第七話 正義

 シャラは落ち着いてはいたが、その眼には激しい感情が現れていた。僕は驚きというか、あまりの衝撃の告白に言葉を失っていた。


「ここに書いていることを簡単に言うと、ジェラードは魔物どもがいる死の世界とこの国を繋げて、この国を混乱に陥れようとしている。そいつらを使って、この国の中心部を麻痺させる。そこへジェラードが魔物どもを殲滅させて、自分が荒れ果てた国を統治するっていうストーリーさ」

 シャラは淡々とそう語った。


「何でそんなことを。ジェラードは英雄じゃないのか?」

 シャラは少し黙ったあと、話し始めた。


「さっきも話した通り、ジェラードはとにかく優秀だったんだ。これでも昔は慕ってたんだ。それこそ、自慢の兄貴だってね。実力もそうだが、何よりも人格者だったよ。弱者を助け、悪者を懲らしめる、まさに正義そのものだったんだ。笑えるだろ?その妹がこんな性格なんだから」

 シャラは自虐を込めて微笑んだが、すぐに顔を伏せて神妙な顔になった。

「あの事件があいつを変えてしまったんだよ」


 シャラは話し始めた。

「あれはジェラードの最初の功績だったと思う。あいつは士官学校を首席で卒業して、騎士になるっていう出世街道をまっしぐらで突っ走ってたよ。ちなみにこれでも私も士官学校を受けたんだ。お勉強面はてんで駄目だったから、入学も出来なかったけど。まあ、そんなことはどうでも良い。とにかく、ジェラードは、その頃からずっと正義を追い求めていた。魔物が町を襲っていると聞けば、飛んでいき、一番の武勲を挙げていたものさ。そんな時、ジェラードは国王からの命によって、人里の近くを住処にしている竜の退治をすることになったんだ。竜が人里を焼き払っていると聞いてな。ジェラードは騎士たちと共に竜退治に挑んだが、その戦いは熾烈だったと聞いている。一匹の竜でさえ、退治できたら英雄だよ。でも、それが何匹も居たんだ。大勢の騎士が殺されてしまったが、ジェラードは一人でその全ての竜を倒してしまったんだ」


「凄まじいな」

「だろ?竜以上の怪物だよ、あいつは」

 この時は、シャラは少し誇らしげだったが、直ぐに目を伏せた。


「ジェラード自身もそう思っただろうな。ようやく、自分は正義を貫いたと。だけど、それは違ってたんだよな」

 シャラは少し言い淀んで暗い表情となった。僕はシャラの話すのを待った。


「アルは竜ってどんなイメージがある?」

 シャラが急に尋ねた。僕は記憶を失っている中でも竜の記憶は残っていたようだ。

「それは、めちゃくちゃ強くて、人を襲ったりして、財宝を奪うとか?」

「そうだな。私も含めて、この国の人間は皆そういうイメージを持っている。だけど、本当は違う。竜は人間なんだよ」


「え!?」

 僕は驚いた。


「正確に言うと、人種の一つだ。この国の人には馴染が少ないが、この世界にはいろんな人種がいる。動物のような外見を持った獣人とかな。私達から言うと、亜人種って言っている。ちなみに魔物と亜人種の違いは、知能とかもだけど、私達、人に対して敵意を向けているかどうかだな。竜も亜人種の一種だ。竜の姿をしているときもあれば、人の姿をしているときもある。ちゃんと知性もある。あるどころか、人間よりもずっと知性があって、争いは好まない。もちろん、こんなことはこの国の誰も知らない。私もこれを聞いたのはジェラード本人からだからな。ジェラード本人だって、竜と戦っているときには夢にも思わなかっただろうな。他の魔物と同じく、人に害為す存在と思っていただろう」

「竜は争いを好まないって、人を襲っていたから退治したんじゃないのか?」

 僕は尋ねた。


「人は襲っていない」シャラはきっぱりと答えた。

「多くの騎士が殺されたのも正当防衛だったんだろう。ジェラードは全ての竜を退治した後に見たそうだ」


 そこでシャラは目を伏せて、淀んだ表情となった。

「竜の住処に、母親と子供の亡骸があったそうだ。ジェラードは初めは竜に殺された親子かと思ったみたいだが、その風貌は人間とは違っていた。しかも、殺されたんじゃなくて、自害してたんだよ。そして、その傍にいた死にかけた竜が最期に語ったそうだ。


——悪魔どもめ。なぜ我々を殺すのだ……?


