第十三話 魔法少女もの

 一昔前、魔法少女系の漫画やアニメが流行っていた時があった。女児向けのアニメと言うわけでは無く、もっとティーン向け、というか、大きな友達と言うか、所謂、オタクと呼ばれる人向けでもあるコンテンツだ。僕はあまり興味を持てずにいたが、紗羅は、そういうアニメとか漫画での流行りのものには敏感であった。本人曰く、市場リサーチと言っていたが。魔法少女系も、彼女のリサーチに敏感に引っかかったらしく、大変興味を持ったようだ。それは僕らが中学生の時だったと思う。その時だったと思う。彼女は最初は小説ではなく、漫画を描こうとしていたのだ。その彼女の漫画デビュー作が、魔法少女ものであったのだ。だけど、僕はその姿を見ることは無く、終わったわけなのだけど。僕は知らなかった。彼女がその漫画を誰にも見せることなく終わったのが、僕は彼女の興味が薄れたせいだと思っていた。そもそも、この思春期の時期、僕らはそれほど仲良くは無かったのだ。それはそうだ、付き合ってもない男女で仲良くしていたら、それはクラスの恰好の標的になる。あいつら付き合ってる、という噂が立つのが目に見えているのだ。だから、僕は知らなかっただけなのだ。紗羅の魔法少女がなぜ日の目を見ることが無かったのかを。


「魔法少女ベニ。参上っ!悪の組織ワルイダー。お前の計画はここまでだっ!」

 魔法少女ベニは、ど派手な変身シーンから、勇ましい角が生えた、魔獣に跨っていた。

「ベヒちゃん、行くよー!」


 目前で、魔獣ベヒーモスに跨ったベニが、杖を持った悪の組織の幹部?らしき敵と戦っているところに僕は鉢合わせた。何で、ここにベニが?まさか、あのループの場面に戻ってきたのか、と僕は最初にそう思った。しかし、よく見ると、場面は一向に動くことなく、ベニを含めた全てが止まっている。よくよく見ると、白黒だ。それになんか、ベニの顔がやけに少女漫画タッチだ、と思ったら、僕はノートサイズになって、平面の絵を見ているだけと言うことに気付いた。改めて、俯瞰すると、この絵はノートに描かれたものであり、ここは学校の図書室であった。紗羅は机に座って、漫画描かれたノートを見ていたのだ。紗羅はさっきよりも大分、幼く、僕の記憶で行くと、どうやら中学生くらいだった。


 しかし、僕は初めて、紗羅の漫画を見てしまったのだ。そんな罪悪感にかられながらも、僕は改めて、紗羅の描いた主人公を見た。少女漫画タッチとは言え、これはれっきとしたベニだ。まさに名前がそうであるし、魔獣と一緒に戦っている時点で、あの物語に存在しているベニのモデルとなったことは間違いないであろう。しかし、ここにはユキの姿が描かれていなかった。また別の漫画のキャラクターなのだろうか。


 いきなりノートがバタンと閉じられた。

「あれー?紗羅ちゃんじゃん。放課後に勉強なんて優等生じゃーん」

 ノリが良さそうな女子中学生が紗羅に近付いてきた。僕は中学生の頃、紗羅と同じ学校に通っていたものの、違うクラスだったし、紗羅の知り合いにあまりなじみは無かった。もちろん、この子も見たことはあったかもしれないが良く知らなかった。

 紗羅はうん、とだけ気のない返事をした。

「この後、皆でお茶するんだけど、紗羅ちゃんも行かないー?」

「いいよ。私、やることあるから」

「あっそ」

 女子中学生は、興味なさげに去っていった。


 僕も思春期の頃は、友達は少なかった方だと思うが、紗羅はそれ以上に人付き合いが悪かったと思う。そのあと、誰かが図書室に入ってきた。見覚えのある男子学生だ。やたらと、人目を気にしながら、紗羅に近付いてきた。うん、これは僕だ。紗羅の前にドガっと座った。


