その六 ピストルの背中
その四角い囲みからは今にも希望が溢れんばかり。
嗚呼卒業アルバムの中の自分の個人写真から思わず目を逸らしてしまいます。
野狐禅の『ぐるぐる』の歌詞。
ネットで配信されていた青春ドラマから流れたこの曲を初めて聴いてから、僕は竹原ピストルの大ファンになった。
エモーショナル。
この言葉だけで彼の曲を評するのは野暮ったいけど、すごくエモーショナルな歌ばかりだと思った。
でも世間的に日の目を浴びているような様子はなく、その才能に見合わない鳴かず飛ばずの状態が続いていたのが気になった。
そんなある日、吉祥寺のサンロード商店街を一人で歩いていたら、見覚えのあるデカい図体がギターを抱えて前から歩いて来た。
頭に白いタオルを巻いて、無地の白いTシャツを着て、ジーンズに雪駄。
一目でそれと分かるいで立ち。
竹原ピストルだった。
おお!竹原ピストルだっ!
当然興奮した。
周囲の人たちは皆彼を知らないのか、商店街で流しをしている兄ちゃんくらいの感じで、さほど驚きもせずに視界の端に流していく。
それでも何人かは気付き、振り返ったりしていた。
本人は有名とも無名とも言えないような自分の境遇に困惑しているような顔をして、のしりのしりと歩いていた。
その背中には哀愁が漂いまくっていた。
僕はその背中を見て、「彼の歌は本当に凄いんだぞ!」と商店街中に叫びたくなった。
僕の卒業アルバムは目を逸らすどころか、実家を離れる時に、何の躊躇もなく捨てた。
希望に溢れるわけでもなく、ただの照れ隠しで口に薔薇の花なんかを咥えてニヤけている自分の個人写真なんか二度と見たくなかった。
ガムテープで顔面をぐるぐるにした写真でも撮ればよかったと思うくらい、卒業アルバムを見るのが恥ずかしかった。
僕はその場に立ち止まり、竹原ピストルの背中をずっと目で追った。
売れて日本中の人に竹原ピストルの歌を聴いて欲しいと思った。
ギターを背負ったその姿が商店街の路上とマッチし過ぎて、焼酎の空き瓶踏んづけて仰向けにどさりとぶっ倒れそうな気もした。
たとえ売れなくてもこの人は路上や小さなライヴハウスで一生歌い続ける。
それだけは確信できる背中だった。
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