹が後ろを振り返ると、笑顔を浮かべ「あ、やっぱり春樹君だ。久しぶりだね」
春樹は明らかに変わった友香をみて確信が持てないようで「えっと……友香さん?」と返していた。
「あったり~、よく分かったね?」
「ほくろで」
「そっか──ここの席、大丈夫?」
「大丈夫」と、春樹が返事をすると、友香は春樹の向かいに座る。
「春樹君は大学に進学だっけ?」
「そう。友香さんは進学?」
「うん。専門学校に行ってる」
「へぇー……」
友香は春樹をジーっと見つめ「変わらないね。大学デビューはしないの?」
「そのつもりはないかな」
「イケメンなのに勿体ないな」
友香は春樹を吹っ切っているようで、恥ずかしげもなくそう言った。春樹はそれを察しているのか「はは……」と、苦笑いを浮かべる。
「友香さんは随分変わったね」
「うん。どうかな?」
「似合っていると思うよ」
「でしょ?」と、友香は返事をすると、暗い表情を浮かべて俯く。
「でも正直、元に戻そうか迷ってるんだ……」
「どうして?」
「ちょっとね……」
「──恋愛関係?」
「──うん」と、友香は返事をして髪を撫で始める。
春樹は本当にそうだとは思っていなかったようで、驚きの表情を見せたが、すぐに笑顔を見せて「だったら俺が、相談に乗ってあげるよ。これでも恋愛相談所を手伝っていたんだ」
「知ってるよ。ごめんね、高校の時はいけなくて。だって──悩みの種があなただったから……」
春樹は面と向かって告白され、照れくさいようで頬を掻きながら「別に良いよ。それより、迷っていることって何かな?」
「それが」と、友香は悩みを話し始めた──。
※※※
「ねぇ、
友香は校内を歩きながら、隣を歩く蒼汰にそう聞いた。
「うん。きっと可愛いと思うよ」
「えへへ、ありがとう」
友香はそう答えながら、照れくさそうに髪を撫で始めた。蒼汰とは専門学校の初登校の日に知り合っていて、友香は飾りなく素直に自分の気持ちを伝えてくれる蒼汰に、あっという間に惹かれているようだった。
「ところで突然、どうしたの?」
「ちょっとねぇ」
──友香はそう言った切り、何も教えなかった。蒼汰は特に気にしていないようで、それ以上は何も質問しなかった。
※※※
次の日。蒼汰が講義室に入ると、友香の周りに女子が集まっていた。蒼汰はそれに気づいていないようで、キョロキョロと辺りを見渡しながら、歩き続ける。
「なぁ、菊池。友香さん、知らない?」
蒼汰は友達の菊池の隣に立つと、そう聞いた。
「あそこに居るだろ」と菊池が指さす。
「あぁ、女子が集まって見えなかった。ありがとう」
「あぁ」
蒼汰は友香の方へと向かいながら「キャッキャと楽しそうにしているが、何があったんだ?」と、呟いた。
見えるところまで移動すると、見慣れない友香の姿をみて、目を丸くして驚く。
「おいおいマジかよ……」
友香は茶色のミディアムウェーブの髪をしていて、いつもより濃いめのメイクをしている。いつもロングスカートなのに、丈の短いスカートを履いていた。あまりの変わりように、蒼汰は呆然と立ち尽くす──少しすると、蒼汰は割って入るほど勇気が無かったのか、黙って菊池の方へと歩いて行った。
※※※
講義が蒼汰は次の講義室へと移動する──席に座り次の授業の準備をしていると、友達ではない男が「山下君」と声を掛けてきた。
「なに?」
「あのさ、君。友香さんと仲良いよね? 彼氏が居るとか知ってる?」
蒼汰は明らかに嫌そうな表情を浮かべ「彼氏はいないはず」
「そう。じゃあ好きな男とかは?」
「さぁ? 知らない」
「そう……ありがとう」
男はそう言って、そそくさと自分が座っていた席へと戻っていった。
「ったく……そんなの俺に聞くなっつの!」
蒼汰は頬杖をかくと、何か考えだしたのか一点を見据える──嫌な予感が過ぎったのか、慌てて首を振っていた。
※※※
講義が終わり、蒼汰はお昼にしようと思ったのか、食堂に向かって歩いていた。
「蒼汰~」
後ろから友香の声がして、蒼汰は振り返った。友香は蒼汰の前にピタッと止まり、ニコッと微笑む。香水でも付けているのかフワッと石鹸のような良い香りが漂っていた。
「これからお昼?」
「うん」
「じゃあ私も行く!」
「お、おぅ」
二人は並んで歩き出す。こんなこと初めてではないのに、友香がイメチェンをしているせいなのか、蒼汰は緊張しているようで、ぎこちなく歩いていた。そんな状態でも蒼汰は、すれ違う男が、友香をチラチラ見ていくのが気になっているようで、チラッと視線を向けては嫌そうな顔を浮かべていた。
「ふふ」
「何がおかしいの?」
「何でもないよ! ねぇねぇ、私をみてどう思う?」と、友香はハイテンションのようで、いつもより声を大きくして、そう言った。
蒼汰は言葉を選んでいるのか、それともただ恥ずかしいだけなのか、黙ったまま歩き続け、何も答えない。
「ねぇ、恥ずかしがらずに言ってみなよ?」
友香が急かしているように感じたのか、蒼汰はイラっとしたようで、顔を強張らせて「似合わねえ……」と、呟くように答えた。
友香は「え?」と、声を漏らし、立ち止まる。蒼汰も友香に背中を向けたまま立ち止まった。
「えっと……ごめん。今なんて?」
「似合わねぇよ」
「そんな……だって昨日、きっと可愛いと思うって言ってくれたじゃん!」
確かに蒼汰はそう言った。だから返す言葉が見つからないようで、しばらく黙り込む。友香も黙って返事を待っていたが、待ち切れなかったようで「蒼汰の馬鹿!!」と、怒鳴って走り去っていった。
蒼汰はそれを黙って見送る。髪の毛をクシャクシャにすると「そりゃ……怒るよな。俺は何をやってんだ」と、後悔の言葉を口にした。
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