4話

 水曜日の夕方を運動の日と決めた春樹は、自転車に乗って近くにある市民プールに向かった――数分掛けて到着すると、受付でお金を払って更衣室に入る。


「さて、今日はどのぐらい運動しようかな……」と、呟きながら着替え、シャワーを浴びると室内プールへと向かった――。

 

 プール内は平日の夕方だからか、人はチラホラいる程度で少ない方だった。春樹がプールサイドを歩きながら、辺りを見渡していると、正面から黒の水泳帽にネイビーの競泳水着を着た女性が歩いてくる。


「え……」


 帽子で髪の毛が隠れ、眼鏡を外しているから、いまいち分かりにくいが、特徴の左目の下にあるホクロで、春樹は友香だと気付いたようだ。


 友香はプールの方を見ていて、春樹に気付いていない。春樹は歩く速度をゆっくりにして、声を掛けようか迷っている様子だったが、そのまま歩き続け「――友香さん?」と、声を掛けた。

 

 友香は驚いたようで、サッと春樹の方に顔を向ける。視力が悪いからか、いまいち春樹の顔が分かっていないようで、目を細めてジッと見ていた。


「えっと、春樹君だよね?」

「うん、そうだよ。こんにちは」

「こんにちは。驚いた、春樹君もこのプールに通っていたんだね」

「通っているというか、今日から通い始めようかと思って来たんだ」

「へぇ……そうなんだ」


 春樹は友香のスレンダーの体をみて、目のやり場に困ったようで、目を泳がせている。春樹がチラッと友香の顔を見ると、友香さんは恥ずかしそうに俯き「えっと……あんまり見ないでね。恥ずかしいから」


「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」

「うん、分かってる」

「えっと……俺の体もあまり見ないでね」

「え?」

「あ。その……お腹が出ていて恥ずかしいから」

「あぁ……」


 友香は納得するようにそう言って、春樹のお腹を見るとニヤァっと微笑む。図書館で話した時とは印象が違い、表情をコロコロ変える友香を見て、春樹は少し驚いているようだった。


「なるほどねー。それじゃ頑張ってね」

「あ、うん。ありがとう」


 友香は春樹の返事を聞くと手を振り、遠泳専用コースの方へと歩いて行った。春樹は久しぶりだからか、遊泳専用コースに向かって歩いて行った。


 ※※※


 春樹は30分経つと、体を温めるために採暖室へと向かう――木材のベンチがL字になるように配置されているので、とりあえず縦になっているベンチの端に座った。


「ふー……」


 程よい温度が気持ち良かったのか、春樹は座るなり、そう声を漏らした。春樹が採暖室の壁を見つめ、くつろいでいると、友香が入ってくる。友香は黙って、横向きになっているベンチの奥へと座った。


 上半身裸という事もあるのか、女子と二人っきりという状態に春樹は落ち着かないようで、上を見たり……下を見たり……と繰り返していた。


「――調子はどう?」と、友香が正面を向いたまま話しかける。


「ダメだった……昔はもっと泳げていたからショックでさ」


 友香はクスッと笑うと、「小学校の時はリレーに選ばれるぐらいクロールが速かったもんね」


「そうなんだよ」

「でも、久しぶりなら誰だってそんなものよ? 焦らず続ければ、きっと昔以上に泳げるようになるって」

「ありがとう。ところで友香さんは、ずいぶん長く泳いでいたけど、ここに通ってるの?」

「うん」

「へぇ……そんなに泳げるなら水泳部に入れば良かったのに」


 春樹がそういった瞬間、友香の表情が少し強張る。

 

「私、団体で何かをやるのが苦手なの」

「あ、そうなんだね。――俺もそう。だから水泳部に入ったのに、直ぐに辞めちゃった」と、春樹が話すと、友香はニコッと笑顔を見せた。


「そうだったんだ。一緒だね」

「うん」


 友香がスッと立ち上がる。


「それじゃ私、そろそろ戻るね。春樹君もまだ続けるの?」

「あ、いや。俺はやめて帰るよ」

「うん。久しぶりなら、無理せずそうした方がいいかもね。それじゃ、またね」

「うん、また」


 友香は春樹の返事を聞くと、そのまま採暖室の出入口に向かって歩き出す。


「またね……か」


 春樹は彼女の背中を見送り、そう呟いた。

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