9話

 次の日から春樹は、友達や友達の兄弟などから上野について情報収集を始める。春樹は中学の時、梓と上野は結構、良い仲だったと聞いていた。


 それでも告白まで至らなかったのは人気者の上野を沢山の女子が狙っていて、抜け駆けは許されない暗黙のルールがあった中、梓が先に手を出し、告白したという噂が立ったからだった。


 もちろん梓はそんなことはしていなかった。それはライバルの女子が梓を蹴落とすために仕組んだ罠だったのだ。


 春樹は情報収集により、その犯人を特定する。そいつは今、梓のロッカーに何かを入れようとしている伊藤 マミ。上野の元彼女だった。


 春樹はすかさず携帯を取り出し、写真を撮る。するとマミはシャッター音に気付き、驚いた表情で春樹の方へ顔を向けた。


「そこは妹のロッカーだけど、何か用か?」

「え、あ、その……何でもないです」と、マミは言って目を泳がす。


「何でもないって、いま手紙みたいなの入れようとしたじゃないか? お前の話は聞いているぞ。上野君と付き合うために、妹を陥れたんだってな! 今度そんな事をしてみろ、ただじゃおかないぞ!」


 春樹が怒鳴り散らすようにそう言うと、マミは何も言わずに、そそくさと逃げていく。やり慣れない事をしたからか、春樹の体は微かに震えていた。


「ふー……妹のためとはいえ、よく言えたな」


 きっと恋愛相談所を手伝う前の春樹だったら、ここまで積極的に動くなんて出来なかった。春樹はこの時、自分でもビックリするぐらい、成長した事に気付いたようだった。


「さて……話によれば、上野君は妹のことが忘れられず別れたと言っていた。後は彼と妹の頑張りに期待するだけだな」


 春樹はそう呟くと、廊下を歩き出す──すると梓とすれ違った。


「おう、帰りか?」

「うん……」


 春樹は梓の返事に元気がない事に気付いたようで、心配そうに梓を見つめる。


「お兄ちゃん、さっき何かあった?」

「え?」


 まさか聞かれた? 春樹はそう思ったのか驚きの表情を見せるが、直ぐに表情を戻して「いや、何もないよ」


「そう?」

「うん。それじゃ俺は鞄を教室に取りに行ったら、帰るから」

「うん、分かった」


 お互い離れる方向へと向かって歩き出す。


「お兄ちゃん」


 梓に呼ばれ春樹は足を止めると、後ろを振り向いた。梓は俯き加減に立っている。


「なに?」

「えっと……ありがとう」


 照れ臭そうにそう言う梓が可愛らしかったのか、春樹はニコッと微笑む。どうやら梓は、しっかり春樹たちの会話を聞いていたようだ。


「うん、頑張れよ」


 春樹がそう返事をすると梓は微笑んで、コクリと頷いていた。

 

 ※※※


 その日の夕方。春樹は朱莉の予約が入っていたので、私服に着替えると相談所に向かった――相談所に到着し、数分待っているとインターホンが鳴る。


「はーい」と、春樹は返事をしながら玄関に向かう。ドアを開けると、いつも春樹をみると笑顔を浮かべる朱莉だが、今日はうつむき加減で暗い表情を浮かべて立っていた。


「どうぞ、中に入ってください」

「ありがとう」


 二人は奥へと進み、向かい合うように座る。いつもなら、どうしたんですか? と質問して始める所だが、春樹はいつもと違う雰囲気を察しているようで少し様子を見ていた。カチ……カチ……カチ……と、時を刻む音がするだけで、部屋はとても静かだ。


「――お茶、どうぞ」

「ありがとう」


 とりあえず気持ちを落ち着かせて貰うためか、春樹は飲み物を勧める。朱莉は緑茶の入った湯呑を手にすると、コクっと一口飲み、スッとテーブルの上に戻した。


「――今日ね」

「はい」

「好きだった男性に振られちゃった」

「え……何で?」

「他に好きな人が居るんだって」

「そんな……」


 朱莉は口に出した事で悲しみが溢れてしまったのか、涙を浮かべる。それだけその人の事を愛していたんだなと、春樹は感じ取ったようで、ショックで直ぐに朱莉を慰める言葉が浮かばないようだった。


 とりえあず黙ってまま、テーブルの上にあるティッシュを数枚取り出し、朱莉の前に差し出す。


「ありがとう」

「いえ……」


 朱莉は受け取ると、ティッシュを目蓋に軽く押し当て涙を拭きだした。


「私って、そんなに魅力がないのかな……やっぱり若い男の人って、年下が好きなのかな……」

「そんなこと無いです!」


 春樹は直ぐに否定する。急に春樹が大声を上げたからか、朱莉は目を見開き驚いていた。


「年下が良いかは好みなんで何とも言えませんが……朱莉さんの魅力はイッパイあります! 優しくて……気さくで……明るくて……一緒に居ると、とても元気になります! それにスタイルだって良いし、顔だって美人だと思います! だから……だから、その男の人が見る目が無かっただけです!」


 春樹は思いつくまま、朱莉の魅力を打ち上げているようだった。すると、ようやく朱莉はニコッと笑顔を見せた。


「優しいな、もう……今そんなこと言われると勘違いしちゃうぞ」

「勘違いしたって――」と、春樹が言い掛けたとき、朱莉は顔を横に振る。


「ごめんなさい。そんなことを言い出しておいて悪いけど、それ以上は聞きたくない」

 

 聞きたくない。そう言われてしまうと、これ以上は何も言えない。春樹は黙るしかなかった。

 

「春樹君。実はね」

「はい」

「今日、ここに来たのは相談が目的じゃないの」

「え……」

 

 春樹はザワザワと胸騒ぎがしているようで、悲しげな表情で朱莉を見つめる。


「今日、来たのはね。お別れに来たの」


 予想通りはしているようだったが、それ以上にショックだったようで、春樹は黙って項垂れる。


「ごめんね」

「あ、いえ……」


 寂しいけど、引き止められる様な言葉が何も浮かばない。春樹はそんな様子で、それ以上は何も言わなかった。


「それじゃ私、そろそろ行くね。少し早いけど、料金は約束の金額で払うから」

「――分かりました」


 春樹は朱莉から料金を受け取り、帰るのを黙って見送る――ポツンと一人残された部屋で、春樹は悲しみのあまり頬を濡らしていた。


「俺……こんなにも朱莉さんの事を好きになっていたんだな」


 春樹はこの日、二度目の失恋を経験した。


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