第十七話 結末の行く末

 僕は目を開けると、カミーラと来た祭壇に戻ってきていた。さっきまで居た黒いベールの女、イレイサーの姿は消えていた。カミーラが目の前で呆然として立ち尽くしている。シャラが隣で立っていた。


「何で……」

 カミーラは膝を付いた。

「そうですか。思い出してしまったのですね。紗羅は自分がやりたかったことを……」

 カミーラは諦めたように言った。イレイサーが消えたということは、紗羅がやり直しをしないと決めたということだ。つまり、このまま結末に向かうということだ。どうやら、僕が見つけた、紗羅の幼少期の記憶が物語を終わらせるカギになったようだ。しかし、僕は分からない。この物語がどういう結末を迎えようとしているのか。こんな展開で本当に終わらせることが出来るのだろうか。


 突然、カミーラは、イレイサーが落としていった霊刀ゼロを拾い上げ、こちらに刃を向けた。

「このまま結末を迎える、ということは黒幕が居て、そいつを倒して終わりのはずです。この場で黒幕なんて私しかいないですよね。なら、私を倒してください。それがこの物語の結末ですわっ!」

 カミーラは飛び掛かってきた。

 僕は身構えたが、シャラが無言で僕の前に出て、カミーラの刀を短刀で受け止めた。

「シャラっ!あなたに倒されるなら本望ですよ」

 カミーラは追撃を繰り出す。シャラは、無表情のまま、カミーラの斬撃をいなしていった。突然、シャラは口を開いた。


「もうやめよう、カミーラ」

 カミーラの動きが止まった。

「何を言っているんですか?」

「こんなことをしても無駄だって言ってるんだ。お前の気持ちはよく分かる」

 カミーラが力を込めて、刀を振り上げた。

「何が分かるんですか。ただの盤上の駒に過ぎない、あなたがっ!」

 シャラが短刀で振り払うとカミーラはそのまま仰け反った。カミーラは、よろけて後ろに下がった。

「分かるんだよ。お前の気持ちがっ!」

「うわぁあああ!!」

 カミーラが立ち上がり、刀を振るおうとする。


 その時、パァァンと、カミーラの頬がシャラの平手で叩かれた。

「この分からず屋っ!」

 え?という顔をしてカミーラは、シャラの方を向いた。

「お前はいつもそうなんだよ。冷静なふりして、感情的で昔から好き勝手自分で突っ走って、迷惑かけて。お前を帝国から救出した時だってそうだ。助けてやったのに私に殴り掛かってきて、まだ根に持ってるんだぞ?魔人や天使との戦いだってそうだ。何でお前はいつもトラブルに巻き込まれてんだよ?こっちの身にもなれよっ!」

 ぜえぜえと、息も絶え絶えになりながら、シャラは喋った。


「シャラ。あなたは……」

「分かんないよ。でも、少しだけ覚えてる。お前の事も、他の奴らの事も」

 シャラは言った。僕が記憶を見たはずなのに、どういうことか、シャラは過去の物語の記憶を思い出したという事なのだろうか。もしかして、シャラもカミーラと同じく、紗羅の物語のキャラクターなのに、自我を持ち始めたという事なのだろうか。


「カミーラ。アル。私にも何となくわかって来たぜ。お前らの言ってる物語ってのが。要は、紗羅って奴がこの世界の神様みたいなもんなんだろう?そいつのせいで、私達がこんな無茶苦茶な目に合ってるって話なんだろう?」

