第十五話 カミーラ
「どうやって思い出したのでしょうか?」
カミーラは落ち着いていたが、詰め寄るにように僕に尋ねた。僕はポケットの中からクリスタルを取り出した。カミーラは、ハッと驚いていた。
「僕もびっくりしたよ。まさかポケットに入っているなんてね」
おそらく、ガイドブックがクリスタルを投げてきたときに、一個だけポケットに紛れ込んだのだろう。それがたまたまカミーラに関する記憶だったのだ。いくら探しても、カミーラに関する記憶が見つからないわけだ。これがガイドブックの策略だったのかどうかは分からないが。
「私に関する記憶は全て回収したと思ったんですけどね。さすが、アルですね。ここに来るだけの強運を持っていたということなんですね」
カミーラは感心するように言った。
「分からない。君は何者なんだ?他の皆と同じように紗羅の物語に登場する人物じゃないのか?あのガイドブックや黒いベールの女と同じような存在なのか?」
「いえいえ。私もこの物語の一登場人物に過ぎませんわ」
カミーラは髪をかき上げながら言った。
「その割には、全てを知っていそうな顔をしているじゃないか?まるでこの物語の黒幕のように」
「黒幕?そうですね。私が黒幕でも良いかもしれませんね。そういう展開も面白そうですわ」
カミーラは本当に興味深そうであった。
「でも、私は本当に一登場人物に過ぎません。この物語を決めるのは紗羅自身ですからね。他の方々と少しだけ違うのは、紗羅の物語に出続けているという点くらいでしょうかね。主人公だった時もありました。今のように脇役だった時もありましたわ。ただ、古参のキャラクターというだけが違う点でしょうかね」
「そんなキャラクターに過ぎない君が何で物語の外の立場で見えているんだ?」
カミーラは首を傾げた。
「それは……、分かりませんわ。私は紗羅と、シャラといろんな物語の中でずっと旅をしてきました。あ。一応、言っておきますが、同じ私でも、キャラクターの立場としては若干、変わってますからね。シャラとは、姉妹だったり、ライバルだったり、親子だったり、実は同じ人物だったっていうのまでありますからね。でも、私は気が付いたら、紗羅の意識の中で、私の意識が独立していたのです。不思議なものですよね。一登場人物に過ぎない私が自分の意思を持つなんてね」
僕はにわかには信じられなかった。そんなことが本当にあるのだろうか?カミーラは紗羅の中で多重人格者のように、意識を持って存在していたということなのだろうか。
「アル、いや、凪の事も存じておりましたわ。私は紗羅の意識の下で、ずっと見てましたもの」
「君は現実世界に紗羅の意識から出てくることは無かったのか?」
カミーラは不思議そうな顔で僕を見た。
「そんなこと考えたこともありませんわ。おそらく、私は紗羅の意識下に居るので、そう簡単には出ることは出来ないと思いますけどね」
「でも、これまでの口ぶりからすると、この物語に紗羅と僕を引き込んだのは君じゃないのか?君の目的は何なんだ?」
カミーラは微笑を浮かべていた。
「何か勘違いしているようですが。紗羅は、確かにシャラとしてこの物語に参加していますが、それはあくまでキャラクターとしてです。紗羅自身は、今もそうだと思いますが、この物語を創作しているだけですわ。彼女の意思は今、執筆に向かっているだけという状態なのでしょう」
「紗羅はまだ小説を書き続けている?」
僕は尋ねた。
「ええ。人は何かに没頭しているとき、他に何も考えられなくなる時があるでしょう?フローに入っている状態というのでしょうか。紗羅はその極限の状態に入っているだけなのです」
紗羅が部屋から消失していたのは、どういうことなのだろうか?紗羅は没頭しすぎて、身体ごと物語の世界に取り込まれてしまったとでも言うのだろうか。
「凄いことなのでしょうね。きっと、紗羅の特異的な体質によるものなんでしょう。私と言うキャラクターが独立した意思を持っているのも、もしかしたら、紗羅のその体質によるものなのかもしれません」
