第7話  男タイトルマッチ

ただの6回戦。


しかし、私にとっては自分が男でいられるかどうかの大一番。


試合当日。後楽園ホールとは比べ物にならない小さな会場。入っても1000人くらいだろうか。メインの選手の故郷らしい場所。


別にタイトルマッチでもないので客の入りも今一つ。


俺はここで終わってしまうのか・・・


後楽園ホールとは違う活気のない控え室。本来のネガティブな自分が顔を出す。


あまりボクシングを生で見たことがないのか、会場は静かだった。


リングイン・・・


魂のメンチの切りあい。相手は私に鼻をつけんばかりに顔を近づける。私も相手から目を逸らすことなく無表情で睨み付ける。


上等だよ、この野郎!


静かに怒りを沸点に持っていく。


1R・・・


いつもと変わらず頭を下げ距離を詰める。突進する私に相手は面食らったかのように、のけ反りながら私の攻撃を避ける。


こうなると私の得意パターンになる。


のけ反った事によりボディーがおざなりになるからだ。


「絶坊主、左ボディー!」


ドスッ!


もろに入った。


「うっっ・・・」


相手の口から声が漏れる。


余裕かまして飲んだ1・5㍑のジュースは、さぞかし美味かっただろ?


トレーナーの声がいつもより聞こえる。体のキレも上々。相手が放つパンチをリズムよくかわす。


2Rから5Rまで、ほぼ同じような展開。


相手は時折反撃するけれど、ボディーが効いているのか力強くはない。


ラストラウンド・・・


「いいか、気ぃ抜くなよ!アイツ、倒しにくるからな!」


トレーナーが私の頬を叩き檄を飛ばす。ポイントで負けている相手はKOでしか勝てない。


私を倒しにくるだろう。


このラウンドをのりきれば・・


ポイントでは勝っている。1年以上勝ちから遠ざかっている。負ける事に慣れはじめている自分がいた。


勝ちたい・・・


ほんの・・・ほんの一瞬だけ、安全運転しようか迷った。しかし、足を使って・・そんな器用な事やった事ない。


やはり、性根というものは変えられない。コングがなると、相手との距離を詰める。


さっきまで弱っていた相手。ラストラウンドは人が変わったかのように、目付きが変わった。


やはりプロは違う。猛然と私に襲いかかってくる。足を止めて最後の乱打戦となった。


途中、良いのをもらってクラッときた。ボクシングを見慣れていない観客も二人の単純な殴りあいを見て興奮したのか沸いていた。


足を止めての殴りあいのままコング。ポイントでは勝っている。


しかし、この判定が出るまでの時間、不安で仕方ない。たまに、エッ?っていう判定が出る事があるからだ。


有効打をとるか、手数をとるか、ジャッジによって見方が変わる。


緊張の瞬間・・・


「勝者、・・・赤コーナー絶坊主っ!」


レフリーに右手を上げられる。観客たちは、見ず知らずの私にたくさんの拍手をしてくれた。


控え室に戻ると、人目も憚らず泣いてしまった。男をかけた勝負に勝ったのに、男らしいの対極にあるだろう泣くという行為をしている自分。


男として生き残れた安堵感。


かつてないほどのプレッシャーから解放されて緊張の糸が切れたのか、子供のようにしゃくり上げて泣いていた。


「よかったな・・」


トレーナーとマネージャーは、そう言葉をかけ私の頭に手を置き気をきかせてくれ1人にしてくれた。


この試合で私はゲームで例えるな“捨て身の強さ”というアイテムを手に入れた。同僚も勝ち、夜、マネージャーが回らない寿司屋に連れて行ってくれた。


その時、生まれて初めてウニを食べた。何か生臭くて好きになれなかった。


「どしたん、あんた?そんなにウニばっか見て、欲しいんやったら取ったらええのに。」


今では回っている寿司屋しか行かないけれど、そう妻に言われるくらい、望郷の念を抱くようにウニの皿を見つめては、あの頃のギリギリ感を思い出してしまう・・・


久しぶりの勝利に酔いしれぬ間もなく、次の試合が決まる。


A級ボクサーに昇格し初めての8回戦。


しかも、メインは日本チャンピオンだった選手の世界タイトルマッチの前哨戦。


その試合のセミファイナルだった。テレビもついた。


運が良ければテレビで放映される。


ただ、納得いかないのは、その日本チャンピオンが戦う相手は、私がかつて戦い勝った相手だった。なら、俺にやらせろと思ったけど仕方ない。


私が戦う相手はボクシング雑誌にも取り上げられた選手だった。


それはそれで倒せば名前が売れる。いい流れになってきた。腐らず続けて、本当に良かった。


しかし、それと反比例するかのように腰の調子がよくなかった。思いっきりパンチを放つと腰に激痛が走る。


その頃は、まだ腰痛に理解があまりない時代。腰の具合を訴えると、マネージャーたちから年寄り扱いされた。だから、あまり訴えず我慢するようにしていた。


今になって思えば、この時に適切に処置しておけばと後悔している。腰の具合をごまかしながら、なんとか試合日を迎える。


会場は超満員。


2000人くらいは入っていただろうか。嫌がおうにもテンションが上がる。


結果は2回ダウンをとって7RKO勝ち。やはり、超満員でKO勝ちすると観客の沸き方が違う。


1Rから私が圧倒し、何Rで仕止めるかという展開。相手も私と同じく初めての8回戦。そのせいか中々倒せなかった。


1度目のダウンをとった時。


観客たちは、待ちわびたダウンシーンだったせいか、津波が迫るかのような歓声。スゴい音に後楽園ホールは包まれた。


結果は7RKО勝ち。


久しぶりのKO勝ちに私も興奮した。やっとプロとして脂が乗ってきた。


しかしこの時、引退へのカウントダウンが始まっていたとは夢にも思わなかった・・・

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