第十六話 原初の物語

 目が覚めた先は、見覚えのある部屋の中だった。ここは僕は見覚えがあった。そして、一人の小さな子供が部屋に居た。小学校中学年くらいか。これは幼い頃の紗羅だ。今、僕は幼い頃の紗羅の記憶の中に居た。


 紗羅は、机に座り、一心不乱に何かを描いている。二人の女性だった。それは昔、流行った少女漫画のようなタッチの絵だったが、一人はポニーテールの元気そうな女の子で、もう一人は金髪ロングの女の子だった。ポニーテールの女の子が、金髪ロングの女の子の手を引いて、走っている絵であった。二人の背後には巨大で、大きな角の生えた悪魔のようなモンスターが描かれていた。金髪ロングの女の子は杖を持っており、ポニーテールの女の子は、手に曲がった木の棒みたいなものを持っていた。これはブーメランか。


「んーと、名前、何にしようかなあ」

 幼い紗羅は、頭を傾げて考えていた。

「こっちの子はシャラ。こっちの子は……、カミーラにしようっ」

 紗羅は、二人の女の子を指さして、そう言った。僕は目線を女の子たちに戻した。女の子は確かに絵ではあったが、少しだけ動いた気がした。そして、その瞬間、僕はその絵に吸い込まれていった。



