第八話 兄と妹
深夜になり、皆が寝静まった時間帯になり、僕らは行動に移した。ジェラードの邸宅は町の郊外にあった。さすが貴族の邸宅とあって、その大きさは凄まじかった。ギルドの建物も町の中では大きな建物だったが、ジェラードの邸宅はその倍以上はあった。周りは高い塀に囲まれており、門番の兵士まで居た。
「さて、作戦通りに行きますか」
シャラは何故かうきうきとしており、持っていたロープの付いた鉤爪をぐるぐると振り回すと、塀の上に簡単に引っかけた。僕らはそのおかげで簡単に邸宅に忍び込むことが出来た。家の中には窓を割って忍び込んだ。どうやってやったのか分からないが、シャラは音を立てずにガラスを粉微塵にした。おそらくスキルを使ったのかもしれないが、シャラの本領はこういう隠密行動に向いていたようだった。家の中に入ったシャラは、きょろきょろと辺りを見回した。辺りは真っ暗で何も見えないはずだったが、シャラには見えていたようだった。
「変だな」シャラは言った。
「警備の人数が少なすぎる。仮にもジェラードが居るなら、もっと兵士が居てもいいはずだけど」
「別のところに居るんじゃないのか?」
「そんなはずはない。今夜のジェラードの動向は全て把握している。ここを動かないはずだ」
僕らは訝しみながらも、とにかくジェラードを探すことにした。シャラの事前の調査により、ジェラードの部屋は簡単に特定された。2階の奥の部屋だ。2階に行くにはホールを通るしかなかった。僕らはホールに差し掛かり、階段で上に上がろうとした。その時。先頭を行くシャラが立ち止まり、僕を後ろに突き飛ばした。
カンッ、とナイフが大理石の床に当たり跳ね返った。危機一髪だった。シャラが止めてくれなければ、僕らは危なかった。すると、暗闇の中からするすると、何者かの姿が見えてきた。黒いフードを被った背の低い男のようだった。
「くくく……。さすがですね」
男の籠った声が聞こえてきた。シャラは最初こそ警戒していたが、相手が誰か分かったのか、少し余裕そうな顔へと変わった。
「相変わらず、こすい攻撃するね」
「シャラ様ほどではありませんよ」
どうやらシャラと知り合いのようであった。男はフードを取ると、僕にも見覚えがあった。凱旋の際にジェラードの周りに居た側近の一人だった。
「そちらはアル様ですね。私はプロトと申します。ジェラード様の側近が一人でございます」
プロトという男は喋り方こそ丁寧そうであったが、こちらに敵意を向けていることは、僕にも良く分かった。簡単に通してくれそうにない。
「あんたが今日の護衛ってわけね。だから兵士が居ないのか。悪いけど、あんたと遊んでいる暇ないからさ。ジェラードに会って話したいことがあるんだ。通してくれない……、かなっ!」
と、シャラは喋り終わるか終わらない内に短刀を瞬時に抜き、プロトに目掛けて飛んでいった。プロトも瞬時に剣を抜き、押される形になったが、シャラの一撃を受け止めた。
「な、何をするんですかっ。まだ返事してないじゃないですかっ!」
プロトは必死にシャラの攻撃を剣で受けとめながら言った。
「うるさいなあ。あんた、どうせ通してくれないでしょ?だったら、殺るしかないじゃない?」
シャラは億劫そうに言いながらも、猛撃を止めなかった。
「相変わらず、野蛮なお嬢様ですね。少しお灸を据えないといけませんねっ!」
プロトも負けじと反撃を繰り出した。
キィン、キィンと鋭い金属音と火花が二人の前で飛び散った。僕は二人のスピードに付いていけず、ただ見守るしかなかった。プロトは、さすがにジェラードの側近ともあって、あのシャラのスピードに付いて行っているようであった。だが、少しずつシャラが押して行ってるようであった。
「時間が無いんだから、とっとと終わらせるよっ!」
ドンッと、プロトを壁まで追いつめた。しかし、なぜかプロトはにやにやと笑っていた。
「さすが、シャラ様。あの頃よりも更にお強くなって。私じゃあ全く歯が立ちませんね」
「分かったら、さっさと私の前から消え失せて、ジェラードの金魚の糞らしく、靴でも磨いてたら良いんじゃない」
「まあ、そうですねえ。金魚の糞にもなれなかったあなた様よりはマシですからねえ」
どごっと鈍い音が響き、プロトのうめき声が聞こえた。シャラが足でプロトのみぞおちに蹴りを入れたのだ。
「まだ痛い目にあいたい?」
