第四話 臨時クエスト
その日、シャラは血相を変えて、僕の部屋に飛び込んできた。朝早くだというのに。
「アル。仕事の依頼だ。すぐに出発するぞ!」
「いきなりだな。よっぽど良い仕事が舞い込んできたのかい?」
「そうね。待ち望んでいた仕事よ」
シャラは嬉々としてそう言った。
僕らはすぐに支度を整え、ギルドへと降りて行った。シャラはそのまま出口へ向かった。
「何処に行くんだ?受付嬢のところへ行かなくていいのか?」
通常、僕らは依頼を受ける場合は、受付嬢を通す。しかし、シャラは素通りしていった。
「良いの。これは普通の依頼じゃないからね」
「どういうこと?」
「それは……」
シャラは振り向いて、にやりと謎めいた笑みを浮かべた。
「これは私の依頼だからね。そして、あなたが依頼を受ける人よ」
「えーと……。それは、どういった依頼でしょうかね」
「人捜し。私の前のパートナーよ」
それからシャラと僕は人里離れた山に来ていた。シャラは捜す人物について多くを語らなかったが、彼女の言葉からは大切な人であったことが窺えた。どうやら、その人物が失踪したのは、僕とシャラが出会った一週間ほど前らしい。そして、僕の部屋に居たという前同居人がその人で間違いなそうだ。しかし、失踪した理由はシャラにも良く分からなかったらしい。その日、彼女たちはオフの日だった。前同居人が少し出掛けると言って出て行ったきり、帰ってこなかったのだ。当然、シャラは至る所を探した。黙って何処かへ消えるなど、彼女に限ってはあり得ないと思ったのだ。何か事件に巻き込まれて……、とシャラも想像したようだが、彼女の噂は全く聞かなかったのだ。冒険者なのだから、昨日まで元気だった隣人が今日は居なくなるというのはざらにある話だが、シャラはそれでも諦められなかったのだ。ギルドの依頼の片手間で常に彼女の行方を捜していた。そして、今日、遂に唯一の手掛かりを見つけたのだ。彼女の姿をこの山奥で見たという人物が居たらしいのだ。
「その……、手掛かりってのはどういう情報だったんだ?」
僕はシャラに気を遣いながら聞いてみた。
「ギルドのメンバーが彼女の姿を見た。一人でこの山道を登っていくところをね」
シャラは淡々と答えた。
「そうか。じゃあ、事件に巻き込まれて、とかじゃないんだな」
「……」
シャラは何も言わなかった。
事件に巻き込まれたわけじゃない。でも、じゃあ何でシャラの前から何も言わずに消えたのか、おそらくシャラの中ではその疑問の答えを必死に探しているのだろう。しかし、その答えは彼女に会えば、きっと分かるはず。僕らはそう信じて山道を登って行った。
山道には、魔物達が出没したが、シャラは難なく蹴散らしていった。シャラの言う前同居人は、女性ということだが、シャラのパートナーを出来るくらいだから、相当に腕は立っていたようだ。この辺りの魔物にやられているということは無さそうだった。
山の中腹まで来ると、そこにはぽっかりと空いた洞窟があった。シャラはその穴をじっと見ていた。
「この中に居るのか?」
僕はシャラに聞いた。シャラはこくんと頷いた。何か理由があったのかもしれないし、ただの感だったのかもしれないが、シャラはそのままずんずんと洞窟に入っていった。
洞窟の中では、意外と魔物は現れなかった。それは、この洞窟が神聖な場所であることを示しているらしかったが、シャラにも詳しいことは分からなかった。とにかく、僕は持ってきた松明に火をつけ、洞窟の先を照らしながら進んでいった。
洞窟は真っ暗で、松明の明かりのみが僕らの道を指示していたが、突然、洞窟の奥にぼわっと淡い光が湧きだしているところがあった。そこはどうやら、岩で仕切られた大きな空間になっているようで、その空間から光が漏れ出しているようだった。僕らはその光に向かっていった。
光が湧きだしている空間に入ると、僕は息を飲んだ。
空間は思ったよりも広く、その大部分を洞窟の中に溜まったであろう池が占めていた。池の中心に祭壇のような台があって、光はその上から発せられているようだった。洞窟の壁面は天井も含めて、光によって照らしだされており、この空間の広さを物語っていた。神秘的なようで、どこか懐かしいような雰囲気が漂っていた。祭壇の上に人影が見えた。
「カミーラッ!!」
シャラは突然、その名前を叫んだ。人影が動いた。女性のようだった。シャラは駆けだして、祭壇の方へ向かっていった。僕もシャラを追いかけていった。
