第九話 決行
翌朝、いつものようにシャラに叩き起こされた。僕はシャラとカミーラの共有スペースを使わせてもらっているので、シャラかカミーラが起きると必然的に起こされる宿命なのである。シャラは、あんなことがあった翌朝ですら、少しも疲れを残していない風に見えた。僕の方は身体がバキバキに痛かったにも関わらず。しかし、シャラの目の下にクマがあったから、やはり、しっかりとは寝れなかったのだろう。
カミーラも起きてきて、僕らは朝の支度を終え、その頃にはベニとユキもやってきた。僕とシャラは、シャラがこれまで集めてきたジェラードの情報から始まって、昨日、ジェラードの邸宅に侵入したこと、そこで、ジェラードから聞いたこと、僕が謎の力を解放したことをかいつまんで説明した。
カミーラは頭を抱えた。
「事前にある程度、分かっていたとは言え、情報量が多すぎますね……」
「ごめんよ」
シャラは申し訳なさそうに言った。
「しかし……」
カミーラが、はぁ、とため息をついた。
「まさか、あのジェラード様がそんなことを……」
「そっか。カミーラはジェラード推しだったもんね。ごめんね、あんな兄貴で」
とシャラは言いつつも、無関心そうだった。
「いえ。ジェラード様のお心を取り戻すのは、ファンクラブ会員としての使命ですから。ジェラード様のお心が取り戻せたあかつきには、ファンクラブの名誉会員にさせてもらいますっ!」
カミーラは意気揚々と叫んだ。
「マジか。兄貴、ファンクラブまであったんだな……。てか、別に良いじゃん、名誉会員とかどうでも。そんなに兄貴の事が好きならもう彼女にでも、妻にでもなっちゃったら?」
「え。え。ええっー!?」
カミーラは、顔を真っ赤にしていた。
「わ、わたしなんかが、じぇ、ジェラード様の妻……!?」
「妹が公認するんだから、問題ないだろ?それにあいつには誰かが手綱を付けておかないと、何をしでかすか分からないからな」
「そ、そ、そうですよねっ!」
カミーラは、明らかに動揺していたが、俄然、やる気は出たようだった。
「あと、そのアルの力というのは……?」
カミーラは、僕の方を見た。僕は首を振った。
「良く分からないんだ。無我夢中でやってたら、急にジェラードの動きがゆっくりに見えたんだ」
「人間離れしていた、あの動きは」
シャラは言った。それまで黙っていたユキが突然、僕の前まで来た。そして、スッと僕の額に手を当てた。
「何か分かるのか?」
僕は尋ねた。
「うん。魔力とかスキルとか何らかの力を持っていたら、分析は出来る」
ユキは平然と言ってのけた。
ユキの手が淡く光った。すると、ユキがハッと何か気付いたように見えたが、すぐに首を傾げた。
「何か分かったのか?」
ユキはこくんと頷いた。
「凄い。これだけ能力を持たない人間を初めて見たかも。私なら0.3秒くらいで殺すことが出来る」
ユキは目を見開いて、驚いたように言った。
「おいおいおい。なんかとっても傷ついたし、別に最後のは言わなくて言いだろっ」
僕は必死に言った。
「でも、本当に何なんだろうね。アルのあの力が本当に使えれば、ジェラードに対抗できる最強の武器になるのなあ」
シャラは残念そうに言った。
「ま。とにかく、今はそれを考えている時間はない。死の門を何とかしなかきゃならないんだから」
「それはそうだけど」
と僕はシャラ以外のメンバーを見た。僕は皆の意思をまず確認したかった。
「ここからは、ジェラードと命を懸ける戦いになるんだ。シャラと僕はもう意思は決まっている。だけど、他の皆はどうなんだ?世界を救うとは言え、誰だって自分の命が大事だ。断る権利だってあるんだ」
まず、僕はカミーラの方を見た。
「もちろん、先ほども言いました通り、ジェラード様のお心を取り戻すなら、この命を懸ける覚悟はあります」
カミーラはそう言い切った。次に僕はベニとユキの方を見た。
「君たちは僕らが巻き込んでしまっただけだから、このまま僕らに付き合う必要は無いんだ」
ベニとユキは互いに見合った。ベニはにっこりと笑って手を挙げた。
「私も一緒に行くよ。国が滅ぼされちゃったら、遊べなくなるし、シャラもお兄ちゃん達も困るんでしょ?なら、全然、大丈夫だよー」
ベニはあっけらかんとそう答えた。ユキも黙ってゆっくりと手を挙げた。
「ベニが行くなら私も行きます。正直、この国の人間がどうなろうとあまり興味ありませんが、ここに居る方々は興味深いので、私ももう少し一緒に居たいです」
ユキは相変わらずの無表情でそう言った。
「皆、有難う」
シャラは頭を下げた。
「よし。じゃあ、早速、どうするかだけど」
僕は話を戻した。
「死の門に行くんだよな?」
僕はシャラに振った。