「シャラ。君もこの物語の理から外れてきているってことなんだな」

 僕は言った。

「私はどうやら紗羅からの影響を一番受けて生み出されたキャラクターのようだ。だから、紗羅の気持ちが何となくわかる。もうこの物語を終わらせようとしてる」

 シャラは言った。その時、突然、カミーラは動いた。

「そうです。だから、誰かがこの物語は終わらせないといけないのですっ!」

 カミーラは、突然、刀を自分自身の方に向けた。

「やめろっ!カミーラ!」

 僕は叫んだ。

「誰かが黒幕となってこの物語に幕を下ろさないといけないのですっ!」

 カミーラが刀で自分の首をかき斬ろうとした、が。


「百発百中っ!」


 シャラのブーメランが刀にぶつかった。バンっという大きな音を立て、ブーメランは真っ二つになり、霊刀ゼロも折れてしまった。シャラはずかずかとカミーラに詰め寄り、胸ぐらをつかんだ。


「だから、この分からず屋がっ!お前が黒幕になって、死んでお終いなんていう結末は、紗羅は望んでいないんだよっ!私だって、アルだって、誰だって望んでいないんだよっ。私達が求めているのは、誰も死なないし、皆が大団円になって終わる、そんな鼻に付くようなハッピーエンドしか求めていないんだよっ!」

 カミーラは、ううう、と呻くように泣いていた。

「黒幕がいない結末でも良いじゃないか。これからどうやって結末に持っていくのか紗羅が決める事なんだろうけど、お前が死んで、お終いにするような事は絶対にしないはずだ」

 カミーラは、膝を付いて、その場にへたり込んだ。シャラも尻をついてしゃがみ込んだ。二人は、はぁはぁと息を切らしていたが、落ち着いたら、二人は顔を見合わせて、少しだけ笑い合った。


 もうカミーラは大丈夫そうだな、と僕は思った。二人は並んで座って話し始めた。僕は少し離れたところから二人を眺めていた。話し始めたのはカミーラの方からだった。


「……シャラ。一つ、教えてください」

「なんだよ」

「誰かと、皆と、ずっと一緒に冒険を続けたいって思う事ってそんなに悪いことなんでしょうか?」

「悪いことなわけがないだろう」

 シャラは言った。

「私、ずっとシャラとアルと皆と一緒に冒険を続けたい。この物語が終わってほしくなかったんです」

 シャラは、ははは、と笑った。

「何がおかしいんですか?」

 カミーラはムスッとして、シャラを見た。

「いや。私もだよ。紗羅に付き合わされて、こんな無茶苦茶な世界に生まれて大変だったけど、なんだかんだ言って、楽しかったしな。あーあ、私も終わってほしくないなあ。もっと、いろんな冒険がしたかったなあ」

「シャラは何がしたかったですか?」

「んー、やっぱり冒険者たるもの、冒険をしたいな。未踏の大陸に乗り込んで、未知の体験をしたいな。それで、強敵と戦って、ピンチになりながらも、必殺の能力に目覚めて切り抜けるんだ」

「ふふ。野蛮なシャラらしいですね」

「なんだよー。そういうカミーラはどうなんだ?」

「私も冒険がしたいですけど、人間関係がドロドロした感じの相手の腹を探り合うっていうのも良いなあって」

「なんだよ、それ。ねちねちしたカミーラらしいなあ。でも、今までの紗羅の物語にあんま無かったよなあ」

「そうですよね。あとは……」

 カミーラは、チラっと僕の方を見た。

「私は、やっぱり恋愛要素が入っている方が良いですね。胸がキュンキュンする感じのやつ。誰かと誰かがくっつく前が一番盛り上がりますよね」

「うへー。私はあんまりクサイ展開は苦手だなあ」

「私はそういう初心な女の子の恋愛を見るのが好きなのです」

 カミーラはにっこりと微笑んだ後、はぁ、とカミーラは深い溜息をついた。

「やっぱり、これで終わりなんでしょうか」

「ああ、終わりだ。物語はいつかは終わるもんだからな」

 シャラは言った。

「でも、紗羅の事だ。きっと、私もカミーラもまた何処かで再会するさ。なんたって、私達は紗羅の中での主要キャラクターなんだからなっ」

 シャラは胸を張って言った。

「そうですよね。きっと、また会えますよね」

「ああ。だから心配すんな。冒険はずっと続くんだ。私達は紗羅の物語の中でずっと一緒に居られるんだ。まー、次会うときは、殺し合ってるかもしれないし、性別が変わってたり、もしかして、人間じゃないかもしれないけどなー」

