第十話 死の門

 壁面の岩石の光によって、辺りは次第に明るさを増していった。先ほどの暑さは和らいではいたが、暑くもあり、寒くもあるような奇妙な体温の変化を身に感じた。また、大きく開けた空間が現れた。そこは、壁面に照らされた空間が途切れており、その先は真っ暗の闇が占めていた。そして、道が繋がる先には階段のようなものが見えた。

「いよいよ、死の門ってことかな」

 僕は息を飲んだ。

「ああ。ここにジェラードもいるはずだ」

 シャラは緊張した面持ちで言った。


 階段が近付いてくると、その先に大きな門が見えてきた。巨人が通れそうなくらいの大きな門であった。門の周囲には、骸骨やら魔物の顔やらの厳めしい装飾がされており、いかにも死の世界に繋がっていそうであった。そして、門の前には長身の刀を構えた、一人の男が立っていた。僕らは階段を上がり、門の前まで来た。


「遅かったじゃないか、シャラ」

 ジェラードは死の門を背にこちらを向いた。死の門はまだ開かれていないようであったが、ジェラードは不敵な笑みを浮かべていた。

「早かったの間違いじゃないか、兄貴」

 シャラは持っていた短刀を抜いて、構えた。

「フッ。愚かな妹よ。己の過ちも分からぬまま、終わるとはな。せめて、この兄の手で葬ってやろう」

「それはこっちのセリフだっ!」

 と、シャラは言い終わらない内に、ジェラード目掛けて斬りかかっていった。


 鋭く高い金属が弾ける音が洞窟に響いた。シャラの猛撃は続いた。ジェラードがそれを受けていた。ジェラードの邸宅の時は、全く手も足も出なかったシャラであったが、今は少し押しているようにも見えた。しかし……。ジェラードが刀を大きく薙ぎ払うと、シャラは受けとめはしたものの、後方へ吹っ飛ばされてしまった。


「この世界の穢れがお前には見えないのか?」

 今度はジェラードが追撃を行った。

「穢れ?それは兄貴の眼が曇っているだけじゃないのかよっ!」

 シャラも負けじと反撃をする。

「どこまでも愚かな妹よ。絶対的な力を見せないと分からないようだな」

 シャラは、耐えてはいたが、さっきとは変わって、防戦一方になっていった。僕は何とか早く、あの力を解放して、シャラに加勢したかったが、あの時の力が沸き上がってくる感じは全くなかった。

「お前の頼みの綱も見ているだけではないか?」

 ジェラードがちらりと僕の方を見た。

「うるさいっ!出し惜しんでんだよ。兄貴なんかに使うのは勿体ないってな!」

 ドガっとジェラードの蹴りがシャラの腹に入った。シャラは、うっと呻き声をあげ、その場にしゃがんだ。ジェラードはシャラの髪を掴んで、身体ごと持ち上げた。シャラの悲鳴が上がった。


「シャラっ!!」

 僕は叫んだが、こんな状況でもまだ力を解放できずにいた。

「フッ。殺す価値も無い奴らよ」

 ジェラードはシャラの髪を掴んだまま、放り投げた。僕はシャラの方に駆け寄った。

「大丈夫か?」

 シャラは既にボロボロだった。

「うっ……。ほんと、そろそろ出し惜しんでる場合じゃないんじゃないか」

 シャラが声も絶え絶えにそう言った。

「それが駄目なんだ……」

 僕は正直に言った。

「この世界の終わりを特等席で見るがよい」


 ジェラードは僕らを無視して、死の門の前へと進んだ。僕らは何もできず、見ている事しか出来なかった。ジェラードは霊刀ゼロを死の門の前に掲げ、その切っ先を閉じられた扉の前に当てた。すると、刀の刀身は光を放ち、轟音が鳴り響いた。そして、ゆっくりと、その扉が開いていくのが見えた。中は真っ暗となっており、何も見えなかったが、半分ほど開いたところで、いくつもの赤い不気味な光が扉の先から見えた。そして、この世の者とは思えないほどの呻き声が門の奥から聞こえてきた。まもなくして、扉が開ききった。すると、ズドン、ズドンと大きな足音が聞こえてきた。そして、門の先から真っ赤な二つの眼が見えた。門のサイズと同じくらいの巨体の魔物がぬらりと門から出てきた。その巨体は、真っ黒く、ごつごつとした皮膚を纏っており、頭には大きな角が二本生えていた。その姿は、悪魔と呼ぶにふさわしい姿であった。