シャラは冷徹な目をプロトに向けていた。僕は感情的になっているシャラを止めに入った。
「もう勝負は付いただろう?」
シャラは不服そうにプロトを見た。
「こいつ。昔から生理的に嫌いなのよね。なんかキモイし」
どうやら、シャラはプロトとは昔から知っているようであったが、今はそんなことを聞いている暇は無かった。
「さてと。殺されたくなかったら、とっととジェラードのところに案内しなさい」
しかし、プロトは苦痛の表情を浮かべならがらも、ひひひ、と笑っているだけだった。
「あー。うざいなあ。もう殺っちゃおうか」
その時、カツンと、階上より誰かが下りてくる音がした。
「そのくらいにしておけ。シャラ」
重厚感のある声がホールに響いた。
シャラは、一瞬のうちに身構えた。次第に暗闇からその人物の姿が明らかになっていった。昼間にみた姿から忘れようもない、あの銀髪の男、ジェラードだ。さすがに昼間のような騎士の鎧は付けていなかったが、漆黒の服を纏っており、それが銀髪の長髪とコントラストとなって、神秘的な雰囲気を醸し出していた。やはり、顔は中性的ではあるが、そのあまりの美しさに男ですら心を奪われそうになるほどであった。
僕にはジェラードの実力を推し量ることも出来なかったが、この状況にあっても、全く動じていない様子と、隣にいるシャラから感じられる、今まで見たこともないような緊張感からジェラードがいかに強い相手なのかが分かった。
「シャラの迎え、ご苦労だったな、プロト。もう下がっていい」
ひひひ、と笑いながら、プロトは一瞬の内に姿を消した。
シャラは前に出ると、恐る恐る口を開いた。
「久しぶりね、兄貴。その様子だと、私が来ることが分かっていたんだね」
フッ、とジェラードは微かに笑った。
「まさか。お前ほどの侵入技術を持った者に気付けるわけないだろう。ただ、お前をいつでも迎えていいように準備していただけだ、シャラ」
「どういう意味?」
シャラは訝しげに尋ねた。
「私の計画を知ったのだろう?その上で、私を説得しに来たのだろう?」
「話が早いじゃない。兄貴は頭がおかしくなってるんだよ。気付かないのか?あんなことをしたら、この国の人間がどれだけ死ぬかをさ。あの計画は成功するかもしれない。多くの屍の上にな。だけど、それが兄貴の正義なのかよ?あんたはこの国の皆の為に今まで自分を犠牲にしてきたんじゃないのかっ!」
シャラはまくし立てて叫ぶように言い切った。
ジェラードは、シャラの言葉が終わると、目を閉じて、微笑んだ。
「強くなったな、シャラ。お前がここまで成長して、俺は嬉しいぞ」
シャラは、期待を込めて顔を上げた。
その瞬間、シャラの顔の傍には、鋼色の光を放つ鉄の塊が据えられていた。シャラの髪の毛先が少しだけさらさらと落ちるのが見え、シャラの顔が青ざめていた。それは一瞬の動きであった。ジェラードが剣を抜き、一瞬の内にシャラの首を狙ったのだ。僕はもちろんの事、シャラも全く、動くことが出来なかった。
「シャラ。俺は間違ってたんだ。正義というのは、単純な信念なんかじゃない」
ジェラードは話し始めた。
「正義というのは、力なんだ。それも追従を許さない圧倒的な力だ」
ジェラードは剣をシャラの首元から自分の前へと戻した。その剣は、剣というには、あまりに長いものであった。しかし、僕はなぜかその剣の名前が、恐ろしく切れ味の鋭い、刀という武器であることを知っていた。
「お前は私との力の差を感じているかもしれないが、絶対的な正義はこの程度のものではない」
シャラは反論することも出来ず、ただ項垂れて震えているだけしか出来なかった。
「この剣。私が先日、ようやく手に入れたものだが、霊刀ゼロというカタナ、という名前の武器らしい。見てみろ、この美しさを。武器というよりも、美術品に近い気品さがあるだろう」
ジェラードは、月光に照らされ、妖しい銀色の光を放つ刀身を愛でるように見つめた。
「この刀には、霊力が宿っている。死の門を開く鍵となる力をな」
「兄貴っ!!」
シャラは短刀を抜き、構えた。短刀にはオーラが纏っていた。闘魂剣だ。シャラは最初から本気で行くつもりだ。シャラはジェラード目掛けて飛び掛かった。シャラが一瞬の内にジェラードの脇をすり抜けた。見た目にはシャラがジェラードに一撃を与えたように見えたが、ジェラードは何事も無かったかのように立っており、代わりにシャラが膝を付いた。そして、カラン、とシャラが短刀を床に落とす音が聞こえた。その短刀は真っ二つに割かれていた。シャラの方は傷を負っていないようであったが、完全に心が折れたのか、立ち上がろうとはしなかった。
