第十話?? 死の門

シャラと僕はほのかに照らされた洞窟の先を駆けていた。カミーラ達はジェラードの部下と戦っている。その間にジェラードの元に辿り着かなければならない。


——あれ?また、同じだ。


 僕は奇妙な感覚に囚われた。ずっとこのシーンを繰り返しているような……。僕は立ち止まった。


「アル。どうした?」

「シャラ。何か変じゃないか?僕たちは何度もジェラードと戦っているような気がする」

 シャラは訝しげに僕を見た。

「何を言っているんだ?今からジェラードと戦うんだろう?」

「そうなんだけど……」

「とにかく、今は急ぐぞ。もたもたしていると、ジェラードが門を開けてしまう!」


 僕はひとまず、シャラの言う通り先を急ぐことにした。この後に、死の門に辿り着き、ジェラードと戦って勝てなくて、死の門が開けられて、魔物がいっぱい出てきて、僕が力を解放して、魔物を一掃する。あれ、ジェラードも魔物になってしまうんだっけ?


 僕はこのデジャブのような感覚に苛まれながらも、シャラと共に死の門に辿り着いた。死の門の前には、やはり、ジェラードが居た。


「待ちくたびれたぞ、シャラ」

「どうやら間に合ったみたいだな。兄貴の計画もここで終わりだっ!」

 シャラとジェラードの戦闘が始まった。ここも同じだ。しばらくは互角にやり合っているように見えたが、シャラが圧倒的に押されて、シャラはその場に屈みこんでしまった。


「はぁはぁ。まだだ……」

「愚かな妹よ。圧倒的な力というものをみせてやろう」


 ジェラードは霊刀ゼロを死の門に向けた。すると、鈍い金属音を鳴り響き、死の門がゆっくりと開かれた。門の奥は真っ暗闇であった。


 ここから大量に赤い眼玉の魔物が現れるはず。僕の記憶ではそうなっていた。

 しかし、赤い眼玉は出てこずに、代わりに黒い煙が門から湧き出てきた。その煙は意思を持っているかのようにジェラードの周りを包んだ。

「な、なんだ、これは……?やめろ、やめろっ!!」

 ジェラードは煙に包まれ、もがき苦しんだ。


「兄貴っ!」

 シャラが近づこうとするが、僕はシャラを制した。やがて、黒い煙は晴れた。ジェラードは何事も無かったかのように立っていたが、眼を閉じたままであった。

「兄貴……?」

 シャラが呼び掛けても返事は無かった。ジェラードの眼が開かれると、その眼球は深紅色へと変わっていて、不敵な笑みを浮かべていた。


「ふはははは。素晴らしい、素晴らしいぞっ。身体の底から力がみなぎってくるようだ。うぐっ……、やめろっ。何をするっ!!」

 ジェラードは呻き声をあげ、急に蹲った。すると、身体がぼこぼこと変形していき、次第に身体が肥大していった。そして、頭からは角が生え、背中には大きな漆黒の翼が生えた。巨大化したその姿はまさに悪魔そのものであった。


「ふぅ。心地よい感覚だ。何千年ぶりだろうかな」

 ジェラードは落ち着いた様子になった。

「兄貴……、どうしちまったんだ?」

ジェラードは立ち上がり、こちらを見た。

「人の子よ。我の封印を解いてくれたこと、感謝する」

「お前は誰なんだ……?」

 僕は尋ねた。

「名などどうでも良いが、封印される前は、人は我のことを魔神ルシとでも言っておったな」

「兄貴はどうなったんだよ」

「この身体の人間の事か?自ら進んで生贄になったのだろう?良い身体だ。感謝するぞ」

「黙れっ。兄貴の身体を返せっ!」

 シャラは飛び掛かろうとした。しかし、魔神が手を出すと、シャラの身体がぴたりと止まってしまった。

「慌てるな。この者の身体から、この者の意思が伝わってくるぞ。世界を滅ぼしてほしいとな。奇遇だな、我もそのつもりだった。封印されて数千年。人間どもに復讐する機会をうかがっていたのでな」

「く、くそ……」

 シャラは金縛りにあったかのように身動きできないでいた。魔神ルシは腕を上げた。漆黒の翼が開かれた。

「まずは、あそこだな」

 魔神の手から無数の光線が放たれ、洞窟の天井を突き破った。洞窟を突き破った光線は四方に散らばっていった。


「何をしたんだ?」

「煩わしい人間ども町を焼き払ってやった」

 恐ろしい力だった。一瞬で町を壊滅できるほどの力を持っている。僕はまだ力を解放できずにいたが、この魔神にも通用するのか、不安であった。しかし、このまま指をくわえているわけにはいかなかった。僕は剣を構え、魔神と対峙した。


「ほう。勇敢なる人間よ。まるで、数千年前に封印された時のようだな。あの時も、確か勇者と呼ばれた人間が我に挑んできたのだったな。だが、見たところ、そなたにはそれほどの力が無いように見えるぞ」

 僕の身体はガタガタと震えていた。

「止めろ。アル。お前の敵う相手じゃない!」

 シャラは言ったが、もう後に引けなかった。魔神が腕を上げた。

「勇敢な人間よ。お前を見ていると、あの勇者を思い出す。お前には悪いが、鬱憤晴らしに消させてもらおう」


 魔神の腕から光線が放たれた。今だ、ようやく来たっ!あの感覚だ!