「さあ、急いで。あいつらに見つかってしまう」

 シャラと呼ばれたポニーテールの女の子は、カミーラと呼ばれた金髪ロングの女の子の手を引きながら、叫んだ。

「放してください。何なんですか、あなたは。勝手にこんなところまで連れてくるなんて」

 カミーラは、シャラの手を振りほどこうとするが、シャラはそれを許さなかった。

「良いから来るんだ。見ただろう?あの町はもうおしまいだ。魔人に占領されてしまったんだよ」

「だからこそよ。まだ王様が残っている。私が助けないと!」

「いい加減に目を覚ませ。あんたは、あの帝国に囚われていたんだ。あんたを心配する人が私をあんたの救出に向かわせたんだよ」

「そんなのは信じない。私はずっとあそこで育った。王様と皆に囲まれて……。だから、みんなを助けないといけないの」

 突然、シャラは、パンっとカミーラの頬を平手で叩いた。

「な、何するんですかっ!」

「この分からず屋っ!」

 カミーラは短槍を構えた。シャラは短刀を抜いた。

「少し痛い目に合わないと分からないようだな。多少、傷つけてでも連れて帰る」

「返り討ちにしてあげます」

 二人は取っ組み合いになり、終いには互いに殴り合うまでになった。二人は同時にバタンと倒れた。


「はぁはぁ。あなたは何がしたいんですか?私を助けようとしてくれてたんでしょう?私をこんなにぼろぼろにしちゃって良いんですか?」

 カミーラは息も絶え絶えに言った。

「知るか。私はあんたを連れて帰るように言われただけだ。生きてりゃあ、問題ないだろう」

「死ぬところでしたよ。あなたはとんでもない人ですね」

「それは、こっちのセリフだ。まさか、助けようとする相手に殺されかけるとはね。バカみたいだ」

「はははははっ……」

 カミーラの乾いた笑い声が響いた。

「な、なんだよ?」

「本当にバカですよね。はははは。助けようとする相手に殺されかけるなんて。はは……」

「う、うるさいなあ。こっちは死ぬ気でお前の救出に向かったんだ。それをこんな仕打ちとはな」

「ふふっ。本当に面白い人ですね」

「お前だって、助けられようとする相手に殺されかけてんだぞ?かなりの阿呆だ」

「そうかもしれませんね」

「お互い様だ」

 シャラとカミーラは倒れたまま笑えるだけ笑った。


「シャラと言いましたね。正直、あなたのバックに居る人は信用できるかどうか分かりませんが、あなたは何だか信用して良いような気がします」

「信用もくそもない。私は言われた仕事をこなすだけだ」

「それでも良いです。何だかあなたとは長い付き合いになりそうですね」

「良く分からないけど、私もそんな気がする」

 二人は立ち上がった。

「ともかく、これからよろしくお願いしますね」

「ああ」

 二人は手を取り合った。


 そこで場面はいきなり切り替わった。カミーラとシャラは、森を駆けていた。再び、何かから逃げているようだった。後方から光線が放たれた。

「避けろ。カミーラっ!」

 カミーラは寸前ところで躱した。

「シャラ。後ろっ!」

 シャラの後ろには待ち構えていた魔物がシャラに向かって爪を振り下ろそうとしていた。シャラは振り向きざまに短刀で魔物の首をかき斬った。

「急げ。カミーラっ。ここを抜けるぞっ!」

「ええ。こんなところで終わってたまるもんですかっ」

 二人はようやく、魔物達の魔の手を振り切り、洞窟の中に身を隠した。

「全く、何なんだよ……」

 シャラは座り込んでいた。

「魔人を倒したかと思ったら、次は天使に追われるとはな。お前はどんだけ人気者なんだよ?」

「私だって知りませんよ。世界のルールを破ったとか、円環の理からの逸脱とか言われても分かりませんよ」

 カミーラもそう言って溜息をついて、座り込んだ。

「お前も大変な星の元に生まれたんだな」

 シャラは憐れむような眼でカミーラを見た。

「それはお互い様でしょう?あなただって巻き込まれてるんだから」

「ははは。違いないな」

 シャラは乾いた笑いを上げた。

「本当、無茶苦茶ですよね。何でここまで私達が追い込まれないといけないのか」

「全くだ。神様ってのが居るなら、問い詰めたいぜ。そんでもってとっちめてやる」

「私、一応、神官なんですけど……」

 カミーラは呆れながら言った。

「そうかい。じゃあ、神様に言っときな。今度はお前が出てこい。私達が説教してやるってな」

「私まで巻き込まないでくださいよ。ふふふ。でも、シャラならやりかねませんね」

「ああ。こんな無茶苦茶な世界だって、何だって出来るさ。カミーラと二人ならな」

「私もです。シャラとなら何処へだって行けるはずですから」

 洞窟の外で爆裂音が響いた。

「全く、休む間も与えちゃくれないなっ」

 シャラとカミーラは立ち上がり、洞窟を抜けて、再び駆けだしていった。


 そして、場面は再び変わる。紗羅の部屋に戻ってきた。幼い紗羅はまだせっせと二人の少女を描いていた。二人で手を繋いで、火の海の中を駆けていた。


 そこにはシャラとカミーラの物語、おそらく、原初の彼女らの物語なのだろう。それが描かれていた。それは無茶苦茶なストーリーだった。構成も何もなく、書きたいように書いているだけなのだから。どういうオチを付けたいのか全く分からない。これじゃあ、完結させるのなんて無理だろう。僕が紗羅の小説や漫画を読めなかったのは、単純に完結させてなくて、そのままに尻切れトンボになってしまったからなんだろうなと、僕は何となくわかった。まあ、それは分かっていたことではあるのだが。


 でも、僕はその時、気付いた。幼い紗羅は今、単純に自分の書きたいものを書きたいように書いているのだ。何にも縛られていなかった。僕は最近の紗羅を思い出した。大学生になってからの紗羅だ。いつも何かを気にしていた。最近の流行りだとか、人が見て納得するのかとか、構成がおかしくないかとか、いつも他の誰かを意識していた。何かを恐れていた。記憶の中で見た紗羅もそうだった。姉である珠莉に対しての劣等感だったりとか、中学生頃の自分の漫画を馬鹿にされた記憶だったりとか、紗羅は成長するにつれて、何かに縛られるようになって、自分の書きたいものを書けなくなっていったのではないだろうか。でも、この頃の紗羅は違う。確かに物語は無茶苦茶だ。だけど、それは生き生きと書かれていたのだ。物語自体が生きているかのように。その証拠に先ほど見た原初の物語の中のシャラとカミーラはまさに生きているかの如く、動いて、喋っていたのだ。カミーラが自我を持ったのも、紗羅のその書き方によるものだったのかもしれない。


 紗羅が結末を迎える上で迷っていること、それは何者かに対する恐怖なのかもしれないと、僕は思った。昔のように自分が書きたいように心の向くままに書ければ、きっと、自ずと物語は最高のハッピーエンドを迎えるはずだと僕は信じた。

 そこで、辺りは光を放ち、僕の意識が遠のいていった。

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