第六話 英雄
ユキとベニが近くに引っ越してからは、僕らの生活は更に忙しくなった。ほぼ毎日のように彼女たちは僕らの部屋に遊びに来ていた。もちろん、僕らはギルドからの依頼を受けていたので、そちらを優先していたのだが、彼女らも気が乗ったときは付いてきた。邪魔にならないのかと言えば、邪魔にはなったが、こと戦闘に関しては、ベニもユキも僕よりもはるかに戦闘能力が高かったので、彼女らの身の危険を心配する必要は全くなかった。むしろ、僕が守られてばかりいたので、僕の自尊心はますます消耗していった。
そんなある日、僕は町がいつもよりも活気立っているのに気が付いた。その日はギルドからの依頼は無く、僕らはベニ達も連れて町をぶらぶらしていた。
「今日は何かのお祭りかな?」
僕はカミーラに尋ねた。
「いえ。今日はあの方がこの町に来られるから皆さん騒いでいるのでしょうね」
カミーラはそう答えて、シャラの方を向いた。しかし、シャラは何も答えず、ぼーっと商店街の方を見ていた。
「あの方って?有名人なのか?」
「それはもう。この国で一番の有名人ですからね。英雄ジェラード様ですよ。この町の出身ということもあって、ファンが多いんです」
そう言うと、カミーラは荷物の中から紙とペンをさっと取り出した。
「かくいう私もファンの一人です!今回は絶対にサインを貰わないと!」
いつにも増して、興奮気味にカミーラは言った。
しばらくすると、更に人だかりが増した。それは町の門の方へ皆、注目が向いていた。おそらく、ジェラードがその門から入ってくるのだろう。それは凱旋のような迎えぶりであった。僕らもそれを見ようと人だかりに割って入っていった。
「ベニ、ユキ。迷子にならないようにな」
「「はーい」」
ベニ達と僕は手を繋いでいた。カミーラだけは意気揚々と一人で何とか少しでも近くに寄ろうと人混みを分け入っていった。シャラは興味が無いのか、人混みの後ろの方で僕たちと一緒にいた。
「良いのか、カミーラと一緒に行かなくて?」
僕はシャラに聞いた。
「いい。興味ない」
シャラはただそう答えた。
そして、門が開かれた。すると、一気に歓声が上がった。騎馬に跨り厳めしい甲冑を纏った大勢の騎士たちが門より入ってきた。これじゃあ、誰がジェラードなのか分からないなと思ったら、黄色い声援が上がった。
「きゃー!ジェラード様ー!!」
黄色い声援は主に若い女性から上げられていた。どうやら、カミーラだけでなく、女性のファンが多いようだ。そして、その声援が向けられていた対象はすぐにわかった。兜を外しているので、顔は良く分かる。一人だけ銀髪の長髪で、端正な顔立ちをしている人物がいる。黄色い声援の女性たちに手を振っているので、あればジェラードなのだろう。ジェラードは勇猛果敢な戦士というよりも、華奢で長身のモデルみたいな男であった。しかし、その眼光は鋭く、どこか冷酷さを感じた。また、その顔立ちは何か見覚えがあるような気がした。僕はシャラの方を見た。シャラは興味ないと言っていた割には、何故かジェラードの方をキッと睨みつけていた。ジェラードは、時折、馬を止めて、ファンの女性たちと握手したり、サインを書いたりしていた。よく見ると、ジェラードの周りには3人の騎士たちがジェラードに近付く者を見張っていた。
しばらくすると、ジェラードを含む騎士一行は町の奥の方へと消えていった。人だかりも疎らになってきた頃、カミーラが帰ってきた。
「はぁ。やっぱり、無理でした~」
カミーラは意気消沈して、とぼとぼとやってきた。
「お疲れ様。凄い人気だな」
僕は言った。
「そうですよ。なんてたって、世界を救った英雄ですものね。魔神封印や、竜退治、他国との戦争での活躍とか、伝説を挙げたらキリがないですからね」
「そんなに凄い人なんだな」
僕は素直に感心してそう言った。
「もちろん、ジェラード様おひとりの力ではありませんが。ジェラード様にお付きの3人の騎士の方に気付きました?」
僕はジェラードの周りにいた騎士たちを思い出した。
「彼らもジェラード様には及びませんが、この国を代表する騎士様たちですよ。剛腕の大剣使いのギナフ様。宮廷大魔術師のウィル様。神速の双剣使いのプロト様。このお三方もとてもお強く、ジェラード様を支える騎士様たちなのですよ。特にこのウィル様ときたら、魔術の才能はもちろんのこと、お顔も整っていて、あ。ジェラード様ほどではありませんが、女性ファンも多く、かくいう私も。あ、もちろん、私はジェラード様が一番ですよ、でもジェラード様はやっぱり人気が高いですらね———」
カミーラは興奮気味にまくし立てて話した。カミーラが熱狂なファンなのは良く分かったが、シャラとの対比が凄まじかった。
「———本当は、シャラにお願いすれば、もっとジェラード様に近付くことが、あっ……」
カミーラはそこで口をつぐんだ。シャラはカミーラに対して睨んだのだ。普段はカミーラに対して、絶対にそんな表情はしないはずだった。空気が一瞬で凍ってしまった。
「ごめんなさい」
