田原総一朗が朝まで推理する

第5話・【昭和の古書店・地獄坂堂】地獄坂夢亜〔八名垣探偵事務所〕

 携帯電話の個人所有率も低く。

 インターネットから大量情報も一般的にはなく。

 科学捜査も発達していなかった、そんな時代。


 未来への夢だけは溢れていて、子供は夕方暗くなるまで外で遊び回っていられた──そんな昭和の時代。

 道路が舗装されていない下町の一角にある古書店──『地獄坂堂』そこの二階に、ひっそりと探偵業の看板を出している探偵事務所があった。


八名垣やながき探偵事務所』

 古書店の書籍倉庫を事務所代わりに借りている、ほとんど積まれた古書の匂いしかしない狭い事務所スペースに。

 歳の頃は十七・八歳のポニーテール髪の少女が一人、アンティークな椅子に座って古書の小説本を読み耽っていた。


 探偵事務所のドアが開いて、黒服で山高帽子をかぶった若い男が入ってきた。

 男が留守番をしている、娘に怒り口調で言った。

「いったい、ブラック指令ってなんなんだ! 今日も町で子供に追いかけられたぞ! 『地球から出ていけ!』とか『服の中に隠している水晶玉を奪え!』とか言われて」


 丈が短い外套マントをコート掛けに吊るして憤慨している。探偵の若い男、『八名垣獅子レオ』に、椅子に座って古書を読んでいる『地獄坂夢亜むあ』は、できる限りブラック指令の話題には触れないように、書籍で顔を隠す。


 その時、事務所のドアが勢いよく開いて。一人のトレンチコート姿の中年男性が叫びながら飛び込んできた。

「レオぉぉぉぉぉ!」


 レオが、黄土色のトレンチコートの中年男性──レオの叔父で県警の警部補をやっている『剣原警部補』に言った。

「なんですか叔父さん、毎回叫びながら」

「いやぁ、なんとなくこの部屋に入る時は。甥っ子の名前を叫ぶのがクセになってしまってな……ところで、夢亜ちゃん。また、ちょっと相談に乗ってくれないかな……変な事件が起こった」


 剣原警部補は、事件で困ったコトがあると。探偵のレオではなく、助手の夢亜に相談してくる。

「警察が解決できないような事件の持ち込みは、勘弁してくださいよ」

「いや、事件そのものは解決済みなんだが……どうも個人的にはスッキリしないのでな、夢亜ちゃんの意見を聞きたい」

「一応、話してみてください……力になれるかどうかは、わかりませんが」


 剣原警部補は語りはじめた。

「丘の上に、F氏の屋敷があるだろう」

「ありますね、定番の金持ちの屋敷で起こった事件ですか? ふっと思ったんですけれど。探偵絡みの事件って一般の中流家庭では滅多に、起こりませんね……殺人事件とか秘宝の盗難事件は、金持ちの屋敷ばかりで」


「そりゃあ、アパートとか借家の狭い間取りで殺人事件が起きても警察が解決するし……第一、中流家庭の財力では、探偵に依頼料とかを払う余裕がない……話しを続けるぞ」


 コホンっ、と咳払いをしてから、剣原警部補は話し続ける。

「そのF氏の屋敷で盗難事件が先日発生した、エジプトか? ナイルか? アラビアだったか? アステカだったような気も……とにかく金庫に保管してあった。【なんとかの星】って名称の宝石が何者かに盗まれた」

「普通の窃盗事件ですか?」

「いや、金庫の上には金庫番がいた」

「金庫番?」


 剣原警部補の話しだと、F氏に飼われている、デブ猫は……主人のF氏にしかなつかない元どら猫で。その昔、どら猫が、魚をくわえて逃げた時に。裸足で追いかけてきたそそっかしい主婦を返り討ちしたという。

 武勇伝を持っていて……その武勇伝を気に入ったF氏が飼って、金庫の上にお気に入りの場所を作って。番犬ならぬ狂暴な番猫にした……と、いう話しだった。


「その金庫の中にあった【なんとかの星】って宝石が盗まれたんですね? 犯人は?」

「F氏の甥っ子だった、借金で困って犯行に及んだ」

 夢亜が残念そうな顔をする。

「なーんだ、怪盗とかの犯行じゃないんですね……残念」


「そう言うな、続きがある……宝石が盗まれて家人が困っていると。いきなり『田原総一朗』と名乗る【朝まで生推理】する探偵が現れてな」


「朝まで生推理探偵?」

「屋敷の中の容疑者を、部屋に集めて日が昇るまで質疑応答の推理をするんだよ……なかなか、犯人に辿り着けなく、生推理が終わりそうになった時に、なぜかF氏にしかなついていない狂暴なデブ猫が

【甥っ子の膝の上に飛び乗ってきて、甥っ子の指先をペロペロとナメはじめた】──それを見た田原総一朗は『犯人はおまえだぁ!』と指差して、朝まで生推理につき合わされて疲れていた甥っ子は『あぁ、そうだよオレが、なんとかの星を盗んだ犯人だよ……白状したんだから、もう眠らせてくれ』と、言って一件落着。

宝石は犯人の甥っ子が眠る前に、面倒くさそうに言った隠し場所から出てきた」


 長い話しを聞き終わった夢亜が言った。

「で、解決した事件で剣原警部補がスッキリしない謎を、あたしに解決してもらいたいと……簡単ですよ。大宇宙の謎が……またひとつ解けました」

 それまで黙って話しを聞いていただけのレオが、合いの手を挟む。

「出た! 夢亜の解けた大宇宙謎セリフが」


 謎解きをする夢亜。

「金庫番のデブ猫は、相当のグルメ猫だったんでしょうね……金庫から離れさせるために、犯人の甥っ子は高級なネコ缶を入れたエサ容器を金庫から、離れた場所に置いて番猫がエサを食べている間に金庫を開けて宝石を奪った……甥っ子の膝に飛び乗ってきてエサの匂いが残っていた指をナメたデブ猫を見て、朝まで生推理の『田原総一朗』探偵は犯人をズバッと言い当てた……これが、事件の真相です」

「そうだったのか、これでスッキリした頭で、うまい酒が今夜もバーで飲める……ありがとう、レオぉぉぉぉぉ!」


 叫びながら剣原警部補が部屋から出て行くと、レオが夢亜に言った。

「いつもながらの、名推理だな」

「こんなの、推理にも謎解きにもなっていません……少しばかりミステリーが好きな人だったら、最初のデブ猫が金庫の上がお気に入りの場所だと聞いた時点で気づきます」

「そういうものなのか?」

「そういうものです」

 そう言って夢亜は、SF小説の続きを読みはじめた。


田原総一朗が朝まで生推理をする~おわり~

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