3話
春樹は自室のベッドに横になり、考え事をしているようで天井をジッと見据えていた。
「運動か……やっぱり中学までやっていた水泳が一番だよな」と、春樹は呟いて、上半身を起こし「──そういや、転校していった夏海さん今頃どうしてるだろ」
昔を振り返り始めたようで、壁をジッと見つめたまま動かなかった。
※※※
窓を開けても蒸し暑い季節。外では忙しなく蝉の声が鳴いている。
春樹はそんな中、後ろの入口から教室に入って直ぐ近くにある自分の席に座って、図書館で借りてきた本を読んでいた。
「よぅ、チビオタ。またお前、本を読んでるのかよ」
教室の入口の方から
担任の先生が入ってきて「おーい、朝の会を始めるぞ。席に着け」
「ちッ」
太はあからさまに舌打ちをして、自分の席の方へと歩いて行った。中学に入ってから一年ほど経った頃、あいつはなぜか春樹に絡んでくるようになった。当時、確かに春樹は他のクラスメイトと比べて背が低いし、人と関わるのが苦手だから明るくはなかった。春樹が通学鞄に本をしまうと、日直の号令で朝の会が始まる――。
「えー……最後に連絡事項だ。知っての通り、建設中だったプールが完成し、今日の体育の授業から入っている訳だが、くれぐれも怪我のない様に、先生の言う事を聞くんだぞ。以上」
日直の号令で朝の会が終わり、担任が教室を出ていく。すると教室内がガヤガヤと賑やかになった。
「女子の水着姿、楽しみだな」
「そうだな。このクラスの女子、可愛い子が多いもんな」
前の席に座っているクラスメイトの男子の会話が聞こえたのか、春樹は斜め前に座る藤崎 夏海の方に視線を向けた。サラサラの黒髪ポニーテールに、整った顔立ち、そして切れ長の目。ちょっぴり気が強そうに見えるけど、笑窪ができる可愛らしい笑顔の女の子で、春樹はこの時、夏海に好意を寄せているようだった。
※※※
3時間目が終わると、春樹はプールバッグを持って立ち上がった。
「よぅ、チビオタ。プールの授業で競争するような事があったら、俺とやろうぜ。もし溺れるような事があったら助けてやるからよ」
そんなことがある訳がない。余計な御世話だ。そう言いたげな表情を浮かべていても、春樹は「別に構わないけど」と返した。
「約束だからな」
太はそう言うと、一足先に教室を出ていった。春樹は一緒に行くのが嫌なので少し待ってから更衣室へと向かった――。
更衣室に着くと何人かがまだ着替えていた。春樹は裸になるのが恥ずかしいのか、周りの様子を見ながら白いTシャツを脱いだ。すると視線を感じたのか、そちらに目を向けた。数人の生徒がポケェー……と、春樹を見ている。
春樹は自分の体に何かが付いていると思ったようで、しきりに確かめてみるものの何も付いていなかった。春樹がもう一度、クラスメイトの方に視線を向けた時には、クラスメイトはもう、春樹の所は見ていなかった。春樹は首を傾げると、黙って着替えを続けた――。
春樹がプールサイドに向かうと、クラスメイトが仲の良いもの同士集まって、会話をしていた。春樹は周りを気にしていないふりをしながらも、チラッ、チラッと視線を動かしていた。春樹はお目当ての夏海を見つけたようで、立ち止まる。――少しして、さすがに色々ヤバいと思ったのか、直ぐに視線をズラした。
授業開始のチャイムが鳴り、男子教師が近づいて来て、「おーい、集まってるか。出席取るぞ」と、言うと立ち止まる。
「――よし、全員いるな。今日は初日ということで軽く泳ぎの練習をした後、タイムを計るから、二人一組になって25メートルを泳いでくれ。別にクロールじゃなくて良いぞ。自分が一番、自信のある泳ぎ方で良いからな。では体操から始めるぞ」
体育教師はそう言って準備体操を始めた――。
「チビオタ」