僕が追いつくと、シャラは、その祭壇に居た女性に寄りかかっていた。その女性もシャラの肩を優しく抱いていた。どうやら、この女性がシャラが探していた人物に間違いなさそうだった。しばらくして、シャラとその女性は祭壇から出て、僕の方へ向かってきた。
「紹介するよ。カミーラだ。私の相棒」
シャラは、その女性を紹介してくれた。
「初めまして。シャラがお世話になってます」
「こ、こちらこそ……」
僕はなぜか少し緊張してしまっていた。それもそのはずだった。歳はシャラとそんなに変わらないくらいだろうが、容姿は一言で言ってしまえば、美しいに限るのだが、金髪ロングヘアの色白という、それだけでもう十分に美人要素満載なのだが、そのあどけなさが残る中に、女性的な美しさが垣間見えていて、将来はもっと美しくなるのだろうという期待を抱かせてくれていた。
「なに、ぼーっとしてんだよ」
「イタっ!」
バシッとシャラの蹴りが僕の臀部に入った。
思わず見惚れてしまっていたのを、シャラに気付かれてしまったようだ。しかし、何だか拍子抜けをした。シャラと同等の冒険者ともあれば、どんな屈強な戦士が出てくるのかと思いきや、こんな可憐な美少女だったとは。シャラも見かけだけで言えば、ただの町娘だが、この少女こそ、冒険とは似つかわない、どこぞの令嬢かと思うくらいだった。
「まー、アルが見惚れるのも分かるけど、気を付けなよ。この子は、私なんかよりもよっぽど、腕の立つ冒険者だからね。あんたが手を出そうもんなら、返り討ちにあうよ」
「もー。シャラったら。新人さんに変な事を吹き込まないでよね」
僕は、はははと笑ってごまかした。人は見かけによらない、とはよく言われることだ。手を出すつもりは毛頭も無かったが、あのシャラの相棒だ。確かにか弱い令嬢なわけが無い。
「この冴えない奴はアルって言うの。訳あって、私と一緒に行動してるんだ」
「アル?」
カミーラは不思議そうな顔でシャラを見た。
「そうそう。なんか記憶喪失みたいでさ。記憶を思い出すまで私のところで預かることになったんだ。だから、何か名前つけてあげないと可哀そうだったからさ」
「シャラらしいね。お気に入りのペットだったもんね……」
そう言って、カミーラは憐れむような顔で僕を見た。しかし、そんな顔で見られると余計にみじめになってきた……。
「で。私の事をほったらかしにして、カミーラがここで何をしていたかって事を洗いざらい話してほしいんだけど……」
シャラは問い詰めるようにカミーラに尋ねたが、シャラは辺りを見回した。
「まあ、ここじゃ何だし、一回、町に戻ってから、洗いざらい話してもらうからね」
カミーラは、頷いた。
「ああ。ここでの用事はもう終わったし、帰ろう」
僕ら3人は、洞窟の出口まで来ていた。もう一息で外に出ようとしたところ。
「危ないっ!」
僕が外に出ようとしたその身体ごとシャラが僕の服を掴み、後ろへ引き倒した。と同時に、洞窟の外にズドンっという大きな鈍い音が響いた。洞窟の外には、大きな木の幹とも思えるような太い棍棒が地面に突き刺さっていた。そして、その棍棒がスッと抜かれて、その大きな巨体の肩に担がれた。
「あちゃー。トロルかー」
シャラはため息交じりに言った。そのトロルと呼ばれた魔物は、僕たちが洞窟に入った後に外で待ち構えていたようだ。僕がここに来て、出会った魔物の中でも一番に大きい。醜悪な顔つきはゴブリンとそう変わらなかったが、何せ体格が全然違う。ゆうに3メートルは超えているだろう。太っているという表現があまりにも気楽すぎるが、その巨体は僕らを圧倒するのに充分であった。僕はさすがに恐怖を感じずにはいられなかったが、二人の様子を見ると、そうでもないのか余裕そうだった。
「やっぱ、クエストにはボスが付きもんだもんね。やりますか、カミーラ」
「そうだね。久々に二人でクエストボス戦やるとしますか」
そう言って、カミーラはどこに隠し持っていたのか、その手には身の丈ほどの棒、いや、先端が尖った槍のようなものを構えていた。シャラも、短刀を片手にトロルに向かっていった(シャラは、僕と出会った時に使っていたブーメランの武器を多用していたが、近接戦になると愛用の短刀で戦うことが多かった)。
「疾風ッ」
そう言うと、シャラが比喩でなく、本当に見えなくなって、気が付けば、トロルの膝裏から鮮血が迸った。トロルが雄叫びを上げて、膝を付いた。いつの間にかシャラがトロルの背後に立っていた。