「でも、僕たちが今、言っていることや思っていることも紗羅が書いている事なのか?じゃあ、これは僕の意識ではないのか?」
僕は言っていて、頭がこんがらがってきた。
「ふふふ。あまり、深く考えない方が良いですわ。私達だけ紗羅の意識から外れて暴走しているのかもしれませんし、実は私達は全て紗羅の手のひらで踊らされているだけなのかもしれませんしね」
「でも、そんなことを今考えてもしょうがない。今、私は私の目的を実行するだけですわ」
カミーラは、不意に祭壇に置かれた霊刀ゼロを鞘から抜き、僕に霊刀ゼロの切っ先を向けた。
「カミーラ。君は僕をこの紗羅の物語から排除したいのか?」
カミーラは目を丸くして驚いた。
「まさか。私の目的は、ただ一つ。ずっと、紗羅の物語が続いてほしいだけですわ。シャラとアルと私と皆さんの冒険をいつまでも続けたいだけですわ」
カミーラの眼は真っ直ぐと僕を見ていた。
「あなたがこの世界に舞い込んできたこと。それは本当に不思議なことでした。まさに紗羅の物語が起こした奇跡とでも言いましょうか。私がここで魔物封印の祈りを捧げていた時、私は願ってしまったのです。紗羅の物語の中の世界から見ていただけの存在だった凪がここにきて、シャラと私と一緒に冒険が出来たらいいのにと。そうすると、奇跡が起こったのです。あなたがこの物語に転生されてきたのです。そう、ちょうど異世界転生ものの小説のようにね」
僕が記憶を無くして、あの森に居た時、ちょうどカミーラが行方不明になって、この祭壇に来ていた時と被っていたのはそういう事であったのだ。僕はカミーラの力なのか、紗羅の神秘的な能力によってなのか、この世界に異世界転生されてしまったようだ。いや、紗羅の小説を読んでしまったのは僕の意思だ。その罰なのかもしれないなと僕は思った。
「最初は良かったのです。シャラとあなたと私の冒険が続いていたのに。でも……」
カミーラは顔を伏せた。
「ジェラードが出てきて、死の門に行って、いよいよ、この物語の終結に差し掛かってしまった。私はここで紗羅の物語が終わってしまうのだと思った、けど、アレが現れたのです」
「黒いベールの女。君があの正体じゃないのか?」
「ふふふ。そう思いました?あれはイレイサーですよ。私も長く紗羅の物語に居ると、彼女にたびたび会っています。紗羅は納得いかない展開になると、決まってあの女を召喚するのです。一度、綴った物語の展開を消してしまう、そんな存在なのです。イレイサーもガイドブックも、紗羅の深層意識から生まれた物語を創る上での執行人とでも言いましょうか。ともかく、彼女が現れたことは僥倖でした。でも……」
カミーラは僕を見た。睨むような鋭い目つきであった。
「あなたは凪だった頃の記憶を取り戻し、物語の盤外に出て、この物語を終わらせようとしている。紗羅の記憶を探り、紗羅が納得する結末を見つけようとしている。私は急いで、紗羅の記憶から自分に関する記憶を隠しました。私の願いがあなたに知られると不都合ですからね。それから、また良い兆候が見られたのです。あなたが記憶を探っている間、イレイサーが遂に諦めたのか、ここで終結させることが出来ないから、物語を継続する道を選んだのです。私は喜びました。これでまだ紗羅の物語の中に居続けられると。物語が継続されることになり、あなたが死の門で、凪としての記憶を取り戻したことも無かったこともされてしまった。ただ、あなたはまた思い出してしまった、凪としての記憶を……」
カミーラのその視線は、冷酷に僕を突き刺していた。
「そのクリスタルさえ無ければ、大人しく、凪としての記憶がここに封印されて、アルとして、このままずっと物語を続けることが出来たのに」
カミーラは、ここに霊刀ゼロを封印しに来たわけでは無かったのだ。僕の、凪としての記憶を封印しに来たのだ。
「でも、安心してください。まだ間に合いますよ。この霊刀ゼロは、この物語の鍵となるアイテムです。あのイレイサーが使っていたのもその為なのです。この霊刀ゼロにイレイサーが残した力を使えば、あなたの凪としての記憶を再び封印できるはずですっ!」
