第五話 辺境の魔女
翌日から、カミーラも加えた、僕ら三人の生活が始まった。シャラと僕の生活の中にカミーラが加わったと言うと、何ともおこがましいものだったが、元より、シャラとカミーラは二人で暮らしていたのだから、その二人の生活に僕が入ったという表現の方が正しかった。ギルドの依頼も三人で引き受けるようになったが、相変わらず、僕は足手まといで、シャラとカミーラでこなしているようなものだった。いわゆる、荷物持ち的なポジションだったが、カミーラは優しいもので、ことある度に、僕が居ないとギルドからの依頼を達成させることが出来なかったのだと、労ってくれたのだ。対照的に、シャラは文字通り、僕をお荷物扱いして、記憶は思い出さないのかとか、いい加減に一つくらい「スキル」を使えるようになってほしいと苦言を呈されたが、それは僕自身どうしようもないことだった。その度に、カミーラがフォローを入れてくれるのは大変ありがたかった。
その日、とある依頼がギルドに入ってきた。それは、辺境に魔女が住んでいて、あやしい儀式をしており、それを調査、及び、魔女が害をなすものであった場合、討伐をすべしという依頼であった。
僕らは支度を整えると早速、魔女が住むという辺境の地へ向かった。
辺境と言っても、僕らの住んでいる町からは馬車を乗り繋いだものの、数時間くらいで到達できるところであった。そもそも、僕らが受ける依頼で、街の外へ行くことがあっても、長くて1泊だし、そんなに遠くへ行くことは無かった。意外と、僕らの行動範囲は知られたものだった。ともかく、魔女の住処?というか、原っぱにポツンと一軒家があるところに着いた。こんな牧歌的な家に、邪悪な魔女が住んでいるとも思えなかったが、調査を依頼されたのだから、調査するしかない。しかし、僕だけが気が緩んでいるのだろうか、シャラとカミーラは黙って、それでも、得物はしっかりと握って、緊張感を持っている。シャラが先陣を切って、魔女の家に向かった。
「悪い奴ほど外見は繕うものよ」
シャラは分かったかのようなしたり顔でそう言った。
近付いて、家の外観を見ても、花壇に花や木が植えられていたり、可愛らしい色合いの家の壁があるだけで、魔女っぽい呪われてそうな道具は無かった。
「どこからどう見ても、邪悪さは感じないけどな」
僕は本心を言ったが、シャラはまだ訝しげに家を見ている。
そして、シャラが意を決して、おそるおそる家をノックした。
「はーいっ!」
元気で威勢の良い声が中から聞こえてきた。子供?女の子の声のようだ。
ガチャっと、扉が開けられて、出てきたのは、やはり、女の子だった。10歳くらいだろうか。フリフリの可愛らしい洋服を着た、赤髪くせっ毛の可愛らしい女の子だった。魔女の娘?つまり、魔女っ娘?僕は自分でも良く分からない思考をしていたが、シャラは割と冷静だった。
「あなたが辺境の魔女?」
シャラは、子供相手にも油断しないといった面持ちであった。しかし、こんな子供があやしい魔女なわけが無いと僕は思ったが。
「そうよー。私が魔女よっ!」
少女は何故か威張ったような感じで、そう答えた。
「え。お母さんが魔女とかじゃなくて?」
僕は思わず聞いてしまった。
「ううん。私が魔女。ここには私とユキの二人だけで住んでるの」
本当に?と僕が聞こうとした矢先、シャラが扉をバンっと開けて、少女を押しのけて、ずかずかと部屋の中に入っていった。まるで、家宅捜査でもするかのように。
「ちょ、ちょっと、シャラ。何を勝手に……」
「魔女の家なら、きっと怪しい実験道具がたくさんあるはず。私を騙すのなんて100年早いっ」
そう啖呵を切って、部屋に入ったものの、部屋の中は家の外観と違わず、可愛らしい家具が並んだ、ごく普通の部屋であった。
「どう見ても魔女の家って感じじゃないな」
僕は、シャラにそう言った。シャラは部屋をくまなく物色していたが、どうにも腑に落ちない感じであった。自称魔女の少女は、あっけにとられていた。
「ごめんよ。こんな事しちゃって」
僕はとりあえず、少女に謝っておいた。
「ううん。別に良いけど、あなた達は何をしに来たの?」
少女はキョトンとした顔で訊ねた。
「ギルドからの依頼でね。ここに怪しい儀式をしている魔女がいるって聞いてね。調べに来たんだ。でも、当てが外れたようだね」
「怪しい儀式って何?」
「うーん……。確かに何だろう。悪魔を呼び出す儀式とか?」
「悪魔?そんなのだったら、いつも呼び出しているよ」
「そうか、そうかー。そりゃ悪魔くらいは呼び出すかー、って!?」
少女のあっけらかんとした物言いに危うくスルーしそうだったが、僕らは改めて、少女を警戒した。しかし、少女はさも当然という感じで落ち着いていた。
「でも、悪魔って、なんか可愛らしい、無害な奴じゃないの?」
僕は何故か少女を擁護するように確認した。
「えーと。あまり可愛くはないけど。角が生えたムキムキのおっさんみたいな奴とか、巨大なハエみたいな奴とか。いつも人間を滅ぼすって言ってるような奴らだよ」
やっぱり、ヤバい奴らだー!
