第十四話 封印

 紗羅の中学生の頃のあの一件があってから、僕と紗羅の距離が空いていた。普通に喋れるようになったのは、大学に入ってからだった。たまたま図書館で会って、そう言えば、まだ、小説書いているの?っていう他愛もない話から始まったはずだ。ただ、紗羅の中学生から高校生までの間、紗羅がどう過ごしていたのか、僕は知らない。紗羅の記憶を辿ろうとしても、そこだけは何も出てこないのだ。


「……アル。アル!起きろよ、もう朝だぞ」

 僕は寝ぼけ眼で叩き起こされた。ここは、ギルドの部屋?


「何を寝ぼけてんだよ?」

 僕は、いつもの寝床に使っているソファから落とされる形で目が覚めた。シャラが邪魔だと言わんばかりに僕を蹴落としたのだ。

「いつまで寝てんだよ」

「まあまあ、あんな大事件があったんですもの。少しくらいは休んで良いんじゃありませんか?」とカミーラが優しく声を掛けてくれた。

 大事件……?そうか、ジェラードは?死の門は……?

「死の門はどうなったんだ!?」

 僕は慌てて飛び起きて、シャラに詰め寄った。

「なんだよ、お前。まだ寝ぼけてんのかよ。死の門は開かれたけど、お前の力でどうにか閉じることが出来たんだよ」

「そ、そうなのか?ジェラードは?」

「行方不明さ。死体は見つかっていないから、おそらく逃げたんだろうな。きっと、ジェラードの事だ。まだ諦めていないはずだ」


 僕は記憶を辿った。シャラ達とジェラードを追いかけて、死の門に辿り着いた。そこで、ジェラードで死闘の末に敗れて、遂に死の門を開いてしまい、魔物達があふれ出てきた。そこで僕が力を解放して、魔物達を蹴散らした。死の門は閉じることが出来たが、ジェラードは見つかっていない。死の門の鍵である霊刀ゼロは……。


 シャラが大事そうに鞘に収まった刀を抱えていた。

「こいつもいつまでも抱えているわけにはいかないし、どうにか処分する方法を考えないとな。叩き折るにしても、魔力が込められているせいかびくともしないしな」

 とりあえず、霊刀ゼロがこちらの手の内にある以上、ジェラードはまた死の門を開けるという手段に出ることが出来ないでいるということだ。


 しかし、僕の中で何か腑に落ちていなかった。死の門を閉じるとき、誰かが居たような気がするのだ。そう、黒いベールを被っていたような人物が……。

「さあ、いつまでもこうしていてはいけませんわっ。朝ご飯を食べて、パワーを付けて、この刀をどうするか、話し合いましょう!」

 カミーラが僕の思考を遮って、朝の身支度の口火を切ってくれた。僕も細かいことを考えるのは後回しにして、まずは、目前の問題に集中することにした。


 朝の身支度を終える頃には、ベニとユキも集まっていた。僕は二人を見て、何か忘れているような気がしたが、それが何か思い出せなかった。

「さて。これをどうするかだな……」

 シャラは、霊刀ゼロを鞘から抜いた。相変わらず、刀身は不気味なほどに美しい。

「非常に強い魔力が込められているのは確かですね」

 カミーラは刀身をじっと見て、そう言った。

「魔力の事に関しては私じゃあ、てんで分からないからなあ。カミーラくらいしか頼れる奴がいないな」

 シャラはそう言った。

「私にもこんな武器は扱ったことはないですけど、やっぱり、王道的には魔力には魔力を込めて封印するしかないんじゃないですかね」

「封印って言っても、ジェラードみたいな奴に見つかってしまえば、また解かれるんじゃないか?」

「ジェラード様のような超強い魔力の持ち主なら、解かれてしまうかもしれませんが、魔力が多少あるくらいなら、封印の力が強ければ、そう簡単には解けるものではありませんわ。ただ、強い封印を造り出すには、強い霊場が必要となります」

