【美人の幼馴染は表情豊かではないけれど、SNSでは感情を剥き出しにして僕にデレてくる】

 真奈美が学校に来なくなってから、3日経つ。その間、SNSの書き込みもなかった。拓真は心配して授業に集中が出来ていない様子で、真奈美の席を見つめていた。


 授業が終わると、拓真は直ぐに人気のない階段の踊り場へと移動した。ズボンから携帯電話を取り出すと、真奈美の家に電話をかけた。


 真奈美のお母さんとは何度か話したことがある拓真だが電話は苦手のようで緊張した面持ちで電話に出るのを待っていた。


「なかなか出ない……」と、拓真が電話を切ろうとした瞬間、「はい、古田です」と、真奈美の母親が電話に出る。


「あ、もしもし。わたくし真奈美さんのクラスメイトの高橋と申しますが」

「あぁ、拓真君?」

「はい」

「ごめんなさい。真奈美だけどいま、電話に出られないの」

「何かあったんですか?」


 拓真がそう言うと、真奈美の母親は言葉を詰まらせる。


「――実はね。真奈美、病気が再発しちゃって明後日手術なの。だから準備をしようと今、私だけ戻ってきたところなのよ」

「え……」


 拓真はそれを聞いて頭が真っ白になってしまったようで、言葉を失う。


「だから、ごめんなさいね」

「あ、いえ……」

「それじゃ、切るね」

「あ、ちょっと待ってください。念のため病院名を教えて頂けますか?」

「――うん、いいわよ」

「ありがとうございます」


 拓真は病院の名前を聞くと、携帯のアプリを使ってメモをした。


「あと、すみません。厚かましいお願いですが、手術が終わったら連絡いただけますか?」

「分かった」

「よろしくお願いします」

「はい」


 そこで電話が切れる。拓真は携帯をズボンにしまうと、俯き加減で教室に向かって歩き出した。


「あ……しまった。何時から手術なんだ?」


 拓真は立ち止まり、ズボンのポケットに手を入れるが、何か考え事をしているのか固まったまま動かなかった。──少しして、何もせずにポケットから手を出すと、また歩き出した。


「とりあえず動くのは、行くかどうか決めてからだな」


 ※※※


 授業が全て終わり、続々とクラスメイトが帰っていく。拓真は自分の席で携帯を取り出し、SNSを開いて真奈美の書き込みを覗きに行った。


『彼氏にバレてしまった』

 

 真奈美は母親から電話があったことを聞いて、そう一言だけ書き込みをしていた。


「バレてしまったという事は、僕には隠しておきたかったんだね。はぁ……」


 拓真はショックを隠せず大きく溜息をつくと、立ち上がり『彼女の所に行くか迷ってる』

 と、書き込みをした。携帯をズボンにしまうと、リュックを手に取り背負う。


「さて……真奈美はどう出るかな」

 

 ※※※


 拓真は家に着くと、自分の部屋に行き、すぐにSNSを開く。


『私と幼馴染は、中学の時は別のクラスだった。同じ学校に居るのに、クラスが違うだけで、なぜか全くの他人になってしまったようで、とても寂しかった』


 拓真は一番、最初にある書き込みを読んで、真奈美が何を伝えたいのか良く分かっていない様子で、「どういうことだ?」と、首を傾げる。


「まぁ、続きを読めば分かるか」


『だから廊下ですれ違った時とか、何度か声を掛けようと思った。でも臆病な私は何もすることが出来なかった。それでも、どうにか関わりと思って高校の入学式に合わせて親に無理言って、携帯を買ってもらったの』


『私がなぜ、幼馴染との連絡手段にメールや電話ではなく、SNSを選んだのか。それはSNSなら本音を語れると思ったから』


『私はいま、入院している。明後日は手術。だから怖くて今すぐにでも彼に会いたい。でも、それは私の我儘……それに駄目だったらと考えると、来て欲しいなんて、とても言えない』


 そこで書き込みは途切れている。


「何だよこれ……これじゃまるで、駄目みたいじゃないか」


 拓真は悲しみが込み上げて来たようで、涙で頬を濡らす。


「それに……そんな言い方、ズルいよ」


 ※※※


「それで、俺のところに来たんですね」

「はい」

 春樹はペットボトルのお茶を一口飲むと、テーブルに置く。


「ごめんなさい。俺から言えるのは、そこは我儘になって、自分の気持ちを大切に突き進んでくださいとしか……」

「ですよね……考えたら恋愛相談じゃないのに、ありがとうございました」と、拓真は返事をして立ち上がる。


「あ、いえ。お力になれなくて、すみません」


 拓真は会釈をすると通学鞄を手に取り、春樹に背を向けた。


 ※※※


 次の日の朝。拓真はいつも通り制服に着替えて、電車に乗り込んだ。この時間帯はいつも混んでいて席が埋まっている。拓真は真奈美のことを考えているのか、出入口側の窓から外をジッと見つめて立っていた。