「これは明らかにクロだね。申し訳ないけど、見過ごすわけにはいかないわ」
シャラは少女を睨みつけて、そう言った。
「ちょっと待って。この子にも何か事情があるかもしれないし」
僕は何とか少女を擁護しようとした。
「そうですよね。こんな子が一人で、そんな計画立てているとも思えないですね」
カミーラも僕と同意見のようだった。とりあえず、僕らはこの少女に真相を問いただすことにした。
「まず、自己紹介をしよう。僕はアル。こっちのお姉さん達はシャラとカミーラ」
シャラは相変わらず警戒して、そっぽを向いたが、カミーラはきちんとお辞儀をして挨拶をした。そして、僕は少女の名を聞いた。
「私はベニ。さっきも言ったけど、魔女よ。煉獄の魔女と呼ばれているわ」
煉獄……、またヘビーな通り名を持っている……。
「……それで、さっき言ってた人間を滅ぼす悪魔たちだけど、君は何でそいつらを呼び出したりしてるんだい?誰かが君に指示しているのかい?正直に言ってごらん」
お兄さんは怒らないから言ってみなさい、という口調でベニに話してみた。
ベニはうーん、と少し考えたような顔をしていたが。
「何で、って言われても、私がそうしたいからと言うしかないんだけど……」
ベニは、あっけらかんとしてそう答えた。
「ほら!やっぱり、こいつ悪い魔女じゃないか!」
シャラは、敵意をベニに向けてそう言った。
「ちょっと、待って待って」
僕は慌てて、シャラを止めた。何かおかしい。確かにベニが自分の意思で恐ろしい悪魔を呼び出しているということなのだろうが、なんかこう、ベニには悪意みたいなのが無くて、純粋無垢な少女にしか見えないのだ。僕はこの時、あることを思って、ベニに問いかけてみた。
「ベニ。君が呼び出している悪魔は、世界を滅ぼしかねない。そしたら、僕ら皆、悲しむことになる。出来れば、悪魔を呼び出すのは止めてほしいんだ」
「えー。そんなの困るよー」
ベニは子供のように駄々をこねた。
「じゃあ、代わりに無害な魔物を呼び出すのはどうだろう?ゴーレムなら隠れ家を作ってくれたり、ピクシーなら遊び相手になってくれる」
この提案にベニは目を開いて聞いてくれた。どうやら興味を持ってくれたようだ。
「うーん、でもでも……」
ベニはもじもじしていた。何か最後の一押しが足りないようだ。
「じゃあさ、お兄さんもここに遊びに来てくれる?」
「え?」
「お兄さんが遊びに来てくれるなら、悪魔は召喚しないよ」
ベニは少し照れたような感じでそう言った。
「あ、ああ。そうだね」
そう言って、チラっと、シャラとカミーラの方を見た。シャラは相変わらず、そっぽを向いていたが、カミーラは微笑んでいた。
「分かったよ。たまに遊びに来るよ」
「やったー!」
ベニは飛んで喜んだ。僕は何とか平和的に解決できたと安堵した。
「さすがですね、アルさん」
カミーラは本当に感心したようにそう言ってくれた。
「いやあ。何だろうね。子供受けが良いのかな、僕は。ははは……」
僕は不思議とベニとの交渉は苦ではなかった。まるで、ベニが何を考えて、何に興味を持つかが分かっていたかのように。
「まあ、初めて役に立ったかもね」
珍しくシャラも褒めてくれた。
「でも、ああ言っておきながら、いつ本性を出すか分からないから……」
ズドンっ!と、その時、家の裏手から大きな音がした。
その後、グオォォォォ!!という大きな雄叫びも聞こえてきた。
「ああ、やっぱり……。平和に解決するわけないと思った」
シャラは、悟ったかのようにそう言った。
「違うの違うの。あれは朝に呼び出しちゃった、ただの貪欲の悪魔ベヒーモスだよ。お昼寝から起きて、今まさに獲物を探すための雄叫びを上げただけだよー」
何が違うのか分からなかったが、とにかく、対処しなければならない。僕らは家の外に出て、裏手に回った。そこには、牛の何倍もある巨体の獰猛な獣、ベヒーモスが涎を垂らして、こちらを睨みつけていた。厳めしい角と、鋭い牙は、僕らを威嚇するのに十分であった。
「大丈夫、大丈夫。数人の人間を食べたら大人しくなるから。ね!」
