第6話 崖っぷち

「勝者~青コーナーHっ!」


判定が出た瞬間、頭をうなだれる私。リングサイドに立っていたマネージャーと私のトレーナーの二人が優しくうなだれた私の頭を撫でてくれた。


ビデオを撮っていた私の後輩も本当は黙って撮らなければいけないのに、最終ラウンドに「倒せる!倒せる!」と興奮した声が入っている。


どんなに盛り上がった惜しい試合をしても、負ければKO負けと同じ負け。勝負の厳しさと同時に、ジムのみんなの愛情を感じた試合。


皆の愛情を感じる私の大切な思い出。今でもそっと宝箱を開けるように、この試合のビデオは今でも見てしまう。


「お前が勝ってたゾーーっ!」


負けてリングから降りる私に、口々に声をかけてもらった。


3連敗・・・


この事実は容赦なく私にのし掛かる。私は当初から、負け越すようならボクサーは向いてないんだと引退すると決めていた。


4勝(2KO)3敗。


デビューから4連勝してた頃は、勝つのって簡単やん!なんて思っていた。1勝する事がこんなにも難しいなんて夢にも思わなかった。


負け越しまでまだあと2つ負ける猶予はあった。しかし、東京という場所は、それすら許してもらえないほどレベルの高いところだった。もう自分のプライドがもたなかった。


次、負けたら辞めよう・・・


悲壮な覚悟で次戦に挑む。


トレーナーや仲間たちは1年振りだからしょうがないと言って慰めてくれた。その慰めが逆に痛かった・・・


次、負けたら辞める。


私の気持ちは固まっていた。そして、ほどなく次戦が決まった。


東京から遠く離れた青森県での興行。私の主戦場は後楽園ホールだった。他の場所でやったのは、名古屋での世界タイトルマッチの前座だけ。


その時は対戦相手が名古屋の選手だったので、トレーナー、マネージャー、私と3人で新幹線で行った。


ところが、今回は驚いた事にプロレスの興行のように出場する複数のジムたちと一緒に新幹線で行くとの事。


「アイツが対戦相手だ。」


トレーナーが指を差した先にいた男。ヤンチャそうで気が強そうな顔立ち。戦績は5勝(3KO)2敗、対する私は4勝(2KO)3敗。


私の戦績を知って余裕なのか、一緒に出場するジムメイトと楽しく談笑していた。まるでこれから仲間と楽しい旅行に行く、そんな感じだった。


私の悲壮感とは対極。


私はなるべく相手を見ないようにした。相手の笑っている顔を見ると、本当はいい奴なんだろうなぁと思ったりしてしまう自分がいたからだ。


ホテルに着き、軽く体を動かす。減量は問題なかった。今は前日計量だけれど、私の時代は当日計量。


試合当日の朝。


計量も無事終わり、ホテルのレストランでいつものようにリゾットを食べる。計量が終わったからといって、いきなり冷たいモノをがぶ飲みしたり、ステーキを食べたりはしない。


今まで減量していた胃が受け付けず、体調が崩れたりするからだ。そんな食いたい気持ちは試合が終わるまで続く。


食事を終えホテルの部屋に戻る。


「おい!絶坊主、見てみろ!」


ホテルの窓を指差すトレーナー。


5Fくらいの高さの窓から見下ろした光景。


コンビニのベンチに座り、仲間と談笑していた対戦相手。その手には1・5㍑のジュースのペットボトルが握られていた。時折、ラッパ飲みしながら笑っていた。


あの野郎、ナメやがって・・・


怒りと憎しみがフツフツと沸き上がる。


「いいか、ボディー狙え!あんだけ水分とってたら、腹が効くからな。お前の得意の左ボディーいけよ!」


自分の引退をかけたこの勝負。是が非でも負けるわけにはいかない。


と同時に、こんな余裕かまされた奴に負けたら・・・俺、男として終わるな・・


いいようのないプレッシャー。


“男を賭けたタイトルマッチ”


カッコつけた言い方かもしれないけど、その時の私は真剣にそう思っていた。


かつてないほど、追い込まれた私・・・・

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