 真奈美の母親から拓真に連絡はまだ来ていない。拓真は電車に乗る前にSNSを開いたけど、真奈美の書き込みは更新されていなかった。

 

「はぁ……僕はいったい、どうしたら良いんだ」


 その様子は真奈美の優しさが、優柔不断の拓真を困らせているようだった。学校がある2つ手前の駅に到着し、ゾロゾロと人が降りていく。拓真は直ぐに移動し、空いた席に座った。背負っていたリュックを前側に移動し、両手で抱える。


 そのとき、真奈美から貰ったカレンさんストラップがコツンっと手の甲に当たった。拓真は何か考え事を始めたのかストラップをジッと見つめる。


「真奈美……どうして形に残る物が良いなって言ったんだろ?」


 きっとそれは、もし自分がこの世を去ることになっても、拓真と一緒に居たい。ずっと見守っていたい。そんな切なる想いから来たのだろう。


 ──拓真はそれが分かったのか、急に立ち上がると、ドアの前に立つ。電車が止まると直ぐに走り出した。


 「僕はいったい、何をやっているんだ! 彼女の優しさに甘えるな! 僕が彼女を守らなきゃいけない立場だろ!」


 

 ※※※


 拓真はバスに乗ると、カレンさんストラップをギュっと握り、「いま行くからな真奈美」と呟いた。真奈美の居る病院に到着すると、拓真は直ぐに総合案内に向かった。病室を聞くがプライバシーの関係上、教えては貰えなかった。


 とりあえず拓真は、一階の待合室に向かった――ソファーに座り、ズボンから携帯を取り出す。SNSを開くと、こう書き込みをした。


『頑張れ。直ぐ側に居るからな』


 すぐに携帯をズボンにしまい、両手を合わせて祈るように額に当てるとソッと目を閉じた――数時間待っていると、携帯が鳴る。相手は真奈美の母親からだった。


「――はい」

「あ、拓真君」

「はい、拓真です」

「娘の手術だけど、無事に終わったわ。心配掛けたわね」


 それを聞いた拓真はホッと胸を撫で下ろしたようでソファーの背もたれに背中を預ける。


「いえ……良かったです。ご連絡ありがとうございました」

「いーえー。休みの日にでも、会ってあげてね。病室は303号室だから」

「分かりました」


 拓真はそう返事をすると、電話が切れる。

 

「今すぐにでも会いたいけど、とりあえず今日は帰るか」と拓真は言って、スッと立ち上がると、病院の出口へと向かった。


 ※※※


 日曜日になり、拓真は『今から行く』と、SNSで書き込みをして、病院へと向かった。

 その前は、真奈美にゆっくり休んで欲しかったのか、何も書き込みはしていなかった。


 ――病室に到着し、真奈美が居る事を確認すると中に入る。中には真奈美以外に誰も居なくて、真奈美は窓の外を眺めていた。真奈美は誰かが来たと気づいたようで、顔を拓真の方へと向ける。


「久しぶり」


 真奈美は第一声にそう言った。拓真は近くの丸椅子に座ると、まず最初に真奈美のオデコを人指し指で軽く突いた。


「なに?」

「何でもない。具合の方、大丈夫?」

「うん。明日には退院するよ」

「良かった」


 そこで会話が途切れる。拓真は真奈美に会ったら何を話そうかと考えているようだったが、実際に会って、どこまで踏み込んで良いのか分からなくなったのか黙り込んでいた。


「拓真」

「なに?」

「その……ずっと側に居てくれて、ありがとう」

  

 真奈美は照れ臭そうに俯きながら、そう言った。その様子からきっと、手術の日の事も含んでいる。


「もっと近くに寄って」


 拓真は椅子を引き摺って、椅子を寄せた。真奈美もベッドから落ちそうなぐらいに体を寄せる。


「顔を突き出して」

「――こう?」

「そう。そのまま目を閉じて」


 拓真は言われた通り、ソッと目を閉じた。すると真奈美は拓真の顔に自分の顔を近づけ、頬に優しくキスをする。


「目を開けて良いよ」


 拓真が目を開けると、真奈美は頬を赤く染め、髪の毛を撫でていた。


「もう後悔はしたくないから」

「なるほどね」

「拓真」

「ん?」

「――やっぱり、何でもない」

「何だよ」

「内緒」


 ――拓真は数時間、真奈美と会話を楽しんでから病室を出た。帰りのバスの中でSNSを開くと、久しぶりに真奈美の書き込みが更新されていた。


『後悔したくないって言っておきながら、大好きって、面と向かって伝えられなかった。私はやっぱり臆病だ。次こそは頑張るぞ』


 また絵文字を沢山使った真奈美の書き込みが見られて、拓真は凄く嬉しそう笑顔を浮かべていた。


『焦らなくて良い。ずっと待ってる』

 

 拓真はそう書き込むと、携帯をズボンにしまった。


「さて、今度はどんな感じでデレてくるかな」


 拓真は幸せそうな表情で、ソッと目を閉じた。

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