何が大丈夫なのか、良く分からなかったが、こうなってしまった以上、この猛獣をどうにかするしかなかった。シャラとカミーラも同じ事を考えたようで、それぞれ武器を取り、構えた。百戦錬磨の彼女らも、今回は余裕が無いようで、焦りが見えていた。
「いつものパターンでいくよ。カミーラ」
「はい。シャラ」
シャラとカミーラはベヒーモスに向かって構えていた。そして、僕はいつものように二人の後ろに隠れた。
「出し惜しみは無しで行くよ。疾風ッ!」
シャラは消えた。トロルの時と同じく、足を奪う作戦だ。
ビシッという音だけが響き、シャラの姿が現れたが、ベヒーモスの方はかすり傷であったのか、倒れる事もなく平然と立っていた。
「チッ。硬いなぁ。これも歯がぼろぼろになってきたかな」
シャラが持っていた短刀を頼りなさげに見た。
「シャラ。下がって」
カミーラは、短槍をベヒーモスに向けると、電撃を放った。電撃はベヒーモスに直撃したと思ったが、ベヒーモスは角を前に突き出し、角が避雷針となったのか、大したダメージを受けていないようであった。
「なかなか手強いですね」
さすがのシャラとカミーラのコンビも簡単には倒せない相手のようであった。
グォォォォッ!!
ベヒーモスがシャラに向かって突進してきた。シャラは素早く身をかわした。ベヒーモスがその巨体に似合わず、身軽に方向転換したかと思ったら、次はカミーラに向かってきた。カミーラは意表をつかれたのか、その場から身動きできないでいた。
「危ないっ!」
僕は慌てて叫んだが、もう手遅れだった。ベヒーモスの巨体がカミーラにぶつかる。ガチンッ!と鈍い金属音がしたかと思うと、ベヒーモスの巨体が止められていた。
なんと。カミーラが短槍でベヒーモスの巨体が抑えている。短槍でベヒーモスの角を止めていたのだ。カミーラは華奢な身体をしていたが、筋肉は僕の何倍もありそうだった。
「シャラ。今のうちです!」
「オッケー!」
シャラは短刀を構えるとベヒーモスの首元に向かって行った。しかし、あの刃では傷が付かなかったはず。
シャラはにやりと微笑むと、短刀を握っていた手が輝き始めた。
「闘魂剣っ!」
シャラが叫ぶと、短刀の刀身が何倍にも延びたように見えた。いや、正確には短刀から光が発せられ、刀身が伸びたように見えたのだ。
シャラは振りかぶって、ベヒーモスに向かって振り下ろそうとした。その時、小さな影がベヒーモスとシャラの間に入った。
ぶわっと砂煙が上がった。砂煙が晴れると、そこには無傷のベヒーモスと、オーラに包まれた短刀を振り下ろそうとしているシャラと、それを片手でいとも簡単に止めている、小さな女の子がいた。
女の子は、フリフリの服を着ていたので、初めはベニが出てきたのかと思ったが、髪の色が違った。真っ赤な髪のベニに対して、雪のような真っ白な髪色であった。年恰好、顔もベニと似ていたが、あどけないベニに対して、子供に似合わないような落ち着いた表情をしていた。しかし、何よりもあのいかにも牛だろうとベヒーモスだろうと一刀両断しそうな、オーラをまとった剣を、平然と受け止めているのだ。ただ者では無さそうだった。シャラもそれを察知したのか、剣を受け止められたとわかるや否やすぐに飛び退いた。カミーラもベヒーモスの角を振り払い、シャラと並んだ。
ベヒーモスと白髪の女の子は並んで、シャラ達の方を見ていた。
「あの女の子が本物の魔女?」
カミーラが言った。
「分からないけど、真打登場ってところかしら」
シャラは相手を睨みながら、言った。
白髪の女の子はこちらに来るかと思いきや、踵を返し、遠くで心配そうに眺めていたベニの方にてくてくと歩いて行った。そして、ベニの腕をぐっと掴むと、嫌がるベニを引っ張って僕たちの方に向かってきた。
「痛い痛い。そんなに引っ張らないでよ、ユキ」
「うるさい。あなたのせいで皆に迷惑かけてんでしょ。早く来なさい」
白髪の女の子とベニは僕たちの前にてくてくとやってきた。二人並ぶとやはりよく似ている。まるで双子だ。髪の色だけ対照的に違う。
すると、バッとしゃがんで、二人とも土下座をした。
「「ごめんなさいっ!」」
白髪の女の子と、ベニは並んで僕たちに対して謝った。僕らはただ唖然としていた。