「フッ。やはり、恐ろしく切れ味が良い」
シャラは、項垂れて震えているしか出来なかった。ジェラードはシャラの方に近寄って行った。僕は何もすることが出来なかった。ジェラードは優しく、シャラの肩に手を置いた。
「シャラ。もう一度、チャンスをやろう。あの時の問いかけだ」
シャラはビクッと身体を震わせ、恐る恐るジェラードを見た。そこにはいつもの強気なシャラはいなかった。ただの恐怖におびえた小動物のようであった。
「俺と一緒に世界を変えよう。お前にはその権利と実力もある」
ジェラードはシャラに手を伸ばした。シャラは項垂れて、しばらくじっとしていたが、微かに身体が動いた。
その時、シャラはちらっと僕の方を向いた。シャラの眼差しは、これまで僕がシャラからは見たことも無いような悲哀に満ちた目だった。助けを求める幼子のような目であった。いや、どこかで見たことがあるのかもしれない。ずっと昔の僕の記憶が揺さぶられた。そして、聞こえることは決してなかったが、シャラの口から「助けて」という言葉を確かに感じられた。
僕はその時、自分でも信じられない行動に出ていた。シャラとジェラードの方に向かって突進して行ったのだ。
「ん?なんだ。コバエか。シャラの周りを付きまとっている奴だな。ちょうどいい。こいつがいなくなれば、お前も踏ん切りがつきやすいだろう」
ジェラードが僕の方に刀を向けた。
「アル!こっちにきちゃ駄目っ!!」
シャラが叫んだが、僕はもう止められなかった。ジェラードに向かって一直線で向かって行った。ジェラードの刀が僕に向けて襲い掛かる。シャラが目を背けた。
その時、僕は不思議な感覚に陥った。単純に言うと、ジェラードがわざとゆっくりと僕に向かって刀を振り下ろしてきているように見えた。僕は恐ろしいという感覚はあったので、とりあえず避けることにした。
ザンッとジェラードの刀が空を斬った。ジェラードが振り返って僕を見た。何とも驚愕に満ちた顔であった。
「まぐれか?確かに仕留めたと思ったが。まあいい」
ジェラードは二撃目を僕に目掛けてきた。また、僕はもうおしまいだと思った時、さっきと同じ事が起きた。
そう。これはあれだ。スローモーションというやつだ。相手の動きが恐ろしくゆっくりに見える。これは何と言ったか、昔、映画で見たことがある、アレにそっくりだ。ん。映画って何のことだ?と、僕は考えるのは後回しにして、とにかくこの状況を打破することに専念することにした。
僕はジェラードの二撃目も難なくかわした。ジェラードが信じられないという表情で、呆気にとられている。
今の内だ!
僕は、同じく呆然としているシャラの手を引いて、立ち上がらせた。
「シャラ。とにかく、今は逃げよう」
僕らはジェラードの真意を明らかにするという使命を果たしたはずだ。あとはもう逃げるだけでいいはずだ。僕らはホールの窓から逃げようとした。無我夢中だったので、そのまま突進してしまったが、なぜか窓は紙のように簡単に破れ、僕らは無傷で脱出出来た。邸宅を囲む塀の前に来た時、ロープを使う暇も無かったので、僕はシャラを抱えて、無我夢中でジャンプした。すると、信じられないことに何メートルもある塀を簡単に飛び越えてしまった。塀の外にストンと着地すると、そこからまた駆けて行った。
僕らはジェラードの邸宅から離れ、町の中まで戻ってきた。僕らは、はぁはぁ、と息切れをしていたが、何とか無事に生きて帰れたことに安堵を覚えていた。
「ふぅー。ははは、何なんだよ、あれは。お前が隠し持っていた力なのか?」
シャラは安心したのか、ようやく僕に声を掛けた。
「分からない。無我夢中だったから」
僕は本心で言った。
「とにかく、傍から見てて何と言うか凄く変だった、お前の動きはな。ジェラードの動きは私にも追いつけないくらい早い。だけど、お前はそれ以上に人間離れしていたよ」
シャラが突然、ハッと気づいたように拳を僕の目の前に出して、殴り掛かった。僕は為す術もなく吹っ飛ばされた。
「な、何するんだよっ!」
シャラがぽかんとしていた。