そう言って、カミーラは僕に斬りかかってきた。封印というか、普通に殺そうとしてくる勢いであった。僕は寸前で避けた。
「アル。あの力を解放してもらっても良いのですよ。この結末は私にもどうなるのか分かりません。全ては紗羅次第なのですからっ」
「カミーラっ!言っていることがめちゃくちゃだぞ?君は、僕とシャラと物語を続けたいんだろう?これは君が望んでいた結末なのか?」
「もう私の望みなんてどうでも良いのです。全ては紗羅の思いだけが優先されるのですっ!」
僕は何とかカミーラの斬撃を避けていたが、遂に壁際まで追いつめられた。僕は力を解放しない状態だと、肉弾戦でもカミーラに押されるのは当然であった。刀の切っ先が僕の額を捉えた。
「さあ、力は解放しなくて良いのですか?」
「解放したくても、出来ないときは出来ないんだよ」
「そうですか。残念ですね」
カミーラは刀を振り上げた。
その瞬間、ガンッと、何かが刀にぶつかり、カミーラの手から霊刀ゼロが落とされた。ヒュンヒュンヒュンと、風を切る音が聞こえ、その音の先を僕とカミーラが目で追った。その先で、バシッと、ブーメランが受けとめられた。
「シャラっ!」
「私の居ないところで、なに二人でイチャイチャしてんだ」
シャラはそこに立っていた。
「シャラ……。何でここに?」
カミーラが訊ねた。シャラはゆっくりと近付いてきた。
「カミーラ。どうしても、気になっていたんだ。ここに来るときにお前が話していたこと、私はずっと引っ掛かっていた。魔人とか天使とか、どうしても思い出せなかった。お前が何か勘違いしているのかとも思ったけど、今日のお前は何か変だったよ。私の知らない、何か別の存在がお前に乗り移っていたみたいな。カミーラ。いや、お前は何者なんだ?」
カミーラは微笑んで、諦めたように言った。
「そうでしたか。私は過去の物語のあなたの記憶とごっちゃになっていたかもしれませんね。でも、物語は確かに存在したのです。あなたが覚えていない、というか、あなたが生まれる前世の記憶と言った方が分かりやすいでしょうか。ともかく、あの記憶は確かに私の中で大切な思い出として存在しているのですから」
シャラは、苛立って、ずかずかとカミーラに詰め寄った。
「そんなことを言われても私には分かんないんだよ。お前がアルを殺ろうとしている。その意味が分かんないんだ。どんな理由があったって、そんなことはさせないっ!」
シャラは短刀を構えた。
「それはそうですよね。分かるわけがありません。あなたはただのこの物語のキャラクターに過ぎないのですから」
「だから、物語とかキャラクターだとか言われても、何が何だか分からないって言ってるんだよっ!」
シャラがカミーラに抑えようと飛びかかった。
その時、霊刀ゼロが落とされた辺りに、つむじ風が起こった。僕らは一瞬にして固まった。
「な、なにが起こったんだ?」
つむじ風が去った後には、霊刀ゼロを手に携えた、あの黒いベールを着た女が立っていた。
「イレイサー……」
僕は彼女を見た。確かにあの死の門にいて、繰り返しを実行していた張本人だ。
「ふ、ふふふ。ははははっ!」
カミーラは急に笑い出した。
「やはり、そうですよね。こんな展開なんて紗羅は望んでいない。やり直しましょう。最初から。紗羅が納得するまで何千、何万回でも!」
カミーラは天を仰ぎ、大声で叫んだ。イレイサーは刀を僕の方に向けた。
「そうなのか?またやり直しをするって言うのか?」
僕はイレイサーに向かって言った。
「紗羅が納得する結末を見つけるまで終わらない。私が紗羅の意思を実行するだけ」
イレイサーは淡々と喋った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕はガイドブックから、紗羅の記憶を探って、紗羅が納得する結末を見つけ出すように言われているんだ。まだ終わっていない。僕がきっと、紗羅の納得する結末を探して見せるから待ってくれ」