「強い霊場ねえ」

「それに出来れば、封印が解かれそうになったら、すぐに気付けるように近場が良いんですけどね。」

「そんな都合の良いところなんてあるのかな」

 シャラが頭を悩ませていた。


「あのカミーラが洞窟の祠で魔物を封印した場所はどうなんだ?」

 僕は何の気なしに提案してみた。カミーラが失踪したときに見つかったあの場所だ。確か聖なる場所で魔物を封印していたって言ってたっけな。

 カミーラは僕を見て、少し考えているようだった。


「やっぱり、近すぎるかな?」

「いえ。立地的には最適だと思います」

「じゃあ、決まりだな。そこにしよう。今は私達がここに持っていても危険しかないからな。仮の場所でも良いじゃないか。とりあえず、そこに封印しておこう」

 シャラは言った。カミーラが少し腑に落ちないといった様子で考えていた。

「どうしたんだ?気になることがあるのか?」

 僕は尋ねた。

「いえ。何でもありませんわ」

 カミーラは珍しく冷たい感じでそれ以上は何も言わなかった。


 僕らは早速、洞窟の祠へと向かった。本当に近場であったので、ユキの転移魔法を使うまでもなく、僕らは徒歩で向かった。

「そう言えば、シャラとカミーラはどうやって知り合ったんだ?」

 僕は歩いている最中、ふと尋ねた。

「あれ。なんだっけなあ。昔からの腐れ縁ってやつだったよな」

 シャラが答えた。

「あら。私達の出会いを語るなら、一晩では語りつくせないんじゃなくて?」

「そうかもな。カミーラとは長い付き合いだもんな」

「そうですわ。帝国に囚われていた私を救ってくれたり、遺跡から蘇った魔人達と戦ったり、天使達に狙われていたりした時もありましたよね」

「そんなこともあったっけな」

「ひどいですわ。私達のあんな冒険の数々を忘れているなんて。ほとんど、シャラに振り回されていたのに……」

「そうかあ?カミーラの方にじゃないか?」

 シャラとカミーラはくすくすと笑いながら言い合っていた。

「二人とも凄いんだな。冒険譚がいろいろあるんだな」

 僕は感心するように言った。

「そうですわね。今度、アルにも私達の冒険譚の数々をお話してあげますわ」

「これからも私達の冒険はきっとまだまだ続きますしね……」

 カミーラは遠い眼をしてそう言った。


 僕たちは話している内に、祠へとたどり着いた。

「さてと、それでは私はここで、この刀の封印に入ります。一人で集中したいのですが、どなたか一人協力して頂けるとありがたいのですが……」

「それなら、私が行くぜ?」

 シャラが名乗り出た。

「うーん。シャラには魔力が無いから……」

「ちぇっ、何だよー」

 カミーラが僕の方を見た。

「アル。お願いできますか?」

「え。僕にも魔力は無いと思うけど」

「そんなことありませんわ。あの力を見させて頂きましたもの。潜在的な魔力は誰よりも持っていますよ」

 そうかなあと僕は照れながら、カミーラに従うことにした。シャラが恨めしそうに僕を見ていた。

「では、皆さん。ここで見張りの方をよろしくお願いします」


 そう言って、僕とカミーラは祠の中へと入っていった。カミーラの魔法の光で道を照らしつつ、僕らは暗い道を進んでいた。

「アル。一つ尋ねて良いですか?変な質問なんですが……」

 先頭を行くカミーラが振り返りもせずに急に僕に尋ねた。

「ああ」

「シャラの事をどう思ってます?」

「ど、どうって……?」

 僕は急な質問に動揺してしまっていた。

「あ。別に恋愛がどうとかというんじゃなく、いや、もちろん、そうでも良いんですけど、シャラといて、アルは楽しいのかなって思いまして。ごめんなさい。変な質問で。でも、アルと二人で話す機会なんて、あまり無いですから、せっかくの機会なんでね」


 僕は、うーんと考えてみた。

「最初は大変な奴に捕まってしまったと思ったよ。こっちの記憶がないのを良いことに、奴隷のように働かされるし。危険な目にあわされたしな」

「ふふ。シャラに捕まったのは運が悪かったですわね」

「でも、なんだかんだ言って楽しい日を過ごしてるよ。シャラとカミーラみたいな仲じゃないけどさ、僕もシャラとは腐れ縁みたいなものを感じているし。きっと波長は合ってるんだろうな。い、言っておくけど、別に恋愛云々に発展するとか、そ、そういうのはいいからな」

 僕は焦りながら言った。

「ふふふ。分かってますよ。でも、アルのその言葉を聞けて良かった。私もアルやシャラや他の皆さんと一緒に居るのが楽しいですから。このまま、ずっと皆で冒険を続ければ良いのになって思います」


 カミーラは振り返らずに話していた。その表情は読み取れなかった。僕は不意にポケットの中に何か硬いものが入っていることに気付いた。何だろうと思っていると、祠の中心部に到着した。洞窟の中に湖が入り込んでおり、湖の中心に祭壇のようなものがあった。ここに最初に来た時と同じだ。あそこにカミーラが居たんだった。カミーラは霊刀ゼロを祭壇に置き、祈りを捧げるように跪いた。


「アル。両手を前に出して、この刀に意識を集中して頂けないでしょうか?」

 僕はカミーラに言われるがままに両手を出して、霊刀ゼロに意識を向けた。

「これで良いのか?」

「はい」

 カミーラはにっこりと微笑んだ。

「では、これから封印に入りますね」

 カミーラは目を閉じて、霊刀ゼロに祈りを捧げるようなポーズを取った。

 僕は霊刀ゼロを見つめた。見れば見るほど、美しい。まるで、刀に吸い込まれてしまいそうなほどに僕の意識は刀に集中していった。刀が眩い光を放ち始めた。僕の意識はまだ刀に集中していた。


 カランコロンカラン……。


 何かが僕のポケットから落ちた。その時、僕の意識が刀から離れた。僕はポケットから床に落ちたものを見つめた。


——ガラスの欠片?いや、これはクリスタル?なんでこんなものがここに?


 何かがクリスタルの鏡面に写った。その瞬間、クリスタルの欠片に僕の意識が吸い込まれた。それは走馬灯のように僕の頭の中を流れた。シャラとカミーラが二人で旅をしている光景だ。それは断片的なものであったが、何か違和感を感じた。これはまるで物語を読んでいるかのような錯覚だ。物語……。


 そこで僕は全てを思い出した。そうだ。紗羅の記憶の中で、自分は紗羅が納得できる結末を探していたんだ。その中でここに来た。なぜか、また僕が凪だった頃の記憶を失って。死の門から中断されていた紗羅の物語が今、進行しているのだ。


 カミーラ?カミーラに関する記憶だけは紗羅の記憶の中から見つけられなかった。だけど、このクリスタルの中に確かにカミーラの記憶があった。それは、シャラとカミーラの物語としてだ。


 僕はクリスタルから意識を戻した。

「どうしました?アル?さあ、続けましょう」

「これは何の封印なんだ?」

 僕は尋ねた。

「何を言ってるんですか?この霊刀ゼロの封印をしに来たんじゃないですか?」

「本当にか?じゃあ、質問を変えよう」

 僕はカミーラの方をじっと見つめた。


「なぜ、この物語はまだ続いているんだ?」


 カミーラは、僕を見て少し黙った後、ニヤリと微笑んだ。そして、立ち上がり、僕の方に向かってきた。

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