「いや、さっきの動きが出来たらこれくらいは簡単に避けれるかなと思って……」
僕はシャラの拳に全く反応できなかった。
「全然、動けなかったよ」
「まったく、何だよ、その力は。完全にご都合主義じゃないか」
シャラは乾いた声で笑った。僕も釣られて笑ってしまった。危機はまだ去っていないのかもしれないが、とりあえずはあの状況から抜け出してきたのだ。僕らは互いに笑い合えることで少し心の余裕を持つことが出来たのだ。
「でも、これからどうするんだ、シャラ?」
僕は尋ねた。シャラは黙った。あの時のジェラードの言葉でシャラの心は動かされたのかもしれない。僕も黙っていると、シャラは話し始めた。シャラの身体は少し震えていた。
「正直、今日、兄貴に直に会うまでは、何とかなるんじゃないかと思ってた。死の門を開くとかは、ただの冗談で、頭がいかれていたのは、私の方なんじゃないかって。でも、それは本当で、兄貴も正気じゃなくなっていた……。そして、やっぱり、私には兄貴に抗えなかったよ」
シャラは一呼吸置いた。
「正直、私には、世界を救うとか、正義を貫くとかはどうだっていいんだ。お前にも分かっている通り、自分が楽しければ良いんだよ、世界がどうなろうと。だけど……」
シャラは黙った。僕はシャラが話すのをじっと待った。
「兄貴には戻ってきてほしいんだ。皆を救いたいと心から信じていた、あの誰よりもくそまじめで優しかった兄貴にさ……。今の兄貴は全然、別物になってしまったんだよ」
シャラの眼は少し潤んでいるように見えた。
「なあ、アル。私にまだ何か出来るのかな……?」
僕は、さっきのジェラードと対峙していた時にシャラが見せたあの顔が忘れられなかった。彼女が困っていた時はいつもそうだった。そんな時、僕はいつもこう答えたんだった。
「大丈夫。シャラなら何とか出来るさ」
僕はにっこりと笑って見せた。
「んだよ、それは。全然、説得力ないなあ」
シャラも釣られて少しだけ笑った。
「ともかく、ジェラードの真意は分かったんだ。死の門を開けて、この国を亡ぼすっていうのは本当だったんだ。まずはそれを阻止する。そんなことをさせてしまったら、それこそ、ジェラードは元に戻れなくなってしまうからな。ジェラードに対しては、本当に彼は変わってしまったのかもしれない。でも、シャラはジェラードに戻ってほしいと思っているんだろ?」
シャラはこくんと頷いた。
「それなら、そう言い続けるしかない。分かってもらうまで。それこそ、ジェラードが言う正義とかいう絶対的な力でも何でも使って、縛り付けてでも言う事をきかせるしかない」
僕は言いたいことをズバッと言い切った。シャラは、ぽかんとして黙ってしまった。すると、急に苦しそうに息を殺して笑い始めて、次第に、はははは、と大きな声を出して笑った。
「何だよ、それ!あいつのやってる事と同じじゃないかよー!そんなんで良いのかよ」
僕はムスッとなって言い返した。
「良いんだよ。ジェラードの言う正義は力なんだろ?だったら、力で言う事をきかせるしかない。それに、ジェラードには力はあっても、その使い道を間違えただけだ。シャラには僕ら仲間がいるじゃないか。絶対に道は踏み外させない」
シャラは僕をじっと見ていた。
「な、何だよ?」
「いや……、有難うな」
シャラがボソッと照れながら言った。
「と、とにかく、まずはジェラードの計画を止めないといけないからな。死の門を開けるっていうやつをさ」
僕は慌てて、話題を逸らそうとした。
「そうだな」
とシャラは返事をした。
「実はその計画も掴んでいる。その場所もな。ジェラードは鍵を探して時間を取られていたようだけど、それも見つけてしまったから、もう時間は無いはずだ」
「先回りして、門を開かないようにするとか、壊すとか出来ないのか?」
「分からない、けど、ジェラードよりも先回り出来れば何か出来るかもしれない」
シャラは僕をちらっと見た。
「正直、こっちにはジェラードという最強の敵に対して、何の手札も無いと思っていたよ。だけど、あるじゃないか、ご都合主義のジョーカー様がな」
そう言って、シャラは僕の肩をポンと叩いた。
「頼ってくれるのは有難いけど、僕にもどうやって出来たか分からないからなあ」
「私がピンチになったら、ヒーローみたいにパーッと力が出るんだろう、頼りにしてるからなっ」