僕は何とかイレイサーを説得しようとしたが、イレイサーは僕の方にゆっくりと向かってくる。
「無駄ですわ。イレイサーが一度、現れたら、それは紗羅の意思が固まっているということ。何を言っても、やり直しは止められませんわ」
突然、シャラが僕の前に出た。
「またわけ分かんない奴が出てきたな」
シャラは、ブーメランを取り出し、イレイサーに向かって投げつけた。
「百発百中っ!」
シャラはそう言って、ブーメランを投げたが、ブーメランはいとも簡単にイレイサーに避けられてしまった。
「ははは。シャラ。無駄ですよ。イレイサーはこの物語の盤外の存在。あなたのそのスキルが彼女に通用するわけはありません」
カミーラは声高々に笑いながら言った。
「くそっ。だから、意味が分からないんだよ。盤外の存在とかっ」
僕は、いよいよ万事休すだと思った。このまま、イレイサーによって、やり直しを実行されると、物語がどこまで巻き戻るのか分からないけど、きっと僕の凪としての記憶が無い状態まで戻るはずだ。そうなると、また今回みたいに記憶を取り戻す前に、カミーラによって、僕の記憶が封印されてしまうかもしれない。
「アル。お前やカミーラの言っていることが良く分からないけど、あのイレイサーって奴がやばいんだよな?」
「やばいというか、あいつによって、いろんな事が無かったことにされてしまうんだ」
「お前の力でどうにかなんないのか?あのジェラードを圧倒したあの力で」
「たぶん、あの力を解放したところで、イレイサーには通用しないだろう。そもそも、イレイサーが現れた時点で、紗羅は僕の力を解放しても解決しないと考えているはずだ」
「ちっ。どうしようもないのか。何とかする手段は無いのか?」
どうしようもない、と僕は思った。カミーラの言う通り、イレイサーが現れている時点で、やり直しをするという紗羅の意思が決まっているということだ。今、紗羅が納得する結末を見つけない限りは、元に戻るしかない。今、ここに紗羅の記憶であるクリスタルが無い時点で詰んでしまっている。
「私は諦めないぞ。あいつを倒せば良いんだろう?何度だってやってやる」
シャラはブーメランを再び投げつけた。しかし、また空を切ってシャラの元に戻ってきた。
「はははは。だから無駄ですって。チェスの駒がいくら強かったところで、プレイヤーを倒せるわけが無いじゃないですか」
カミーラは嘲笑うように言った。
「そんなの、やってみないと分からないっ!」
シャラは何度もブーメランを投げつけるが全くイレイサーには当たらない。ブーメランがシャラのところに戻ってくる。その時に、ブーメランの真ん中に付けられた装飾の一部がキラリと光ったのが僕の視界に入った。僕はその瞬間、気が付いた。
「さあ。イレイサー。そろそろ終わらせましょう。そして、やり直しましょう。紗羅が納得いく結末を見つけるまで」
イレイサーが霊刀ゼロを僕とシャラに向けた。僕は叫んだ。
「シャラ。そのブーメランを渡してくれっ」
「な、なんでだ?」
「良いから早く」
僕はブーメランをシャラから受け取った。ブーメランの装飾の真ん中に確かに小さいがクリスタルがはめ込んであった。そこには何かが写っていた。間違いない。これは紗羅の記憶のクリスタルだ。
「シャラ。これって、確か君が小さい頃から持ってたんだよな?」
「あ、ああ。記憶には無いが、私の中では大事なものだ」
シャラにとって、大事な存在。つまり、紗羅自身が大事にしているものがこのクリスタルの記憶の中に入っているのかもしれない。
一か八かだ。何もしないで終わるよりは、このチャンスに懸けるしかない。
イレイサーの刀が僕に目掛けて振り下ろされる、その瞬間、僕はクリスタルに触れた。僕は目を瞑った。意識が遠くなる。これで、やり直しになったら、凪としての記憶はこれでおしまいだ。ただ、まだ終わっていない。これが最後のチャンスだ。僕は祈るようにして、クリスタルを握りしめた。
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