「放課後に勉強なんて優等生じゃないか」

 僕は自身の言葉をこうやって、紗羅の記憶から聞くのがとても恥ずかしかった。しかも、さっきの女学生と同じセリフというところにもう赤面を隠せなかった。

「勉強じゃない」

 紗羅はつっけんどんに言った。

「そう?なにやってんの?」

 紗羅はちょっと考えてから、得意げに微笑んだ。

「聞いて驚くなよ、超大作よ」

「へえ」と男子学生の僕は返事をした。

「と、その前に……、魔法少女コノハは見た?見たよね?あれ、すっごく良くない?キャラクターももちろん魅力的なんだけど、物語も重厚で、鬱展開って言うのかな。嫌いな人もいるみたいだけど、私はああいう展開も好きで……、もちろん、最後はハッピーエンドじゃなきゃ嫌なんだけど……」


 紗羅は出会った頃から、小学生の頃からだったか、こんな感じで自分が読んでいた漫画やアニメの話をするのが好きだった。この頃からだったと思う。紗羅が自作小説とか自作漫画の話もするようになったのは。僕はそんな紗羅の話を適当に聞いている、合わせてやってる、っていうふりをしながら、真剣に聞くのが好きだったのだ。


「で、本題だけど……」

 紗羅は、さっきのノートを膝元から出した。

「何それ?」

「超大作。魔法少女の漫画」

「え。描いているの。凄いじゃん。見せてよ」

「ヤダ」紗羅は即答した。

「なんでだよ」

「まだ描きかけだし。描き終わったら見せるよ」

「ほんと?」

「うん。私の漫画家デビュー作の最初の読者にしてあげるよ」

「マジかー。気合入ってんなー」

 紗羅は、ふふふと得意げに笑った。


 しかし、結局、この紗羅のデビュー作は僕は見ることは無く、今になって見ることになってしまったのだが。その経緯を僕は知らなかったのだ。中学生の紗羅と僕は気が付かなかったようだが、僕は図書室の外でさっきの女子中学生が僕らをこっそりとみていることに気付いた。彼女は冷ややかな目で僕らを見ていた。


 場面は反転して、教室のシーンになった。どうやら昼食中のようだ。紗羅は一人座って、パンを食べている。僕は廊下を通りがかっている、中学生の僕自身に気が付いた。チラと、教室を見て、そのまま立ち去ってしまった。人目が多いのを気にしてしまったんだっけな。

「はーい、みんなー。注目―!」

 一人の女子学生が教壇の前に立った。あの図書室で紗羅に話しかけてきた子だ。

「今日は漫画の朗読会しまーす」

 教室に居た生徒たちは、何が始まるんだとガヤガヤとしていた。女子学生がノートを取り出した。あの紗羅が漫画を描いていたノートだ。紗羅は、鬼気迫る顔になって、椅子を立った。

「これは、何と、そこに居る紗羅ちゃんが描いたんだってー!じゃあ、読むよー!」

 紗羅は、生徒たちをかき分けて、教壇に向かったが、もう遅かった。

「魔法少女ベニちゃんだってー。カワイイ―!へー。悪の組織と戦ってるんだー。すごーい!」

 紗羅は、女子学生からノートを強引に取り返した。

「魔法少女って、あの今、人気のコノハのやつー?」

「えー。パクリじゃんー!」

「ていうか、中学生にもなってそんなの描いてんのー?」

「もしかして、紗羅ちゃんってオタク―?」

 生徒たちは皆、口々に紗羅のことを揶揄し始めた。紗羅は赤面して何も言えないでいた。


「ちょっとー。みんな、言いすぎだよー。紗羅ちゃん、かわいそうじゃんー」

 ノートを見せた女子学生が紗羅を庇うように言った。

「紗羅ちゃん。気にしないでね。私は紗羅ちゃんの描いた漫画好きだよ」

 紗羅は、え?という顔で女子学生を見た。

「こーんな子供みたいな絵を描く紗羅ちゃんって、かわいいなーって思って、ねー!」

 女学生は、ニタァと意地悪そうな笑みを浮かべた。紗羅はこれ以上無いくらいに顔を真っ赤にして、持っていたノートをくしゃくしゃにして足でドンドンと踏みつけた。

「ちょっとー。紗羅ちゃん怒らせちゃったじゃない。誰か謝りなさいよー」

「一番、怒らせたのお前だろー?」

「えー。そうかなー。私は紗羅ちゃんの漫画好きだって言っただけだよー?」

 紗羅はもうそれ以上、生徒たちの話を聞かず、ぐちゃぐちゃになったノートを持って、教室を飛び出していった。


 紗羅のデビュー作が読めなかったのはこれが理由だったのかと僕は自分が勘違いしていたことに悔いた。そして、あの時、僕が教室に入っていたら、何か状況が変わっていたのかもしれないと思うと、後悔の思いと、紗羅に対する同情の思いが湧いてきた。