「この度は、ベニがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
白髪の女の子、ユキという名前の少女は丁寧に謝ってくれた。聞くところによると、この通称、魔女の家には、この二人の少女が住んでいて、赤毛の少女、ベニはいたずら好きで、さっきのような魔獣をやたら召喚していて、その後始末もせずに野放しにすることがあって、ユキが後始末していたようだ。二人とも本当に悪気は無くて、ただの魔力が異常に強い二人の女の子のようだ。さっきもちょうどユキが出払っていて、僕らがたまたま訪ねてきたようだ。野放しになった魔獣を見た近隣の住人がギルドに通報したのだろう。それにしても……。
「二人とも、凄い魔力ね」
シャラが感心するように言った。
「特にユキ。私の闘魂剣を素手で受けとめる奴なんて初めて会ったよ。そんな涼しい顔してさ」
ユキが自分の手を見た。
「いや。私も無我夢中だった。この子がやられると思って咄嗟に前に出たの」
そう言って、ユキはベヒーモスの頭を撫でた。魔獣はユキの前では寝転がって、ただの昼寝をしている大きな牛にしか見えなかった。このユキという子は、元々、このように無表情らしい。さっきも余裕は無かったらしいが、僕らにはそのように見えなかっただけなようだ。
「ベニ。あれだけ言ったでしょ。勝手に魔獣を召喚しないでって」
「だって。だれも遊んでくれなかったんだもん。ユキもいないしさ」
「しょうがないでしょ」
「でも、もう大丈夫だよ。そこのお兄ちゃん達がずっとベニと遊んでくれるから」
そう言って、ベニが僕らを指さした。
ずっと?少し話が違ってきているような……。
「え。そうなんですか」
ユキも表情は変わっていないが、明らかに期待している目でこちらを見ている。
「ちょっと、ちょっと。うちには子守りする余裕なんてないよ?」
シャラがそう言うと、ベニがずかずかと僕らの間に入って、きょろきょろと僕とシャラとカミーラを見た。
「お兄ちゃんって、このお姉ちゃん達のどっちかの彼氏なの?」
その質問で、僕ら三人は一様にビクッと驚いた。
「い、いや、そんな関係ではないよ。僕は彼女らに居候させてもらっているだけなんだ」
「ふーん」
ベニは、再び僕らをじっと見て、にやりと微笑んだ。
「じゃあ、私がお兄ちゃんの彼女になるっ!」
そう言って、ベニは僕を指さした。
「「えええー!?」」
シャラとカミーラは声を合わせて驚いた。
「良いでしょ?お兄ちゃんはフリーなんだから」
「良くないっ!」
と言ったのは、当の僕ではなく、シャラであった。
「こいつは私のしもべよ、勝手に彼氏にしないでくれる?」
僕はいつからしもべになったのだろうかというツッコミは置いておいた。
「お兄ちゃんはあなたの彼氏なの?」
ベニはグイッとシャラに迫った。
「いや。違うけど……」
シャラは、顔を逸らし、照れながらそう言った。
「じゃあ、良いじゃん。決まり。私の彼氏ね!」
「だから、良くないって!」
当の本人である僕を差し置いて、二人が言い争っている。
「カミーラぁ。何とか言ってよ。このままじゃあ、アルが奪われる」
シャラがカミーラに懇願した。
「そうは言ってもですね。あなたがアルの彼女だと主張する他ないんじゃないですかね。あ。私が彼女になっても良いですよ」
カミーラは意地悪そうに微笑んだ。
「だめだめだめだめ!」
これじゃあ、平行線だ。そこにユキが割って入ってきた。
「ベニ。これ以上、この人達を困らせないで」
「でもでも」
ベニは駄々をこねていたので、僕は言った。
「約束しただろ?遊びに来るって。彼氏になるのは……」
僕はシャラの方を向いた。キッという睨みを返された。
「難しそうだけど、遊びには来るからさ」
そう言って、ポンとベニの頭に手を乗せた。
「うん……」
ベニは何とか僕の妥協案で納得してくれたようだ。
「それにしても、君たちの親はどうしたんだ?」
僕は素朴な疑問を投げかけた。
「親……?」
ベニとユキはぽかんとしていた。
「君たちを育ててくれた人たちのことだよ」
「……」
ベニとユキはお互いに顔を見合わせた。