春樹の隣から太が声を掛けると、春樹は嫌そうな表情で顔を向け「分かっているよ」と、準備体操をしながら返事をした。
※※※
順調に授業が進み、タイム測定が始まる――泳げる人、泳げない人。飛び込みが出来る人、出来ない人。クロールに平泳ぎ、さすがにバタフライは居ないけど、背泳ぎで泳ぐ人もいた。
春樹は夏海を注目しているようで、飛び込み台に立つ彼女をジッと見つめていた。体育教師の笛が鳴り、夏海がプールに飛び込む。水飛沫が少なく綺麗な入り方をしていた。フォームも綺麗で他の女子より速いことが分かる。
「チビオタ」
春樹は見入っていたのに邪魔されて腹が立ったのか、睨みつけるかのように太を見る。
「なに?」
「俺達は最後の方な」
「──分かった」
次々とクラスメイトが泳ぎ終わり、残り二組ほどになる。
「そろそろ行こうぜ」と、太は言って歩き出し、春樹は「分かった」と返事をして後ろを歩きだした。
前の組が終わり、春樹たちの番になる。春樹は飛び込み台に立ったが、太は飛び込み台に立たずにプールの中に居た。
「勝てないからって、俺の邪魔するなよ」
「ふ……」
春樹はもう勝ったと思っているようで、太のセリフを聞いて鼻で笑う――体育教師の笛が鳴り、春樹は膝を使って全力で飛び込み台を蹴り込む。春樹は綺麗な入水をして、クロールで泳ぎ続けた。あっという間に太と半分以上の差をつけ難なくゴールをした。
――春樹がプールから上がると、クラスメイトはチラチラと春樹の方を見ながらヒソヒソと話をしていた。
「おい、凄いな。こりゃ学年上位のタイムじゃないか」と体育教師が言うと、春樹は嬉しそうな笑顔を浮かべ教師に近づき、ノートを覗きこむ。
「春樹君」
後ろから夏海が話しかけ、春樹は後ろを振り向く。
「いま見ていたけど、息継ぎしてた?」
「うん、一回だけ」
「分からなかった。綺麗な息継ぎだね」と、夏海は興奮している様子で少し早口でそう言った。
「凄いね……それに凄い筋肉」
「いや、大したことないから……」
夏海はニコッと微笑むと「そんなことないよ」と言いながら、春樹の体をマジマジ見つめる。
「ちょっと触ってみて良い?」
「え!?」
「駄目?」
「いや、大丈夫だけど……」
「じゃあ、腕を触るね」
夏海はそう言って春樹の右腕を触りだす。
「すごいパンパン……」と、夏海はハートでも付きそうな言い方をし、ご満悦のようで嬉しそうな表情を浮かべていた。春樹は緊張しているようで、無表情のまま固まり、必死に夏海の方を見ないようにしているようだった。
「へぇ……腹筋も凄いね」と、筋肉フェチなのか、夏海はお腹の方も優しく撫で始め、「春樹君はスイミングスクールか何か通っているの?」
「うん。昔は体が弱かったから、幼稚園の頃からずっと通ってる」
「だからか」
夏海はそう答えると、春樹のお腹から手を離す。
「私も、小学校の頃からだけど通ってた」
「あぁ……だからフォームが綺麗だったのか」
「ありがとう。でも、もっと速く泳げたらな~って思ってる。だからその……今度、私の駄目な所、教えてくれないかな?」
「あ、うん。分かった」
春樹がそう返事をすると、体育教師が「最後の組が終わったから、集まれ~」
「行こ」
「うん」
※※※
この日から太は春樹の事をチビオタと言わなくなり、敵わないと感じたのか大人しくなった。春樹は水泳の授業の空き時間、夏海にアドバイスをするようになったが、夏海は仲良くなる前に転校してしまった。
「夏海さんが転校しなければ、付き合っていたのかな? ──まぁ、そんな事を考えていたって仕方ないか」
春樹はそう呟き、ベッドから立ち上がると、クローゼットを開く。
「さーて……水着、水着」と、春樹は独り言を言って水着を探し始めた。
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