第6話 軟弱者と卑怯者

 私が一度、鑑を降りた時、私は日本の情報とセイラさんの情報を探る事で、ジャーナリストとして華々しく世に出ようと考えていたのでした。あまり一つの勢力、ましてや軍隊に深く関わるとジャーナリストとしては活動の幅が狭まります。私はそれを恐れ、頃合いをみてホワイトベースを降りたのです。セイラさんがモビルスーツの操縦に興味を持っていた事は知っていました。ですのでガンキャノンの操縦はセイラさんや他の誰か出来るだろうと思っていました。自分が出来る事なら誰でも出来るだろうと。

 ちょうどその時、ジオンのスパイであるミハルと出会ったのです。

 正直、将来ジャーナリストを目指していた私がスパイであるミハルと出会った時は、なんという幸運だろうと感じました。ジャーナリストとスパイの違いとは結局の所、情報を売る相手の違いに過ぎないからです。勿論、私は連邦の軍艦から出てきたわけですから、当然、誰かが接触してくるだろうと予測はしていました。しかしあんなに早くミハルと出会うとは思っていませんでしたし、連邦側の妨害工作も殆どなかった事にも驚きました。連邦の情報戦の怠慢を見て、おそらく地球の政治勢力は宇宙からきた人間がどうなっても殆ど気にかけていないのでは無いかと思いました。それを見て私は、安心してミハルにホワイトベースの情報を送ったのです。

 一度補給を終え、修理も行なったホワイトベースがそう簡単にジオンにやられるとは思っていませんでした。したがって、流失した情報が大きく戦局を変えなければ、スパイは往々にして、うまく立ち回れば双方の敵対する勢力からも漁夫に利が得られるものです。私は旧世紀の一生分をそうやって生きてきましたから、この程度の事は慣れたものだと思っていました。

 しかし私は忘れていたのです。私は田原総一郎であると当時にカイ・シデンであった事を。普通の人間二人分の人生経験があるとは言っても、片方は老人、片方は少年。そして身体は17歳のままでした。私はミハルに個人的な思いを寄せ、彼女を守ってやろうと考えたのです。合計100年余りの人生経験に17歳の身体があればなぜそれくらいの事ができないであろうか。私のような生来の軟弱者がそう思い上がりをしたのです。

 その後の顛末は後で皆に話した通りです。あの時代、全人類の人口の半分が死んでいった時代、戦争が日常であった時代。それは私が幼少の頃経験した日本の様でした。いつ終わるともしれない戦争と100年以上の記憶の中で私は人の人生を俯瞰してみる癖の様な物を身につけていたのです。しかしそれはより普遍的な視点を持つ事ではありませんでした。それはただ単に目の前の現実から逃れたい、ただ現実を直視したくないだけの卑怯者の視点でしかありませんでした。その事を100年以上生きた私の人生に分からせてくれたのはカイ・シデンという17歳の若者と、幼い兄弟を抱え、スパイになっても兄弟を養おうとするミハル・ラトキエでした。

 私はあの経験から自分の人生をこう考えたのです。私は軟弱者であり続けよう。思い上がりで誰かを救えると勘違いする様な人間ではなく、自分の本来の姿として生きて行こうと。その代わり、卑怯者である事だけは二度としてはならないと。私は自分が強くなり、力を持ち、全てが見通せると思い上がったのです。100年以上の人生経験があり、17歳の少年の意識に転生をする事ができたとしても、私が解るのは90を過ぎて転生をして17歳の少年の意識に同化した特殊な自分の人生だけであって、本当の人間のあり方を知るためには、前世で私が若い時にしてきたように、人間社会の中で取っ組み合いをしなければならないのであると。ようやくその事に気がついたのです。

 ですから私はジャミトフやシロッコにも嘗ての私によく似た、思い上がった危険性を感じたのですが、常に自分の在り方に悩み、過去を悔いるシャアには希望が持てました。それがああいう結果になった事は非常に残念でなりません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る