第4話  最強のボクサー

今までの相手とは比べ物にならないくらいスピードのあるジャブを矢継ぎ早に打ってきた。いろんな角度から数発打たれ、そのスピードに面食らっていた私。


次の瞬間。


気が付いた時には、右のストレートが私の顎を打ち抜いていた。それもピンポイントに顎の先端の急所にヒットした。


はじめて感じる角材で貫かれたような衝撃。


(え、な、何なん、この感覚・・・)


まるで、雲の上を歩いているようなフワフワした感覚。頭もクラクラして、立っていられない。私は倒れないように相手に抱き付いた。


必死に振りほどくI選手。ここで離れたら倒されていただろう。


必死にしがみつく私。


「ブレイクっ!」


レフリーに引き離される。依然として足がフワフワしていた。まだ、1Rが始まって30秒くらいしかたっていない。


こんな大舞台でKO、しかも1RKOなんて絶対に嫌だ。


なんとか1Rしのぐ。間違いなく、今まで対戦した中で一番強い。それもレベルが違う強さ。


これまでの試合でも効いたパンチはあったけれど次元が違った。自分の強さを信じるしかなかった。



2R・・・



後半からダメージの回復した私は得意のボディー打ちで攻勢に転じる。I選手は明らかに嫌がっていた。I選手の口からえずく声が漏れだした。


3、4Rは一進一退の展開。そして、5Rにその時は訪れた。


左フックの相打ち。


しかし、コンマ何秒か速くI選手のパンチが顎に入った。私の左は空を切り、顎を打ち抜かれた私は体が硬直した。


後でビデオを見たけれど、よく倒れなかったと思えるほどダメージは深刻だった。


またしても相手にしがみつく私。なりふり構っていられなかった。


5R終了のゴング。


6Rは、お互い疲れきっていた。結局、判定で負けた。


今思い出しても、あの試合が一つの分岐点だったと思う。2連敗という受け入れがたい現実。


この頃、左目に違和感を感じていた。ずっと、視界にあった黒い糸屑。

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