「ああ。場所は分かっている。ここからそう遠くはない。でも、ジェラードも早速、向かうだろうから、もう猶予が無いはず」
「門って言っても、ハンマーで柱を叩けば、壊せるってわけでもないんだろう?あては付いているのか?」
僕は尋ねた。
「私も見たことが無いから、何とも言えないけど、さすがに簡単には壊せないだろうと思う。それよりも、私はジェラードの持っていた鍵の方が勝算があると思う。たとえ、ジェラードが万一、門を開けたとしても、その鍵があれば閉めることも出来るだろうし、鍵の方なら、ただの物だから、壊すなり、隠すなり何とでも出来そうだ」
「ジェラードからそれを奪い取るのが一番の問題だな」
僕は言った。
「それは、アルの力でちゃちゃっとやってくれればいい」
シャラは楽観的に言った。あてにされるのは困ったものだと僕は思った。
「ともかく、死の門に行くとしますか」
僕らはやることを決めてからは、直ぐに行動に取り掛かった。ジェラードとの闘いに備えて、皆、入念な準備をした。僕もあの力が発揮できるかどうか分からなかったが、ほとんど役に立っていなかったが、いつも持ち歩いていた軽めの剣を装着した。シャラが新調した短刀と愛用のブーメランを持っていた。最近は、ブーメランの方はあまり使うことが無かったが、何処かに行く際には決まって持って行っていた。ふと、そのブーメランを見ると、真ん中にクリスタルをはめ込んだような装飾がされており、ただの武器というか、由緒がありそうなものであった。
僕がブーメランをじろじろと見ていると、シャラが気が付いた。
「ああ。このブーメランな。最近、使う機会が無いが、これはお守り的な意味も含んでいるんだ。どこでもらったか買ったか忘れたけど、私が子供の頃からなぜか大事に持っていたそうだよ。なんかこれがないと落ち着かないんだ。あいつとの戦いは熾烈を極めるだろうからな。これが何かの助けになるかもしれないしな」
そう言って、ギュッとブーメランを握りしめた。そして、シャラは短刀とブーメランをしっかりと装着した。そして、僕らは一通りの準備を整え、死の門へ出発した。
僕らは行けるところまで街道で馬車を使って行った。ユキの転移魔法は、ユキが行ったところしか行けないらしく、今回は使えなかった。街道の途切れたところで、場所を降り、そこからは徒歩で進んでいった。死の門は、町から離れた山岳地帯にあるとの事だった。町からは一日程かかると言う。その山岳地帯は魔物はあまり出ることは無かったので、これまで行ったことが無かったのだ。進むべき方向は、シャラには分かっていたようで、僕らはシャラに従って黙々と行軍を進めた。
最初は緑の多い草原や森を抜けていったが、辺りが次第に緑が少なくなっていった。枯れ木が目立つようになり、生気が無くなっていく印象を覚えた。そして、しばらくすると、緑は全く見えなくなり、砂と岩石だけの無機的な場所になっていった。
「死の門に近付いているって感じがするな」
僕は言った。
「魔物も動物もほとんど出ないし、ヤバそうな雰囲気だな」
シャラも辺りを警戒していた。
僕らは歩いていくと、突然、地面にぽっかりと空いた穴が現れた。穴の大きさは数メートルはあるほどの大きなもので、何とか入れそうな傾斜であった。
「この奥から魔力を感じる……」
ユキはボソッと言った。
「この奥に死の門があるのか?」
僕はシャラに尋ねた。
「おそらくね」
僕らはまさに死への入り口とも言わんばかりの大穴に入ることにした。再び、日の光を見れることを信じて、僕らは入っていった。カミーラが魔法で光を灯してくれたおかげで、暗闇にも不便することなく、進むことが出来た。洞穴のなかは、穴のサイズに比べたら狭く、光に照らされた壁が良く見えた。僕ら5人が並んで通れる幅であった。そして、外に比べると、寒さが一層と際立った。体に感じる寒さというか、精神的にも僕らを凍り付かせるような、そんな寒さであった。
「ベニ、ユキ、大丈夫か?」
僕は、おそらく一番、堪えているだろうベニとユキを気遣った。
「なにがー?」
「その、怖くは無いのか?」
「うん。全然」
ベニはあっけらかんと答えた。ユキも同じ様子だった。二人とも大丈夫そうには見えたが、いつものベニのテンションに比べたら、大人しかったので、多少の影響はあったのかもしれない。
洞窟の中はますます寒くなっていった。すると、少し開けた空間に出た。
「ちょっと待ってください。奥に誰かいます」
カミーラが止まった。すると、奥の暗闇から、コツンコツンと足音が聞こえてきた。暗闇の奥から一人の男の姿が光に照らしだされた。
「お、お前は……」
シャラが最初に気付いた。