シャラは楽観的に考えていたが、僕は正直、自信が全く無かった。しかし、そんなことを考えていてもしょうがなかった。
「どうなるかは分からないけど、とにかく、ジェラードの計画を止めに行くしかないし、腹を括るしかないな」
そして、僕は気掛かりだったことを話すことにした。
「カミーラたちはどうする?こうなってくると、隠し通せないぞ?」
「うーん。本当は黙っていたいけど……」
シャラは頭を抱えていた。すると、突然、背後から声が聞こえた。
「水臭いですね、こんな夜中まで二人で内緒のデートなんて」
「カミーラっ!」
シャラが叫んだ。背後の暗闇からカミーラと、そして、寝ぼけ眼をこすっている、ベニとユキまでも現れた。
「シャラー。酷いなあ。お兄ちゃんを独り占めしてイチャイチャしてるなんてさー」
ベニがからかうように言ってきた。
「本当に。こんな時間まで。不良が過ぎますよ、シャラ」
ユキも呆れたように言ってきた。
「あんたら……」
シャラは、ベニとユキの様子に少し戸惑ったが、カミーラを見ると、真剣そうな顔に変わっていたので、シャラはすぐに察知した。
「カミーラには、ばれちゃってたかな……?」
カミーラは置手紙らしきものを取り出した。僕はハッとした。
「シャラ。まさか、本当に僕とデートしてくるって書いてきたのか!?」
「え。だって、そうでも書かないと皆、心配するじゃん」
シャラは悪げもなく答えた。
「こんなものあっても無くても、シャラがしようとしている事は知ってましたよ」
カミーラは言った。シャラは、えっ、と驚いた。
「長い付き合いじゃないですか。カミーラがジェラード様の事を隠れて調査してたことも知ってましたし、それに先ほどのお話、悪いですが少しだけ聞かせて頂きました」
はあ、とシャラが溜息をついた。
「でも、本当に水臭いですね……。私に何も言ってくれないなんて」
カミーラは少しだけ拗ねた様子で言った。
「ご、ごめんっ!カミーラには本当に迷惑を掛けたくなかったんだ」
「分かってますよ。シャラの気持ちは。ただ、シャラの隣に居るのが、私じゃなくて、そこの殿方なのが、少し気に食わなかっただけですよー」
カミーラは、からかうようにシャラに言った。
「こ、これはちょっとしたアクシデントで。本当はコイツなんて連れて行く気は全く無かったんだからっ。誰がこんなお荷物をわざわざ連れていくのっ」
シャラは、照れているのを良いことに、僕の事を言いたいように言ってくれた。
「しかし、よくあのジェラード様から逃げて来れましたね……」
カミーラが信じられないといった様子で言った。
「それはね……」
と、シャラが僕の方を向いた。
「まあ、積もる話はあると思いますが、場所が場所ですし、とにかく、今は身体を休めることを優先しましょう。それから話は聞きます」
カミーラがそう提案してくれた。正直、シャラもそうだと思うが、僕は満身創痍だった。一刻も早く休みたかったのだ。僕はそれからギルドに戻り、解散した。ベニとユキとも別れ、あくる朝、再び集まることになった。
カミーラとシャラはそれぞれの自室に戻り、一人になった僕は部屋のソファで横になった。ドッと疲れが押し寄せてきて、たちまち眠りに落ちそうになったが、ジェラードと対峙した時の恐怖感が蘇り、震えてきた。僕はシャラの部屋を見た。おそらく、シャラも同じく震えているのかもしれない。僕は立ち上がろうとしたが、さすがにな……、と思って、行動に移すのは止めておいた。その代わり、今日の自分の身に起きた、あの不思議な現象を思い出した。
本当に何だったのだろうか。隠れたスキルが発動したのだろうか。
僕は、ぐっと握りこぶしを作ってみたが、何も起きなかった。次にジェラードと対峙した時のあの恐怖感や、シャラを助けたいと思った、あの時の気持ちを思い出しながら、力を込めて、うーん、と唸った。しかし、何も起きなかった。
はぁーっ、と大きなため息をつき、僕はソファにドガっと横になった。
駄目だ。何で出来たか全く分からない。こんなので本当にジェラードと戦えるのか、心底、自信が無かったが、とにかく、今は休息するしかないと思い、観念して眠りにつくことにした。長い一日が終わった。僕は泥のように眠りに落ちていった。
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