「疾風」、正式には「疾風迅雷」という所までがスキル名だが、「迅雷」が発動されたのを僕はまだ見たことが無かった。シャラにスキル名を喋らないと発動出来ないのか、と聞いたことがあったが、そんなことはないようで、単に自分のテンションを上げるために言っていたようだ。「疾風」は文字通り、目にも止まらぬ高速での移動で敵を攻撃するもので、「迅雷」の方は……、シャラに聞いても答えてくれなかった。おそらく、そこは秘密にしておきたいようだった。
トロルは、片膝を付いたものの、すぐに起き上がり、どでかい棍棒を四方八方に出鱈目に振り回していった。シャラにこれ以上、近づけさせないようにするためだ。シャラがさてどうしようかと、足を止めていると、カミーラが短槍をトロルの方に掲げた。
カミーラが短槍をくるりと回転させて、ビシッと再びトロルの方に指すと。
ピカッと槍の先端から光が放たれた瞬間、バチっという轟音が響いた。槍の先端から電撃が発せられ、トロルに突き刺さったのだ。トロルが甲高い断末魔を上げ、一瞬にして黒焦げになった。トロルがズドンと倒れると、すかさず、シャラがトロルに跨り、首をかき切った。シャラが暢気に倒れたトロルの腹の上でピースをしている。
凄い……、という感想しか出てこなかったが、ここに来て、僕は魔法というものを初めて見た。シャラは魔法が得意ではないのか、そっちのスキルを見たことが無かったが、カミーラの方がむしろ、魔法の方が専門なのだろう。しかし、凄い破壊力であった。この二人のコンビの前には、あの町のギルドで太刀打ちできる者などいないのではないか、僕は本気でそう思った。
その後は、特にトラブルもなく、町に帰り着いた。僕らはさすがにクタクタになったので、部屋に戻ることにした。
「あ……」
僕は気付いてしまった。
「えと……。部屋って、やっぱり返さないといけないですよね……?」
「あ。そっかー。どうしよー?」
シャラも気付いたようだったが、そこまで真剣に考えていないようだった。僕らはカミーラに事情を説明した。
「あ、そうなんですね。私は構いませんよ」
「え?」
「別にアルさんと一緒の部屋でも構いませんよ、という意味ですが」
カミーラはあっけらかんとした表情でそう言った。
「そ、それは、ちょっと……」
僕の方が遠慮するというのは如何なものかと思ったが、一応、これでも紳士のつもりなのだから、今日初めて会った美女と一緒の部屋で暮らすというのは、嬉しいような、いや、でも、ここは引き下がるべきだと、考えていると。
「あー。もう面倒くさい。じゃあ、どっちか私の部屋を使いなよ。私は寝るところならソファでも何処でも良いからさ」
この二人の女性よりも、僕の方がよっぽど羞恥心があるようだった。とにかく、まずは簡易的な食事をとり、ようやく、僕らはカミーラの話を聞くことになった。
「で。何であんな辺境の洞窟なんかに居たんだよ?」
シャラは躊躇なく、カミーラに尋ねた。
「あのトロルが居たように、あの辺りは最近、魔物がたくさん発生していました。もともと、あそこは聖なる祠だったのですが、長年経つ内にその効力が切れていました。私はこう見えて、職業は神官ですので、祠の力を取り戻すためにあの場所に行っていたのです」
カミーラは、そう淡々と語った。
「私には何も言わずに……?」
シャラが不満げにそう言うと、カミーラはバツの悪そうな顔をしていた。
「すぐに帰るつもりだったのですよ。でも、祠の力を取り戻すのに意外と時間がかかってしまいました。長時間離れると、逆に力が暴走してしまう恐れがあったので、あの場所からなかなか離れられなかったのです」
シャラはまだ不満げに膨れっ面をしていた。
「ごめんなさい、シャラ。心配かけました」
「むぅ。この借りはいつか返してもらうからな」
そう言うと、シャラはいつもの笑顔に戻っていた。カミーラもそれを見て安心をしていたようだった。
「そう言えば、あの山腹の辺りって、アルと出会ったところに近かったよな」
シャラにそう言われて、僕も気が付いた。来た当初で地理感がなかなか掴めなかったが、そう言えば、そんな気もしていた。
「なんだ、あの近くに居たんだったら、もっと早くカミーラに気付けたのに……」
それはどうしようもないだろう、と僕らは言い合っていたが、その時、カミーラは何故か僕の顔をじっと見て、微笑んだような気がした。
その夜は、結局、僕が共用のソファで寝る羽目になったが、居候の身であるので、これが一番、しっくりくる形だった。
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