その五 信濃町人身事故
その日は東京が舞台になっているドラマのロケ地を探していた。
聖地巡礼。
目的地は新宿区の慶応義塾大学病院の南西にあるJR中央線を跨ぐ橋。
そこは『ケイゾク』というドラマで、真山刑事に付き纏っていたルポライターがボーガンで撃たれた場所だ。
ネットの情報を頼りに、信濃町駅から歩き、ようやく見つけた。
ドラマでは夜のシーンだったから、その橋が人気の無い寂しい場所に見えたけど、日中に来てみると、わりと人通りが多く、かなり印象が違っていた。
ルポライターが撃たれて倒れていたと思われる箇所を特定して、コンパクトカメラで記念写真を撮った。
目的はそれだけ。
次はどこに行こうかな?
とりあえずそのロケ地を後にして、また信濃町駅に戻った。
他のロケ地で比較的近い場所はないかな?と、サイトを見ながら改札を潜り、駅のホームへ降りる階段に差し掛かると、ジリリリリリッ、と警報のベルがけたたましくなった。
何だろう?
ホームに降りると、総武線の電車が止まっていた。
駅員が慌てた様子で、車両の下をライトで照らしている。
駅構内にアナウンスが流れ、人身事故で電車が停止している事を告げた。
誰かが線路に転落し、そこに電車が入って来たようだ。
生きてるの?
死んでるの?
安否が分からない状態で誰かが電車の下にいる。
その気持ち悪い状態に耐えられないのか、ホームにいた何人かが、不安そうに電車の下を覗き込んで駅員に協力し始めた。
彼らにつられるように、気付くと僕も電車の下を覗き込んでいた。
薄暗くてよく見えない、線路の闇がある。
その闇に目を凝らして、何か動きのあるものや、物音、息遣いがないか確かめていった。
電車に接触したならたぶんもう死んでいる。
そう思った。
仮に生きていたとしても重体だろう。
僅かな隙間に身を寄せて助かる人もいるけど、なぜかそういった奇跡的な展開を否定していた。
人身事故=自殺というイメージがあったからだと思う。
体の損傷がひどいグロテスクな物が闇の中にあるような気がして、その衝撃や、その後に訪れるかもしれないトラウマを想像した。
僕はこれまで家族や親族の死体しか見た事がない。
そんな僕でも耐えられるものだろうか?
僕が覗き込んだ車両に異常はなかったけど、前方にいた駅員が「あっ」と小さく声を上げ、自分が見た状況を無線で伝えていた。
そのリアクションと慌ただしさで、電車の下にあるものが死体だと分かった。
すぐに救急隊が駆けつけ、駅員が見つけた車両の窓と乗車口にブルーシートが張られた。
一般の人の立ち入りが禁止され、素早くストレッチャーが運び込まれる。
人の不幸を目の前にして不謹慎ではあるけど、見なくて済んだ安堵感と同時に、どんな様子なのか見てみたい好奇心も湧き上がってきた。
東京は人身事故が多い。
そんな話を上京前から聞いていた。
そしていつも乗る中央線もよく人身事故で止まった。
だからすっかり慣れてはいたけど、実際の現場に立ち会うのは初めてで、とにかく全てがあっけなく、迅速に処理されようとしていた。
ボーガンで殺されたルポライターの死もあっけなかったけど、都会ではこれが日常。
ホームにいた人たちの動揺もすぐに収まった。
だから特別驚くような出来事ではないけど、これも記念になるならと、手にしたコンパクトカメラをブルーシートの車内に向けたくなった。
でも人の目が気になってやめた。
そしてホームにいたみんなと一緒になに食わぬ顔で電車が動き出すのを待った。
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