【好きな女の子の絵を描いていたら、幼馴染の体を描くことになりました】

 次の日の夕方、将太は約束通り優奈の部屋に来ていた。中学になってから入った事がないからか、妙に落ち着かない様子で、頬を掻いたり髪を撫でたりしていた。


 優奈の部屋は白を基調にサッパリしているが、所々にファンシーグッズが飾られていて女の子らしい部屋だった。それに部屋の中が、石鹸のような良い匂いが漂っていた。


「優奈、香水を付けてる?」

「うぅん、今は付けて無いよ。アロマキャンドルを焚いたから、その匂いじゃないかな?」

「あぁ、それか」

「臭い?」

「いや、むしろ良い匂い」


 優奈は嬉しそうにニコッと微笑むと「変態」


「え、何でだよ」

「さて。それで、制服が良いのは分かったけど、体のラインが分かるように、上は脱いだ方が良いの?」


 無意識なのだろうが、将太はまったく……何でそっち系じゃないと言っておきながら、健全な男子を煽るような言い方をするんだ。と、言いたそうに困った表情を浮かべていた。

「えっと……上はブレザーのままで良いよ。姿勢は座っている所を描きたいから、座ってくれる?」

「分かった」


 優奈は木の椅子に座ると、ドアの前に立っている将太の方に体を向け「向きは? 正面にする?」


 将太は迷っているようで黙り込む。口を開けると、さすがに正面は恥ずかしかったようで、「いや、横から描く。えっと……椅子、もう一つない?」


「ないよ。ベッドに座って良いから、そこで描きなよ」

「え、良いの」


 優奈はクスッと笑うと「良いよ別に。何をそんなに気にしているの?」


「いや、別に……」

「じゃあ、そんなところで立ってないでこっちにおいで。昔みたいに楽にして貰って良いんだから」

「分かった」


 将太は前に進み、ゆっくりベッドに腰掛けた。彼氏でもないのに、本当に良いのだろうか? そう思っているのか首を傾げていた。


「じゃあ早速、描く?」

「うん、長居したら申し訳ないし」

「家なんてほとんど隣なんだし、気にしなくて良いのに……まぁいいわ。横を向くね」

「うん」

 

 将太は黒いリュックから、ノートや筆記用具を取り出し、描く準備をすると、絵を描き始める――優菜は整った顔に、くっきり二重。それにクルッと長いまつ毛が特徴的で、可愛い顔をしている。


 性格だってハキハキしている所が、たまにネックになるけど、基本は気さくで優しいから男子に人気だった。

 

「ねぇ、将太」

「なに?」

「答えたく無ければ答えなくて良いけど、聞きたい事があるの」

「どうぞ」


 ――優奈はその先を躊躇っているのか、どうぞと言ったのに口を開かず黙り込む。将太は黙って優奈の横顔を描き続けた――。


「あのさ……何で美香さんなの?」

「何でって……」


 将太はその質問に言葉を詰まらせる。将太は入学してから一年経つのに、同じクラスでありながら、美香と話したことはなかった。それでも好きということは、クラスの中で一番、顔が好みだったのかもしれない。


「私さ、彼女の噂を聞いたことあるんだよね」

「噂?」

「うん。その……性格が悪いってさ」


 将太もその噂を知っていた。だけどそんなの無視している様子だった。


「噂は噂だろ。付き合ってみなきゃ、その人の事なんて分からないだろ」

「――うん、そうだね。何かごめん」

「いや、大丈夫だけど……」


 それからしばらく気まずい空気が流れる。それでも将太は黙々と描き続けた――。


「ねぇ? もう一つ聞いて良い?」

「どうぞ」

「もし……絵が上手く描けるようになったら、美香さんに告白するの?」

「え?」


 将太はそこまでは考えていなかった様子で、黙ったまま固まる。少しして出した答えは「これは自己満足で描いているだけだから」


「そう……私はして欲しいかな」

「え? 何で?」

「――ごめん、間違えた。私ならして欲しいかな」

「あぁ……そういうこと。そうだな、せっかく協力して貰っているんだから、考えておくよ」

「うん」

 

 ――一時間ほどが経過し、外はすっかり暗くなる。将太は片付けながら「こんな時間までごめん。そろそろ帰るわ」


「え、夕飯を食べていけば良いのに。お母さんも良いって言ってたよ」

「いや、さすがにそれは申し訳ないから」

「そう? 気にしなくても良いのに」


 将太はベッドから立ち上がると「ありがとう。御礼のことだけど、ごめん。思い付かなくて、何が良いかな?」


「え、御礼なんていらないよ」

「そういう訳にはいかないだろ」

「え~、じゃあ何にしようかな」


 優奈はそう言って、口元に指を当てて考える仕草をする――何かを思いついたのか、胸の前でパンッと優しく手を合わせる。


「そうだ。将太が完成させた絵が欲しい!」

「え、そんなので良いの?」


 優奈は可愛らしく頬を膨らませる。


「そんなのって言わないで。それが良いの」

「分かった。じゃあ頑張って完成させるよ」

「うん、楽しみにしてる! 明日も来るでしょ?」

「あぁ、優奈が大丈夫なら」

「大丈夫だよ」

「じゃあ、明日もお邪魔します」

「うん」


 将太は優菜の家から出ると「俺の絵が欲しいか。気を遣ってくれているんだな。本当、優しい奴だ」と呟いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る