「シャラ様。お久しぶりでございます」
僕もその顔には見覚えがあった。そう、あのジェラードの側近の一人だ。確か名前は。
「ウィルと申します。以後、お見知りおきを」
「くそっ。ジェラードの方が早かったのか」
「いえいえ。私達も今しがた、着いたばかりでございます。なので、ジェラード様の用事が済むまで、私が皆さんのおもてなしを仰せつかっております」
「ちっ。こんな奴の相手をしている暇はないのに!」
カミーラが前に出た。
「ここは私に任せてください。皆さんは先に!」
「カミーラ……」
シャラが心配そうにカミーラを見た。カミーラは微笑んだ。
「大丈夫です、シャラ。こんなところで簡単に負けたりしません。それに、約束したでしょう?ちゃんと、ジェラード様とお話を付けてくださいね」
カミーラは、短槍をウィルに向けた。
「大魔術師様。ちょうど良い機会ですわ。一度、お手を合わせてみたかったのです」
「あなたが私の相手ですか……?」
ウィルは、ふふふと、不気味にほくそ笑んだ。
「さあ、行ってください!」
カミーラは僕らに先に行くように促した。僕は、シャラを引っ張って、洞窟の奥へと走っていった。カミーラたちの姿が見えなくなると、カミーラたちが居る方からドガンと大きな音がした。
「カミーラっ!?」
シャラは振り返った。僕はシャラの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。カミーラの実力はお前が一番、知っているだろう?」
シャラは頷いた。そして、前を向いて、再び走り出した。
カミーラに代わって、ユキが道を照らしてくれていたのだが、洞窟の奥の方に光が見えてきた。よく見ると、壁から光が放たれており、一部の岩石自体が光を放っていたのだ。そして、次第に空気が熱くなっていくのが感じられた。また開けた空間に出た。その空間の真ん中には二人の男が居た。一人は大きな剣を持った大男。もう一人は、ジェラードの邸宅に居たあの男だった。
「やっぱり、コイツらも居たか」
シャラがめんどくさそうに言った。
「ぐはははは。我が名はギナフ。ジェラード様の側近が一人。ここからは我らが通さんぞー」
大男の方が言った。
「シャラ様。あの時の借りは返させて頂きますよ」
プロトの方も剣を構えて、そう言った。
「めんどくさいなあ。先を急がないといけないのに」
シャラは構えたが、ベニとユキが先に前に出た。
「ということは、ここは私達が食い止めないといけないってことね」
「承知した」
ベニとユキが言った。そして、ベニが何やら呪文を唱えると、ボカンと煙が立ち、そこから巨体の魔獣が現れた。ベニ達の家で現れた魔獣ベヒーモスだ。ベニの戦い方は、もちろん、自分で戦うこともあったが、最近は魔獣を使役して戦うやり方を覚えたようであった。
「ベヒちゃん、行くよー」
ベニは魔獣に跨って、ギナフの方に突進して行った。ガチンと、ベヒーモスの角がギナフの大剣とぶつかった。
「おお!なんと力強い魔獣か!面白いっ」
ベニが跨ったベヒーモスとギナフは距離を取った。
「ベニ。そっちの大男は任せた。私はこっちをやる」
と言って、ユキはプロトの方を見た。
「わたくしの相手は、こんな可憐な少女ですかあ?」
プロトは明らかになめていた。ユキはもちろん、シャラと互角にやり合っただけはあって、素手でも戦えたのだが、今回は少し違っていた。
「可愛がって、いたぶって殺してあげますよお」
プロトは2本のナイフを両手に構えた。ジェラードの邸宅で見た武器とは少し違っていた。刀身は曲がりくねっており、奇抜なデザインであった。
「くくく。掠っただけでもゾウでも倒せる致死性の毒をたっぷり塗ったナイフを味合わせてあげますよ」
僕とシャラは心配そうにユキを見たが、ユキは目を輝かせて、そのナイフを見ていた。
「ほう。興味深い」
ユキはそう言うと、両手を前に出し、何やら呪文を唱えると、ぱあっと光を放ち、その光が剣の形を作った。なんと、プロトが持っていた剣そのままがユキの両手に握られていた。ユキがプロトをまねて構えた。
「えええー。そんなのアリですかあ!?」
一番、驚いたのはプロトだった。
「そんな付け焼刃、ただの子供のオモチャに過ぎないっ!」
プロトがユキに目掛けて、斬りかかった。高い金属音が鳴った。ユキも反撃を繰り出す。
「さすが。あの子、普段から私の戦い見てたからねえ」
シャラは感心してユキの事を見ていた。
「ゆっくり見ている場合じゃない。二人とも、ここは任せたよっ!」
僕らはベニとユキを置いて、先を急いだ。
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