 魔物はその姿を現し、大きな咆哮を上げた。僕らは一瞬で竦み上がった。それは洞窟中に響き渡ったのではないかと思うほどの大音であった。僕らはこの巨体の魔物には到底、敵わないと絶望してしまったが、絶望はこれだけではなかった。巨体の魔物が出た後に、門の奥から、無数の赤い眼が浮かび上がり、同じような咆哮を上げながら、次々に巨体の魔物達が出てきたのだ。先の巨人のような魔物もいれば、大きな羽を生やし、飛んでいる魔物、蛇のような魔物、巨大な虫のような魔物まで無数の魔物が死の門から這いずり出てきたのだ。


「素晴らしいっ!」

 ジェラードは歓喜の声を上げた。

「これだけの軍勢がいれば、王都を落とすことなど造作もない。ふははははっ!」

「おしまいだ……」

 シャラは絶望の表情で項垂れ、その場にへたりこんでしまった。僕もこんな状況になっても、あの力が解放できないことを口惜しく思ったが、しかし、どうしようも出来なかった。


 不意に魔物の一匹がこちらを目掛けて飛んできた。ハエのような奴だ。シャラはへたりこんで何もできずにいたが、僕はほとんど使いもしないが持っていた盾で何とか初撃を防いだ。しかし、盾は一瞬で割れてしまい、使い物にならなくなってしまった。

「シャラっ!とにかく、今は絶望している場合じゃない。何とか生き延びないと」

 僕は何とかシャラを立たせようとしたが、シャラの眼は絶望に沈んでいた。ハエの魔物の追撃が来る、と思った時、電撃が魔物に直撃した。致命傷とはならなかったものの、魔物は怯んだ。電撃が来た先には、カミーラたちが居た。


「カミーラっ!」

「だ、大丈夫ですかっ!」

 カミーラとベニとユキが駆けつけてくれたのだ。

「何とか。でも……」

 僕は死の門に群がる魔物達を見た。

「そうですか。間に合わなかったのですね……」

「私がジェラードに負けてしまったからだ……」

 シャラはそう言って、まだ項垂れていた。

「シャラ。今はそんなことを言っていてもどうしようもありません。今、この状況を何とかしないとっ!」

 カミーラは、襲い掛かってくる魔物達を跳ねのけながら言った。

「こいつら、なかなか強いねっ!」

 ベニもベヒーモスに跨って、応戦していた。

「数が多すぎです」

 ユキも見慣れない武器を使って魔物達を薙ぎ払っていた。しかし、魔物達は次から次へと死の門から湧いてきて、僕たちは防戦一方であった。カミーラたちは善戦をするものの、僕らは次第に押されて、壁際まで来てしまった。


「まずいですね」

 カミーラが言った。そこに、ズドン、ズドンと大きな足音が立てて、一際、大きな巨人が出てきた。その手には大きな禍々しい大剣を持っていた。ベニのベヒーモスが突進して行ったが、巨人の一振りで、ベニもろとも吹き飛ばされた。

「ベニっ!こいつっ!」

 ユキも剣で斬りかかりに行ったが、巨人の身体に傷一つ付けることが出来ず、巨人の一振りにより、吹き飛ばされた。

「出強い相手が出てきてしまいましたね……、あっ!」

 カミーラは、別方向からくる魔物に手を取られてしまっていた。

「ごめんなさい、こっちで手一杯です!」


 巨人の魔物は、僕とシャラに狙いを定め、大剣を振りかぶった。シャラはぼろぼろになりながらも、何とか防ぐべく刀を構えた。僕は意を決し、シャラの前に出て、巨人をじっと見据えた。すると、不意に巨人の動きが止まったように見えた。あの感覚だ。ジェラードと戦った時と同じ感覚が来た!


