8話

 春樹がプールで、友香に聞きたくなかったと言われてから数週間が経つ。友香はプールに通う事を辞めてしまったのか、春樹と会うことは一度も無かった。


 春樹はそれが気になっているようで、何度か図書館に行こうとは思っているようだったが、今日も意気地がなくて引き返していた。


「こんな調子で恋愛相談なんて受けていて大丈夫か?」


 春樹はそう呟きながら、恋愛相談所の椅子に座り携帯を触っていた。すると突然――ドンッ! と、勢いよくドアが開き、「お兄ちゃん、いる~?」と、梓が入ってくる。


「何だ、梓かよ……ビックリさせやがって! お前なぁ……ノックぐらいしろよ。お客さんが居たら、どうするんだ?」

「大丈夫。お父さんから、この時間帯にお客は居ないから、お茶を渡してきてって頼まれたから、知ってる」

「だからってビックリするだろうが」

「何で? エッチなゲームでもしていたの?」

「するか! まったく……」

「はい、お茶」と、梓は冷静にペットボトルが入ったビニール袋を差し出す。春樹は受け取ると、「ありがとう」


「どう致しまして」

 

 梓はそう言って、春樹の向かいにある椅子に座る。


「おい」

「何か?」

「そこはお客さんの椅子だぞ」

「別に今は誰も居ないから良いじゃない。少し休ませて~」

「仕方ないな。一時間したらお客さん来るから、それまでに帰るんだぞ」

「は~い」


 梓は軽く返事をして、携帯を触りだす。春樹はここに居たって暇なんだし、家に帰って休めばいいのにと思っているのか、どこか不満げだった。


「お茶、いるか?」

「いらなーい。もう貰ったし」

「ちゃっかりしてるな」

「――ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「調子はどうなの?」

「まぁ……良い方だと思うぞ」

「ふーん……調子良いんだ。悩みがあったら聞いてあげようと思ったのに」

「え、本当か?」


 春樹は友香の事を聞こうと思っているのか、そう言って黙り込む。


「うん、私が答えられる範囲ならね。セクハラ発言はやめてね」

「しねぇよ。ちょっと聞きたい事があるんけど、実は――」と、春樹は名前を出さずに、友香とあった出来事を説明する。梓はその間、何も言わずに黙って聞いていた。

 

「なるほどねぇ……お兄ちゃん、青春してるねぇー」

「からかうな。それで、いまこのタイミングで、聞きたくなかったって、どういう意味なんだろ?」

「参考までに聞いてね。結論から言うと、きっとその人はお兄ちゃんの事を好きだったんだよ」

「え……まさか、そんなこと無いだろ」


 春樹が冗談っぽくそう言うと、梓は真剣な表情を浮かべる。


「最近のお兄ちゃんの噂、聞いているよ。随分、人気があるよね。もしさ、お兄ちゃんが好きだった相手が、手が出せないほどの人気者だと知ったら、どうする? それでも突き進んで告白する?」


 春樹は腕を組んで考え始める──。


「いや、しないかもしれない」

「それが答えじゃないかな? きっとその人、お兄ちゃんが好きだけど、人気者だから諦め掛けていたんだと思う。そこに優しい言葉を言われたから、苦しくなってそう言ったんだと思うよ」

「あ……なるほど。だったらこれ以上――」

「うん。その人の事を思うなら、お兄ちゃんからは触れない方が良いと思う」

「分かった。――お前、凄いな」

「凄くなんてないよ。私、その人の気持ちが痛いほど、よく分かるだけ」

 

 梓はそうボソッと呟く。春樹はその言葉が意味深に感じたのか、心配そうに眉を顰め、梓を見つめていた。


「なぁ、梓。お前は好きな人って居るのか?」

「え?」

「俺の話、聞いてくれたから、今度は俺が聞いてあげるよ」


 梓は俯きながら「私は……別に……」


 梓のサッパリした性格からして、居ない時はハッキリ言う。それを知っている春樹は

 歯切れが悪いことに疑問を抱いたようで「上野君、別れたみたいだぞ」


「え!? 何でそれを知っているの?」

「何だ、知っていたのか。お前の友達が、話をしているのが耳に入って」

「そう……でも、今さら関係ないよ」と、梓は小声でそう言って、携帯をスカートにしまう。


 スッと立ち上がると「私、そろそろ行くね! じゃあ頑張ってね」


「あぁ」


 梓は春樹の返事を聞くと、それ以上何も聞かれたくなかったのか、そそくさと部屋を出ていった。


 春樹は梓を黙って見送ると「友香さんの気持ちが痛いほど、良く分かるね……結局まだ好きなんじゃないか」


 そして腕を組むと「兄としてどうにかしてやりたいな……」と呟いた。

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