第十話??? 死の門

 シャラと僕は、カミーラ達が戦っている間にジェラードの元に向かうべく、洞窟内を駆けていた。


「シャラ。待ってくれ」

 僕はシャラを止めた。

「どうしたんだ、アル?先を急がないと」

「これは明らかにおかしい。僕たちはジェラードとの戦いをループしている」

「何を言っているんだ?私達は今からジェラードと戦うんだろ?」


 どうやら、シャラにはループしている記憶は無いらしい。僕だけが覚えている。

「シャラにとっては初めてかもしれないけど、確かにそうなんだ。この後、ジェラードと戦って、死の門が開けられて、魔物が出てくるか、ジェラードが魔物になるのか分からないけど。それで、僕の力が解放されて……。そうだ、最後に急に黒いベールの女が現れて、おそらく、そいつが原因で僕たちはループさせられてるんだ」


 シャラは訝しげに僕を見た。

「アル。怖気づいたんなら、ここに居てもいい。私だけでも何とかする」

 シャラは洞窟の先に走りだした。

「ま、待ってくれ!」

 僕は慌てて、シャラを追いかけた。


 駄目だ。やはり、信じてくれない。この展開を進めるしかない。だけど、あの黒いベールの女だけは何とかしないと。いつまでもこのループが繰り返されてしまう。

 僕らは死の門に辿り着き、ジェラードと対峙した。

「遅かったではないか」

「ここで終わりにしてやるっ!」

 シャラとジェラードの戦闘が始まった。いつもの如く、シャラが押される形となった。

「死の力を我にっ!」

 ジェラードは死の門に霊刀ゼロを向けた。扉が開かれた。次はどのような展開となるのか、僕は恐怖を感じながらも、なぜか期待もしていた。門の奥は真っ暗闇であった。しかし、今度は白い煙が辺りを包み込んだ。煙が次第に晴れていくと、無数の影が見えた。


 それは一言で言うと、バラエティーに富んだ異形の魔物達であった。僕の記憶にあった、死の門から出てきた悪魔みたいな奴もいたし、巨大なドラゴンもいた。人型の魔物もいたが、角が生えていたり、羽が生えていたりとか、紳士のような服を着ていたりとか、男だったり、女だったり、巨大だったり、グロテスクだったり、とにかく一貫性は無かった。中には一見、可愛らしそうなぬいぐるみのような魔物?も居たが、そいつは他の出てきた魔物達を手当たり次第に食らいついていた。


 そして、一人、人型の比較的綺麗めなタイプの魔物が前に出た。

「ふふふ。ここが地上か。何万年ぶりであろうか。封印されていた我が恨み、今こそ晴らして……、う、うわぁー!」

 しかし、いきなり、後ろからぬいぐるみの魔物に食べられてしまった。

「おなかぺこぺこ―。おいしそうなものがいっぱい―」

「だ、だれかコイツを抑えろっ!」


 何だか分からないが、死の門の前は地獄絵図となっていた。その隙間からジェラードが這い出てきた。

「な、なんなんだ、これは。私が聞いていたのと何か違うぞ……」

 ジェラードにも良く分からない状況のようだった。

「だ、だが、とにかく、強い魔物達なのは確かだ。これでこの国を手中に……、って、う、うわぁー!」

 ジェラードは足を掴まれ、魔物達の地獄絵図の中に引きずり込まれてしまった。

「あ、兄貴……」

 シャラは心配しているようで、いや、それよりもこの状況に対して困惑の方が占めていたようだ。


「な、何なんですか、これは……?」

 そうこうしている内に、カミーラ達が駆けつけた。

「うーん。良く分からないが、死の門から奴らが出てきて、勝手に殺し合いをしている」

「ジェラードは?」ユキが聞いた。

「あの中だ。無事かどうか……」

 僕は半ば諦めたように言った。どうせ、またループするのだろう、と僕はこの状況を深く考えないようにしていた。


 すると、突然、眩い光が死の門の前の魔物達を一斉に包んだ。一瞬にて魔物達が消え去った。その場には、倒れたジェラードと、あの黒いベールの女が立っていた。手には霊刀ゼロが握られていた。