 そう。この頃からだったと思う。図書室に行っても、紗羅は話しかけてくれなくなったのは。僕はこの時、紗羅の思いなんて知る由もなく、単に紗羅の心は自分に向いてなく、単純に小説とか漫画とかに向けられて、自分には見向きをしなくなったんだなと、独りよがりになっていたんだなと今になって気付かされた。この時、紗羅の思いを分かってあげて、寄り添ってあげれば、何か違う結末になっていたのかもしれない、と後悔したってもう遅いのだ。僕らは思春期で若かったのだ。それだけのことだ。


 しばらくは、紗羅の記憶からは小説や漫画の事は忘れさられていた。教室では前よりも更に孤立していったように見えた。しかし、そんなある日、紗羅は自室で漫画を描き始めていた。紗羅は、誰にも頼ることなく、自分で漫画を描くことに復帰したのだ。僕は改めて、紗羅の精神力の強さに驚いた。僕は、見てはいけないと思いつつも、紗羅のその強さへの好奇心に勝てずに、その漫画を覗いてしまった。


「邪魔者はデリートする」

 白髪の魔法少女は、両手を血みどろにして、禍々しい形のナイフを握っていた。そして、雪がおびただしい死体の山の上に降り積もっていた。

「私はユキ。全ての罪を真っ白な雪で覆いつくすの」

 魔法少女ユキは、一人、降り積もる雪の中を歩いていた。

「ベニ。何処に居るの?きっと見つけてあげるから……」

 魔法少女ユキは、囚われたベニを探す為、彼女を捕らえたと思われる悪人どもを一人一人血祭りに上げながら旅を続けていた。


 なるほど。ユキの方はこういう感じで生まれたんだなと、僕は妙に納得した。紗羅の物語の中とは言え、ベニとユキが仲良く揃って暮らしているのが見れて、僕は少しホッとした。紗羅の中ではまだ納得がいっていないのかもしれないけど、ベニとユキの二人がバランスを取って存在しているってことは、紗羅の中でも過去の事に折り合いが付いているってことなのだろうかなと、僕は思った。そこで、また場面はフェードアウトし、ガイドブックの世界の帰ってきた。


「何だか悲しそうな顔をされていますね、大丈夫でしょうか?」

「あ、ああ。ちょっと紗羅の過去で僕も関係してたから……」

 ガイドブックは、心配そうに僕を見ていた。

「あなたがここに招かれたということは、あなたが紗羅を解放するカギとなるはずなのです。お辛い記憶もあるでしょうが、これも紗羅を解放する為なのです」

 そんなことは分かっている。分かっているけど、過去の過ちっていうものは見返すだけで辛いものだ。でもそれと向き合うこと、それが未来に繋がるのだ。

 僕は、その時、ハッとした。紗羅が納得していないことって、もしかしたら……。


「凪。何か気付かれましたでしょうか?」

「いや、でも、仮にそうだとしても、これをどう解決したら良いのか……」

「まあ、そう焦ることもありませんわ。問題と言うのは、糸のように複雑に絡み合って生まれているものですわ。焦らず、ゆっくりと一本、一本、紐解いていく、時間は掛かりますが、地道に続ける、それが一番の近道ですわ」

 ガイドブックは、さも全てわかっているかのように言っていた。


「さあ、次の記憶ですわ」

 ガイドブックは、クリスタルを取り出した。

「この流れで行くと、紗羅の物語に登場しているキャラクターの背景について、一人一人紹介している感じだな。と言うことは、次はカミーラの番か?」

 ガイドブックは、ふふ、どうでしょう、と何かを含んだような笑みを浮かべていた。クリスタルが僕の額に触れた。光が僕を包み込んだ。意識を失う瞬間、何か黒い靄のようなものが見えた気がした。

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