「大変なのは勘弁してほしいですよね……。でも、シャラとなら、どんな設定だって面白そうです」

「私もだ。そして……」

 シャラは急に僕の方を見た。


「また、スペシャルゲストさんにも登場してもらいたいしなっ」

「おいおい。勘弁してくれよ。また、この世界に転生されるのか、僕は」

「ははは。また、私の下でこき使ってやるよ。楽しみにしてな」

 シャラは意地悪そうな笑みを僕に向けた。

「ベニとユキのことも忘れてやるなよ。彼女らは何も知らずに外で待ってるだけなんだろう?」

 僕はベニとユキのことを思い出して言った。

「もちろん、あいつらも一緒さ。ベニとユキは、ここ最近で生まれた子達だからな。私達みたいに自らの意思を持ったキャラクターになっていないんだろう。まあ、それが当然の事なんだろうけど。だけど、言わば、私達の妹みたいなもんだしな。しっかりと可愛がってやらないとな」

 シャラは言った。

「でも、うかうかしてられませんよ、シャラ。アイドルの世界はすぐに世代交代が起きますもの。彼女達も個性的なキャラクターですからね。ぼーっとしてたら、紗羅の物語のヒロインの座をすぐに奪われてしまいますよー?」

「な、なにー。それは困るな」

 シャラは本気で焦っているようであった。


「まあ、ともかく。アル。お前には世話になったよ、というのは何か変な感じだな」

「ああ。おそらく、僕の、凪の人格は元の世界に戻ると思うから」

「向こうで紗羅に会ったら、伝えてくれよな。聞いてたよな。私達のリクエスト」

「覚えてるけど。紗羅が聞くかどうかなんて分かんないぞ?」

 自分のキャラクターに物語を要望されるなんて、凄いことだなと僕は変に感心した。

「良いから、ちゃんと覚えておくんだぜー。未来の紗羅の編集者さんよ」

「編集者って……」

 僕は、どうやら紗羅の編集者にされるそうだ。先が思いやられる。


「さて、と。これからどういう展開になるのか……」

 僕は辺りを見回した。特に何も起こりそうな気配はない。

「どうやって、ここから結末に持っていくんだ?これ以上の展開は無いはずだけど……」

 シャラは、ふふふ、と微笑んだ。

「シャラ。君には分かるのか?紗羅が何をしようとしているのか」

「それは紗羅の事なら何だって分かるさ」

「じゃあ、どうなるんだ、この先……」

「それはな……」

 シャラが喋ろうとする瞬間、視界が真っ白になっていった。

「え。そんなこれで終わり……?結末は……?」


「結末は……」


 シャラは最後まで言い切らずに、にやにやしていた。そうか、わざと言わないつもりだ。次の章では、きっと、僕は元の世界に戻っているのだろう。結末を見ずして、僕の意識はここで途絶えてしまうのか。これでシャラとカミーラや他の仲間たちとのお別れだと思うと、寂しい気がした。もっと一緒に冒険をしたかったのは僕も同じ気持ちだ。ああ。さっき、そう言えば良かったな。でも、きっと彼女たちとまた会えるはずだ。紗羅が小説を書く限りは、彼女たちは紗羅の中で生きているのだから。


——僕らはきっとまた会えるさ。


ん?誰かの声がした。これは……。


——また、シャラ達とも冒険ができるんだよ、凪。


ああ、そうか。これは、僕の、アルの声なんだな。


——凪。有難う。僕を生み出してくれて。


彼女たちに宜しくな。紗羅の小説の中でまた会おう。


——ああ。


そこで、僕の意識はゆっくりと海の底に沈むように落ちていった。

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