カミーラが謝っても、シャラは振り返らずにすたすたとそのまま行ってしまった。
「シャラを追いかけなくて良いのー?お兄ちゃん」
ベニが心配そうに声を掛けてくれた。うーん、と僕は悩んでいると。
「本当は内緒なんですけどね……。アルもそのうち分かると思いますので」
カミーラはそう言って話してくれた。
「実は、ジェラード様は、シャラのお兄様なのですよ」
「えっ!そうなのか!」
僕は驚いた。しかし、よくよくジェラードの顔を思い出してみると、あの鋭い眼光は、シャラが戦闘モードに入ったときに見せる顔によく似ていた。しかし、あれだけの偉業した兄であれば、もっと威張ってくれれば良いものだが、今日のシャラの態度はまるで興味のない他人、いや、それどころが嫌悪している感じさえ見えていた。
「でも、兄妹なのにあまり仲が良くなさそうだな」
「私もシャラと知り合ってから、実は兄妹だと知って、とても驚いたのですが、ジェラード様の話をする時は決まって無関心か、それどころか、さっきみたいにこれ以上、何も言うなって感じになってしまうんです」
カミーラは申し訳なさそうに言った。
「兄妹の間で何かあったのかな」
「どうなんでしょうね。分からないですが、あのような偉大な兄を持つことで、シャラ自身も劣等感を感じているところもあるのではないでしょうか」
「確かになあ」
シャラが出来損ないというわけでは無い。むしろ、ギルドの中でトップクラスの実力を持っている。しかし、ジェラードは更に上に行っているのだ。自分もそこに加われないのはシャラにとっては、強い劣等感になっているのかもしれない。しかし、本当にそれだけなのだろうか。シャラがジェラードに向けていた視線には、何か敵意みたいなものも混じっていた。シャラとの付き合いはまだ短いが、なぜか僕はシャラの性格が不思議と良く分かっていた。シャラは負けず嫌いだから、偉大な兄がいたら張り合おうとするだろう、だから、仲良しってわけにはいかないだろう。だけど、それはあくまでも、ライバルとして見ているのであって、今日のシャラのあの敵意を向けていた態度は少し違った風に見えた。
「ともかく、シャラを追いかけるよ。みんなはこのまま買い物を続けてくれ」
僕はカミーラたちと別れ、シャラを追いかけた。おそらく、ギルドの自室に戻っているのであろう。僕はギルドに戻り、シャラの部屋をノックした。
「ちょっといいか?」
僕はドア越しに聞くと、ああ、という短い返事が返ってきた。部屋に入ると、シャラは椅子に座って、窓の外を見ていた。物憂げな表情をしていたが、さっきよりは落ち着いているようだ。
「カミーラに聞いたんだろう?」
僕は頷いた。
「凄いだろう?自慢の兄だよ」
シャラは乾いた表情で笑って見せた。少しも自慢げに見えなかった。
「それと比べて私ときたら、昔からてんでアイツには劣っていてさ。何をやってもアイツには勝てなかった。それでだらだらとしていたら、こんなギルドで冒険者と名乗っているけど、賞金稼ぎみたいなもんになってしまっているしな」
「シャラは十分に凄いと思うよ。それはジェラードに比べればっていうところがあるけど、比較したってしょうがないじゃないか。シャラはシャラが持っている力をみんなの為に十分に活かせていると思うよ」
僕は精一杯のフォローをしようとした。シャラは少しだけ笑ってくれた。
「有難う。ちょっとだけ元気が出たよ。そうだな、私には私にしか出来ないことがあるからな」
そう言って、シャラは再び窓の外を見た。その表情には決意のようなものが見えた。
「さて、と。私はこの後、やることがあるんだ。ちょっと外してもらっていいか?」
シャラはそう言って、席を立とうとした時、紙切れが僕の前に落ちた。
あ、と言って、シャラが慌ててそれを拾ってしまったが、僕にはその中身一部が目に入ってしまった。
——死の門にて……、死者の解放……、英雄王による統治……。
シャラがじろりと僕を睨んだ。
「見たのか?」
僕は、見てないとも言えず、黙っているとシャラが言った。
「この事は絶対に他言するな。それを破ったら、たとえ、アルでも容赦しない」
シャラの剣幕は恐ろしく、本気のようであった。
死者の門や英雄王による統治。何かただ事ではない状況が書かれていそうであったが、僕はそれ以上は追及できないでいた。しばらくの沈黙の後、シャラが大きくため息をつくと口を開いた。
「やたら物騒なことが書いてあったろう?これが私が創作した小説の一節と言っても、お前はもう信じてくれないよな」
多少、恥ずかしそうにシャラがその紙切れを拾ったのならば、そう思えたのかもしれないが、あの剣幕では何か隠していることがあるに間違いなさそうだった。
「もう隠してもしょうがない。単刀直入に言う。これは私の兄のジェラードが受け取っていた書簡だ」
少し間を置き、シャラはため息を漏らすように言った。
「あいつはとんでもないことをしようとしているんだよ。この国の乗っ取りさ」
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