第三話 冒険者ギルド

 それから、僕らは町に行くことにした。シャラが住んでいて、冒険者ギルドのある町だ。町に着くまでには、さっき出くわしたゴブリンやらモンスターやらと戦闘になったが、シャラがものともせず、一掃してくれた。


 町に着くと、そこは活気に溢れていた。人々はやはり、シャラの着ているような中世ヨーロッパの人々が着ている服を身に付けていた。街並みも古く、レンガ造りの建物ばかりであった。市場には、果物や生肉が売られており、血気盛んな声で溢れかえっていた。しかし、そのどれもが僕にとっては、異国の人々、街並みであって、懐かしさのようなものは感じなかった。おそらく、自分はこの町で生まれ育ったわけではないのだろう。


「シャラ。僕らは何処に向かってるんだ?」

「冒険者ギルドよ。私の付き人をするんだからね。一応、ギルドのメンバーとして登録してもらわないと」


 町の中を進んでいくと、一軒の大きな建物が現れた。町の中では最も古そうな建物であった。シャラはその建物の前で足を止め、扉から中に入っていった。どうやら、ここがギルドというところらしい。


 建物の中に入ると、そこは多くの人で賑わっていた。皆、酒などを飲んでおり、一見すると、飲食店のようだが、見るからに屈強そうな男達であったので、ここは確かに冒険者が集まっている場所なのだろう。シャラは奥の方にすたすたと歩いていった。何人からかは、声を掛けられたようだが、彼女は軽く返事をするだけで、そのまま進んでいった。


 ギルドの奥の方へ行くと、カウンターがあり、女性が一人立っていた。周りの屈強な男達とは正反対の静かで礼儀正しそうな女性であった。女性は、シャラを見つけると、微笑んだ。


「あら。遂にあなたもボーイフレンド出来たの?」

 女性はからかいを含めた感じでシャラに話しかけた。

「冗談は止めて。新人よ。あいつをギルドメンバーに登録してほしいの」

 シャラは素っ気なくそう返した。どうやら、彼女がこのギルドの受付嬢のようだ。

「へえ」

 受付嬢は、僕の姿をチラと見た。

「変わった格好ね。名前は?」

「アル……」

 ――だったかな。ついさっき付けられた名前だから、まだ違和感がある。

「それで、あなたのスキルは?」

「え、えと…」

 僕が言い淀んでいると、シャラは代わりに言ってくれた。

「彼のスキルはちょっと特殊でね。出来れば、秘密にしたい。でも、実力は問題なしよ。私が保証する」

 受付嬢は、今度は僕の方をじろじろと見まわした。

「まあ、シャラがそう言うなら、問題ないわね。登録はこっちで済ませておくわ。あなたはこれを付けておいて。このギルドのメンバーの証明になるから」

 そう言って、受付嬢は僕に木製のプレートを渡してくれた。


 何とかシャラの機転のおかげで、無事にギルドに登録できたが、このギルドの審査のザルさ加減に呆れた。しかし、過大評価を付けられてしまって、この先、やってきけるのか不安になった。そんな不安げな表情を見たシャラは、バンバンと僕の背中を叩いた。

「大丈夫。期待の新人君、私がきっちり面倒見てあげるからねっ!」


 それから、僕はしばらくこのギルドに滞在した。この建物内には宿泊することが出来るようで、たまたま一部屋空いていたので、シャラの計らいにより、僕はここにタダで住まわせもらうことになった。ただし、条件として、シャラと一緒にギルドの仕事をこなす必要があった。つまり、住み込みで働いているようなものであった。


 数日間、ここに滞在しても相変わらず、僕は自分の名前も何も思い出すことが出来なかったが、代わりにこの町での生活のことが少しずつ分かってきた。基本的には日中はもっぱらギルドの仕事をこなしていた。ギルドには町の人々から様々な依頼が来ているようであった。町の周辺に現れた魔物退治はもちろんのこと、警護や探索、はたまたペットの捜索と言ったものもあった。相変わらず、僕は戦闘には向いていないようで、シャラが魔物を倒すのを傍らから眺めているだけであった。ちなみにここの人々には魔法という力を持った人々も居たが、僕はやはり、そういった才能にも恵まれていなかった。そして、僕のスキルは依然として謎のままであった。


 しかし、そんな僕でも得意なことがあった。家事である。実は、シャラもこのギルドに住んでいた。シャラのお付きということもあって、一緒に住むことになって、当然、僕が家事担当なのだが、これが僕の性に合っていたらしい。掃除、洗濯(中世の世界なのでもちろん、洗濯機などは無く手洗いだったが)はもちろんの事、料理もそこそこ出来た。僕の作る料理は、シャラは全く知らないものだったようだが、口には合ったらしく、美味しいと言ってくれた。僕は記憶を失う前から家事は得意だったのだろう。シャラは、もちろん家事は点でダメだったので、僕らは持ちつ持たれつの良い関係となったのだ。


「家事スキルというのがあるのなら、君は間違いなくそれだね」

 半分、本気になって、シャラはよくそんなことを言った。武器などの目利きが出来る『鑑定』というスキルや、薬などを作ることが出来る『調合』というスキルがあるくらいだから、確かに『家事』というスキルはあっても良いかもしれない。しかし、せっかくなのだから、もっと冒険者向けのスキルであってほしいものだ。


 家事の件もあって、僕は意外とすんなりとここの生活に馴染んだ。確かに魔物と戦うのは恐ろしかったが、シャラは自分でも言っていたようにさすが一流の冒険者だ。危なげなく依頼をこなしていっている。僕は荷物持ち、兼、家政夫として付いていれば良いだけだから、気楽なものであった。そして、シャラとしばらく一緒に暮らすようになって、彼女の事も少しずつ分かってきた。シャラと暮らすことが分かった時、一つ屋根の下に若い(というか幼い…)女性と暮らすなんて、大丈夫かと思ったが、これも意外とすんなりいった。寝室は別々にしてもらって、共用のスペースで食事などを取ることにした。シャラは超絶マイペースな人間だったので、僕が入ったところで少しも気にならなかったようだ。僕も僕でなぜかシャラに対しては、悪い感情を抱かなかったし、すぐに意気投合したのだ。そう、まるで昔から知っている友人のように。


 また、ここで暮らすようになって気付いたことがある。それは、僕がここに住む前に誰かここに住んでいたようだ。前の住居人の持ち物がいくつか見られたのだ。どうやら、前の住居人は女性らしい。と、すれば、シャラの知り合いだったのだろうか。冒険者なのだから、出ていくこともあるのだろうが、それではあまりにも荷物を残しすぎているような気がした。ちょっと旅行にでも行って、明日、帰ってきそうなくらいだ。しかし、前同居人についても、シャラは何も話してくれなかった。僕もあえて聞くことは無かった。


 しかし、数日後、意外な形で前同居人の事を僕は知ることになった。

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