 光線がスローモーションになった。僕は素早く魔神の懐に飛び込み、剣で魔神の腕を斬った。光線は霧散し、魔神の腕がその場にポトリと落ちた。魔神は、え?という顔をして、斬り落とされた腕を見た。

「アルっ!」

 シャラが驚きの表情で僕を見た。


「待たせたな」

 僕はシャラを抱えると、シャラは金縛りから解放された。

「いつまで引っ付いてんだよ、放せよっ」

 シャラは顔を赤らめて背けた。

「とっとと、あいつを倒してしまえっ」

「了解っ!」

 僕は魔神に剣を向けた。

「あんたには悪いが、鬱憤晴らしさせてもらうぜっ」

 僕は魔神のセリフをそのまま言い返してやった。

「この程度で調子に乗るなよ、小僧っ!」


 魔神は憤りを見せ、僕に襲い掛かってきた。僕は、魔神の猛撃をいなし、剣の腹を何度か魔神の身体に打ち付けた。魔神はよろよろとなってしまった。

「馬鹿な、こんなことがあるわけが無い……」

「さて、どうやって、元のジェラードに戻すかだな」

 僕は考えていると、魔神はよろよろと死の門の前に向かって行った。

「アルっ。まずいぞ。あいつ、何かをする気だ」

 シャラが叫んだ。僕は慌てて、魔神を追いかけていったが、魔神は死の門の前まで来ていた。魔神は不敵な笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

「勇者よ。さすがだ。しかし、これでお前たちの負けだ」

 魔神は負け惜しみでそう言っているのでは無さそうだった。

「死の門を破壊する。そうすれば、この世界は死の世界と繋がり、全ては無に帰すのだ」

 僕は急いで魔神を止めようとしたが。


「もう遅い」

 魔神は腕を上げた。光線を放つつもりだ。しかし、魔神の手はくるりと翻り、自分の方に向けられ、光線が放たれた。魔神は光線を自ら浴びてしまった。

「な、ぜだ……」

 黒焦げになった魔神はズドンとその場に倒れた。そしてむくりと起き上がった。魔神は苦痛の表情を浮かべながらも、その眼球は深紅から、元の黒色に戻っていた。

「シャ、シャラ……」

「兄貴?兄貴に戻ったのか?」

 シャラは掛けよろうとしたが、ジェラードは制した。ジェラードは僕の方を見て、少し微笑んだ。

「フッ。間違っていたのは俺の方だったのかもな。お前には仲間がいた。俺にはそれが無かったのだ。それが俺の敗因だ」

「そんなことはどうでもいい!早くこっちに来て」

 ジェラードは首を振った。

「俺はもう持たん。それに今はコイツを抑えているが、すぐに意識を奪われる。その前に最後の仕事をしなければならないのだ」

 ジェラードは死の門に振り返った。

「兄貴。何をするつもりだ?」

「あと始末さ。コイツと共に封印される」

「駄目だ、兄貴。そんなことしちゃ……。兄貴がいないと、私は……」

 シャラは涙目になりながら言った。ジェラードは振り返った。

「お前はもう大丈夫だ。仲間たちがいる」

 ジェラードは僕の方を見た。そして、小声で囁くように言った。

「シャラを頼んだぞ……」

 そう言うと、ジェラードは死の門の暗闇の中へと倒れるように入っていった。

「兄貴ぃー!!」

 シャラが叫んだ。ジェラードが死の門に入ると同時に、扉が勢いよくバタンと閉じられた。辺りを静寂が包んだ。シャラがその場にへたり込んだ。後方からドタバタと誰かが来る音が聞こえた。


「終わったのですか?」

 カミーラ達が駆けつけてくれた。

「ああ。でもジェラードが……」

 僕は事の顛末を簡単に説明した。

「そうだったのですか……」

 カミーラはシャラを慰めるように肩に手を置いた。

これで終わったのだろうか。これまでと少し展開が違った気がする。そうだ、この後……。


 僕は再び、神経を研ぎ澄まし、辺りを見た。

「どうしたの、お兄ちゃん。まだ敵がいるの?」

「……確信は無いけど、この後、黒いベールの女が現れるはず」

「黒いベール……?」

ユキも不思議そうに言った。

「そうだ。刀はどこだ、ジェラードの持っていた刀だ」

「それなら、ここにありますけども」

 と言って、カミーラは刀を拾った。僕は急いで刀をカミーラからもらった。


 これがあれば、大丈夫だ。これさえ、奪われなければ死の門は開かれずにこのまま終わることが出来る。

「このまま終わる?誰がそんなことを赦して?」

 死の門の方から声が聞こえた。僕は振り返ると、黒いベールの女が立っていた。その手には刀が握られていた。僕の手にはちゃんと刀はあった。


——な、なんで……?


 女は霊刀ゼロを死の門に向けた。門は開かれ、光があふれだしてきた。女は僕に向かって微笑んだ。

「そんな簡単には終わらせませんわ。また会いましょう、ナギ」

——ナギ、ナギ、凪。そうだ、その名前は確か……!!

 洞窟内は真っ白な光に包まれていった。

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