 う、う……、とジェラードは唸っていたので、どうやらあの中で生きていたようだ。大した生命力であった。黒いベールの女がまた現れたことに僕は驚きはしなかった。だが、このままループされては延々に繰り返してしまう。僕は女の前にすかさず駆け寄った。


「お前の目的は何なんだ?なぜ同じことを繰り返すんだ?」

「……凪」


 僕は、ハッとした。そうだ、ループの前に何度も聞かされた名前。


 そう、それは僕の本当の名前だった。その名前を思い出した瞬間、僕の記憶の底の水面に波紋が拡がるように深い記憶の底から、この世界に来る前の記憶が呼び起こされていった。そうだ。僕は確か、紗羅の家に来て、彼女の失踪の原因を知るために彼女が書いていた小説を読んでいたんだった。その時にこの世界に来たんだ。じゃあ、この世界は……。


「だいたい、お考えの通りですわ、さすが、凪」

「ここは、紗羅の小説の中の世界、なのか?」

 僕はシャラの方を見た。シャラは全く状況が分かっていない様子でぽかんとしていた。

「じゃあ、ここにいる皆は……?」

「紗羅の考えたキャラクターとでも言ったら分かりやすいかと。ただ、そこに居るシャラは、紗羅ご自身の意思が強く反映された、言わば、小説の主人公のような存在ですね」


 僕はシャラを観察した。確かに言われてみれば、紗羅の面影はどこかある。

「アル。何なんだ、この女は?何を言っているんだ?サラって誰の事だ?キャラクターって?小説って何のことなんだ?」

 シャラは困惑していた。

「シャラには、紗羅の記憶は無いのか?」

「そうですね。いちキャラクターに過ぎませんからね」

「僕には記憶がある……」

 ふふふ、とだけ女は微笑んでそれに対しては何も答えなかった。僕はいろいろ聞く必要があったが、一番聞きたかったことを聞かねばならない。


「ここが小説の世界とか、紗羅の創り出したものなのか、良く分からないけど、何でこの場面だけを繰り返しているんだ?」

「それは、当然の事ですわ」

 黒いベールの女が言った。

「だって、こんな結末は紗羅の臨んだ結末じゃないんですもの」

 女は手のひらで辺りを指した。ぼろぼろになったジェラードや、消えそこなった魔物の死体が散らかっていた。確かに今回のは酷かった。脈絡も何もなく終わってしまったのだから。


「納得いくものになるまで繰り返すのは当然ですわ」

「それはどれだけかかるんだ?」

 さあ、という風に女は首を振った。


 僕はシャラを見た。納得いくまで……。僕はその瞬間、ゾッとした。そうだ、紗羅は小説を完成させた事が無かったのだ。紗羅が納得がいく結末なんてあるのだろうか。


「このまま、紗羅が納得しなかったらどうなるんだ?」

「それは、ずっと、これを繰り返すだけなのではないでしょうかね」

 女はあっけらかんとして言った。


 ……それは、それは困る。


「どうにかする方法は無いのか?」

 女は首を振った。

「紗羅が納得いくようにするしかない。それが答えですわ」

 僕はシャラに振り返って、肩を掴んだ。

「なあ、思い出してくれ、僕は凪だ。君は紗羅なんだ。ここは君が書いている小説の中なんだ。君が納得して、この世界を終わらせないと、僕らはずっとここに閉じ込められたままになるんだっ!」


 僕は一生懸命に説明したが、シャラはぽかんとしていた。

「サラ?何を言ってるんだ?私はシャラだ。それに小説って。何の冗談だよ。あの女が黒幕なのか?」

 駄目だ。やはり、分かってくれない。

「無駄ですわ。その子は主人公というキャラクターの一人。その子に何を言っても通じませんわ」

「だから、こうやって、この世界を繰り返して、紗羅が納得いく結末を見つけるしかないのですよ」

 そう言って、女は霊刀ゼロを扉に向けた。


「ま、待ってくれ。その前にお前は何者なんだ?紗羅自身なのか?」

 ふふ、とだけ女は微笑んで何も答えなかった。扉が開かれ、光が辺りを包んだ。また、あの場面に戻るのだ。僕は意を決して、眼を閉じた。

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