ジェラードはそこでハッと気づいたそうだ。自分は本当に正義の為に竜を殺したのか?と。ジェラードは帰還して、真意を王に尋ねたが、返答は返ってくることは無かったんだ」


「なんで竜を殺させたんだ?」僕は尋ねた。

「……なんでだろうな。竜が恐ろしかったのかもしれないな。私達人間は自分よりも強いものを恐れるあまり排除したがるものだからな」

 シャラはそう答えた。

「ジェラードはそこから何かが変わったみたいだったよ。ジェラードの功績はそれまで以上に高くなって、国中の人間からの人望も厚くなっていった。だけど、私にはわかっていたよ。だんだんと昔の純粋に正義を追い求めていた兄の顔じゃなくなっていることがね。いや、むしろ正義というのがジェラードの中で変わっただけなのかもな」

「ジェラードは王に対して復讐するためにこの国を乗っ取ろうとしているのか?」

 僕は尋ねた。

「どうだろうね。ジェラードはもう王とか復讐とかはどうでも良いんじゃないかな。彼の中の正義という使命感だけが残って、自分の道が外れてしまっていることに気付かずに突っ走ろうとしている」

 シャラは続けて話した。

「一度、さっきのことをジェラードが私に話してくれた事があったんだ。私も最初は驚いたよ。もちろん、この時はさっき話した死の門の話とかは無かったよ。単純に正義感が強い兄貴がこの国はこのままじゃあ駄目だから変えないといけないって。兄貴が真剣に話してくれたから間違いはないって思った。その上で、自分と一緒にこの国を変えないかってお誘いがあったよ」

「なんて答えたんだ?」

僕はシャラに尋ねた。シャラはフッと笑った。

「私にはそんな大それたことをする器は無いって、あいつに言ってやったよ。あいつはそれ以上は何も言わなかった。でも、私はその時の兄貴の様子が少し変だと思ってから、調べてたんだ。そしたら、最近、あの文書が見つかったんだ。兄貴は正義を貫く人だったけど、あんなことを考えているなんて夢にも思わなかったよ。兄貴は変わってしまった」

 シャラは悲しそうにそう言った。


「まだ戻ることが出来るのか?」

「分からないけど、それが出来るのは私しかいないと思う」

 シャラは目には決意がこもっていた。シャラは椅子から立ち上がった。

「今夜、兄貴の真意を聞きに行こうと思ってる。本当にアレを実行するつもりなら……、その時は力づくで分からせるつもりだ」

 シャラは少し震えていたが、その決意は揺るが無さそうだった。


「本当は皆には内緒にする予定だったんだけどな。アルにはバレちゃったな」

「危険じゃないのか?」

「もちろん、危険さ。自分の目的の為なら妹にも容赦しないだろう。それに竜殺しのジェラードだぜ?これ以上の強敵はいないだろうな。だから、他の皆は巻き込めない」


 僕は心を決めた。

「僕も行く」

「まあそう来ると思ったけど、自分の実力が分かってから言ってほしんだけど……」

 シャラは少し呆れたように言った。

「そ、そんなの分かっているさ。戦闘に関してはまるで役に立たないけど、シャラが一人で突っ走ってたら、止めることくらいは出来るし。短い期間だけど、シャラのことは少しは分かってるつもりだ」

 僕は照れながらもそう言い返した。シャラは頭をぼりぼり掻きながら、シャラもおそらく照れていたのだろう。


「確かに短い付き合いだけど、なんかお前とは腐れ縁みたいなものを感じるよ。私の知らない私も知っているような……」

「ジェラードには一緒に考えてくれる相手がいなかったけど、シャラには仲間がいるんだってことを思い出してほしい。ほ、ほら、僕だけじゃなくて、カミーラとかベニとかユキとかも……」

 僕は言っていて恥ずかしくなっていた。


「と、とにかく、一人より二人の方が心強いだろう?分かったらなら、僕も行くからな!」

 シャラはにやにやと僕の慌てる様子を意地悪そうに見ていた。

「有難うな」

 シャラは微笑んでそう言った。

「ああ……」

 僕は目を逸らしながら言った。


「ま。しょうがないか。元はお前の命を助けたのも私だしな。お前と俺は一蓮托生ってやつだ。死ぬときも道ずれにしてやるよ」

「おいおい、僕は死ぬつもりなんて無いぞっ」

 僕は慌てて言った。

「ごめんごめん。もちろん、私も死ぬつもりはないさ。今回はジェラードの真意を確認するのが一番の目的だからな」

 シャラは慎重そうに言った。

「で。どうやってジェラードに会いに行くんだ?兄妹なら、正門から通してくれるのか?」

「いや。ジェラードはもうご身分の高い貴族様さ。平民の私なんかと気軽には会えない。妹だって証明するのにも時間が掛かるしな。だから、忍び込むしかない」


 シャラはにやりと笑って、侵入用の道具を取り出した。

「今夜、決行するぞ」

「分かった。……やっぱり、カミーラ達には言わないのか?」

 僕は気がかりだったことを尋ねた。

「……うん。この事を話せばあいつも付いてくるって言うだろうけど。これは私の問題だからな。迷惑は掛けられない」

 シャラは申し訳なさそうに言った。

「置手紙くらい残しておくよ。アルと夜のデートに言ってくるってな」

「おいおい、そんなの勘違いするだろうっ!」

「まあなー。だけど、私と本気でデートしたいなら、このくらいスリリングしてもらわないと困るしなー」

 シャラは意地悪そうに僕をちらりと見た。

「シャラとデートする奴は命がいくらあっても足りなさそうだな……」

 僕らは軽口をたたきながらも、ジェラードの邸宅へと忍び込む準備を始めた。

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