第十八話 海

 紗羅と僕は海に来ていた。夏休みに入ったら一緒に行こうと、僕が一世一代の大勝負に出た、誘いが現実となったのだ。とは言っても、恋人たちが水着着て、水辺でキャッキャッするイメージと少し違っていた。僕は確かに砂浜で海を見ている。ただ一人で。水辺でキャッキャッする恋人たちを眺めながら。


——紗羅はどうしたって?ああ、紗羅はあっち。


 僕は海が一望できる旅館の方を指さした。一人、部屋に籠って絶賛、執筆活動中だ。集中できないから、一人で外に行って、だとさ。これでは、僕は何をしに来たのか全く分からない。


 紗羅と僕は現実世界に帰ってきた。正確に言うと、紗羅は単純に執筆をしていただけ、という感覚だっただろう。僕の意識が戻ったのは、紗羅の部屋に入る瞬間だった。紗羅は部屋に居て、普通に執筆をしていた。僕が無人の紗羅の部屋に入ったことから無かったことになっていた。部屋に入ってから、紗羅の様子を確認したが、前日と全く変わらない紗羅だった。ともすれば、全て僕の妄想でした、というオチで片付きそうなくらい何も痕跡は残っていなかった。


 紗羅には、僕が紗羅の物語に入ってしまったことを言わなかった。おそらく、紗羅は何のことか分からないと答えるだろう。展開は、紗羅が書いたとおりだから、いつの間に盗み見たのかと、僕は猛烈に攻められるだろう。


 あの世界は何だったのだろうか。夢だったのかもしれない。本当に単なる僕の妄想だったのかもしれない。けど、シャラやカミーラやベニやユキや他のキャラクター達は確かに存在したのだ。紗羅の物語の中で。僕はそう信じたかった。彼女たちの輝かしい冒険の日々は確かにあったのだ。もう、彼女たちの冒険は、紗羅の心の中だけに留まらないはずだ。きっと、多くの人の目に触れて、多くの批評にさらされるだろう。そこからは、紗羅の勝負だ。紗羅が彼女たちをどう活かしていくか、物語をどう広げていくか、全て彼女の手に掛かっている。シャラ達を生かすも殺すも紗羅次第ということだ。でも、紗羅ならきっと素晴らしい物語にしてくれるだろう。僕は確信をもって、そう信じていた。


 そう言えば、結局、僕はあの紗羅の物語の締めくくりを知ることは出来なかった。シャラとカミーラはあの後、どうなってしまったのだろうか。紗羅はどういう結末を準備したのだろうか。今、紗羅がまさに書いているものがそうなのだろうか。僕は結末を知りたくてしょうがなかった。なんたって、僕自身があの物語の登場人物の一人だったのだ。結末を知らないなんて酷すぎる。何があっても、紗羅にはあの物語は書ききってもらわなければならない。


 僕は腰を上げた。日が高く上がり、ちりちりと僕の皮膚を焼く。もうそろそろ、お昼ご飯の時間だ。紗羅に伝えに行こう。ついでに、編集者の如く、締め切りを催促するとしよう。僕は、そう心に決めた。

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