「そんな人いないよ?」ベニは言った。
「え。だって。いつから君たちはここに居るんだい?」
「うーん。分かんない」
ベニは本当に知ら無さそうだった。僕はユキの方を向いた。
「私達はずっと二人でここに住んでいました。それ以前の記憶は無いです」
「それって。もしかして、記憶喪失なのか?」
僕は真っ先に自分の事を思い出した。あの森に来る前の記憶が無いのだ。もしかして、ベニ達も同じ記憶喪失なのかもしれない。
「忘れたというか、私とベニは二人で、今日みたいにベニが魔獣を召喚して、私がお世話したりとか、近隣の方に迷惑を掛けたりとか、最初からそんな日々でしたね。ここに来る以前の事を忘れたという事ではないと思います」
ユキはきっぱりとそう言った。二人が納得した感じでそう言っているのであれば、良いのかもしれないが、僕は何か納得がいかなかった。このもやもやは、僕の記憶の中に存在する何かに似ていた。初めから存在しなかった、想定されていなかった、そう所謂バグのような……。あれ?バグって何のことだ?
「アル。もう良いじゃないですか。過去の事よりも、これからの事が大変ですよ」
考え事をしていた僕にカミーラが声を掛けた。
「あ。そうだ。これからベニ達のところに遊びに来てあげないとな」
確かにカミーラの言うとおりだ。これからの事を考えないと。僕は先ほど湧いてきたもやもやとした考えはとりあえず置いておくことにした。
「しかし、ここまで来るのも大変だよね」
シャラは明らかに嫌そうな顔をして、そう言った。
「それは大丈夫です」
ユキは言った。
「私の転移魔法でこのお家を皆さんの町の近くに引っ越しますので」
ユキはそう言って、家に手を当てると、大きな光の玉が家全体を包んだ。
「ついでに皆さんも一緒に連れていきますね。あの冒険者ギルドのある町ですよね」
僕らが返事をするや否や、光の玉は僕らも包んで、そのまま宙に浮いた。僕らを囲んだ光の玉はそのまま猛スピードで僕らが辿ってきた道を進んだ。そして、あっという間に僕らの町が見えてきて、その郊外の平地に家ごと、ズドンと落ちた。
「マジか……」
僕らは唖然とした。半日かけた行程が一瞬で着いてしまったのだ。
「適当に空いているところに来てしまいましたが、ここに住んでても良いですかね?」
ユキは言った。
「ま、まあ良いんじゃない?迷惑を掛けなければ……」
シャラもあきれた様子で答えた。
「やったー!これでいつでもお兄ちゃんのところへ遊びに行けるー」
「ほんと、この辺で魔獣召喚とか止めてよね。今回の騒ぎどころじゃなくなるから」
シャラはため息まじりにそう言った。
僕らは今回の件をギルドに報告しに戻ることにした。
「いつでも遊びに来てくださいね。むしろ、定期的に来ないとベニを止める自信は私にもありませんので」
ユキは半ば脅すような言い方で僕らに言った。
「分かってるよ、ははは……」
僕らはそれから大分、短縮された帰路に着くことになった。
「これはこれで依頼達成ということで良いのかな?」
「まあ、良いでしょ。危険要素はとりあえず、あの子のご機嫌を損ねないことに掛かっているけどね」
僕らはギルドで事務的な処理を済まし、自室へとようやく帰ることが出来た。
「ようやく帰って来たー!」
シャラが身体を伸ばし、ソファで寛ごうとした時、既にソファには先客が陣取っていた。
「お兄ちゃーん。遅いよー」
家のソファで、例の女の子二人が寛いでいた。
「あんたらどうやってこの部屋を……」
シャラがあきれた様子で言った。
「簡単ですよ。私の魔力でギルドの方に話してもらいました」
ユキは得意げに親指を立てて、そう言った。
シャラは、はぁ、と大きなため息をついた。
「結構、良いところに住んでるじゃん。いいな、いいな~。私もここに住んじゃおうかな~」
「それはぜぇったい駄目っ!!」
どうやら、魔獣よりもこのベニとユキという、魔女達をこの町の近くに住まわせてしまったことが何よりも僕らにとって大きな災難になったのかもしれない。僕らはつくづくそう思った。
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