 スローモーションで振り下ろされる巨人の大剣を素手で受けとめた。やはり、不思議と軽い。そして、目の前の羽虫を振り払うが如く、大剣を振り払った。巨人はいとも簡単に転げまわった。カミーラを初め、ベニとユキもぽかんとして目を疑っていた。僕は振り返った。シャラも唖然としていたが、期待の眼差しを僕に向けていた。


「シャラ。待たせたな」

 僕は調子に乗って、少し気障っぽく言った。

「う、うるさい……。出し惜しみしすぎだ、バカ」

 シャラは顔を赤くしながら背けた。

「さて、ここからが反撃開始だ」


 僕は辺りを見た。魔物はうじゃうじゃいたが、全てスローモーションだ。僕は巨人から大剣を奪い、其処ら中の魔物を薙ぎ払って行った。魔物達は造作もなく、吹っ飛び、引きちぎられていった。

「す、凄いですね……」

「お兄ちゃん、凄いっ」

「なんて力なの……」

 カミーラたちは驚愕の表情で僕の方を見ていた。

「これならいける!アルっ、遠慮せずに片っ端からやっつけてしまえっ!」

 シャラが叫んだ。僕はこくりと頷いて、魔物達を薙ぎ払って行った。そして、死の門へと続く階段の下エリアに居た魔物達はあらかた片付いたとき、階段の上からジェラードが飛び降りてきた。ジェラードの長い刀を僕は大剣で受けとめた。


「貴様っ!また邪魔をする気かぁ!!」

 ジェラードが猛撃を繰り出すが、僕にはスローモーションに過ぎず、簡単にいなせてしまった。僕は剣の腹でジェラードに向かって軽く薙ぎ払うと、ジェラードはいとも簡単に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。

「アルっ!」

 シャラが後方で叫んだ。

「大丈夫だ。手加減したから。あとはシャラにお灸を据えてもらわないといけないからな」

 ジェラードは、うぐぐ、と呻き声をあげてその場に蹲っていた。ジェラードの刀がその場に転がっていた。

「アル。それを使って、扉を閉めることは出来ないか?」

 シャラがジェラードの刀、霊刀ゼロを指さした。

「分からないけど、やってみよう」


 僕は刀を拾い上げ、死の門に向かった。周辺にいる魔物をさっと片付け、開かれた扉の前に僕は立った。中の暗がりからは、まだ無数の赤い眼玉がぎょろぎょろとこちらを覗いていた。僕は、先ほど、ジェラードがやっていたのと同じように見様見真似で、刀を前に差し出し、閉じろ、と念じた。すると、扉が、ぎぎぎ、と鈍い音を立てて、動き始め、凄い勢いで、バタンっ!と扉が閉じた。洞窟内は、静寂に包まれた。

「や、やったのか?」

 僕は、その場にぺたりとしゃがみこんだ。

「やったな、アルっ!」

 シャラ達が駆け寄ってきた。

「アル。本当にあんな力を隠し持っていたんですね」

「お兄ちゃん、カッコよかったよ!」ベニが飛びついてきた。

「非常に興味深いです」

 と、カミーラたちが口々に僕を賞賛してくれた。


 カンッ、と不意に扉の方から金属音がした。ジェラードがふらつきながらも、霊刀ゼロを持って扉に当てている。しまった、油断していた。扉を閉めたまま、刀を置いてきてしまったのだ。

「往生際が悪いぞ、兄貴っ!」シャラが叫んだ。

「まだだっ!まだ終わっていない!もう一度、この扉を……、うっ!」


 ジェラードの身体から赤い鮮血が噴出した。何者かがジェラードの背後から剣を突き刺したのだ。ジェラードはその場に倒れた。一瞬の出来事だった。ジェラードの背後から黒いベールを纏った女が立っていた。顔はベールに覆われ、良く分からなかった。

「本当に往生際が悪い……」

 女はくぐもった声で言った。

「兄貴っ!」

 シャラはジェラードに近付こうとしたが、黒いベールの女は霊刀を拾い上げ、切っ先を僕らに向け、シャラを制した。ジェラードの赤い鮮血が階段を伝って、ぽたりぽたりと落ちていったが、その場の誰も動くことが出来ないでいた。僕もなぜか、動くことが出来なかった。黒いベールの女はくるりと向きを変え、そのまま刀を扉に当てた。

「だ、駄目だっ!」

 僕は叫んだが、既に扉は開かれようとしていた。しかし、ジェラードが開けた時と違い、扉の奥からは白い光があふれ出てきた。そして、扉が開くにつれて、洞窟内を真っ白にするほどの眩い光が放たれた。


 黒いベールの女は僕に向かって微笑んだ。その時、その素顔が少しだけ見えた気がした。女が囁いたのが、僕には微かに聞こえた。

「……また、会いましょう、ナギ」

 え、僕は耳を疑った。ナギ?誰の事だ……?誰の名前だ……?

 洞窟内は真っ白な光に包まれ、僕は頭が真っ白になって、そのまま気絶してしまった。

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